第2章 ソウ VS 二次リーグ
Phase1. 敗者復活戦
第13話 交流時間(1)
一次リーグで敗退したハシル達は、仮に一時的であっても、会場の外へ出る事は許されていない。
次の呼び出しが掛かるまで、待機室から出る事を禁じられている。
唯一、とある時間を除いて。
ハシルが暇に任せて部屋のあちこちを見て回ると、奇妙な物を見つけた。
観戦用モニターとは別に、部屋の片隅に小さなモニターが設置されているのだ。
そのモニターの画面は「交流時間」と題されており、部屋番号と対応した日付・時間が、一覧となって表示されている。
よく見ると、ハシルが今いる部屋の出入り口扉は、上部に「508」というナンバープレートが取り付けられている。
モニターの表で「508」を見ると、「22:00~23:00」とある。
これが、ハシルの部屋の「交流時間」ということらしい。
――今は21:50。つまり、あと一〇分で……
「なあ」
ハシルは、近くにいた青年に声を掛けた。
「あと一〇分で『交流時間』ってのが始まるらしいけど……誰と交流するんだ?」
「さあ……僕も、ここに来るのは初めてだから」
青年は首を傾げる。
「レーサーとの交流時間だよ」
別の青年が、ハシルに言った。
「レーサーとの? 何のために?」
「やっと返事してくれたな」
「え?」
最初は言葉の意味が分からなかったが、彼の顔を見て、ハシルは思い出した。
「最初に話しかけた時は、目線も合わせてくれなくて悲しかったぜ」
ハシルは『交流時間』の間、部屋で言葉を交わした二人の青年と共に行動する事にした。
一人で出歩いても、何をすれば良いのか分からない。他二人もハシルと同じ状況ではあったが、何かあった時に相談する仲間がいるのは、こんな場では心強い。
「『敗者復活戦』に出た事は無いけど、『交流時間』の事は知ってる、って?」
部屋を出てすぐ、こう口に出すのは、ハシルが先に声を掛けた青年。
名は、
「やっぱり
「だからぁ。体調不良で、『交流時間』の直後からずっと医務室にいたんだ。嘘じゃねぇよ」
言葉を返す青年は、
「だから、『敗者復活戦』の内容は全く知らねぇ。お前らを出し抜くために黙ってる、とかじゃ決してねぇ」
「別に、そういう心配をしてるわけじゃないさ。ただ、聞けば医務室に数日もいたらしいじゃないか。レース以外で、そんな大怪我する事があるのか?」
「け……怪我だなんて、一言も言ってねぇが?」
「そうか? 今も所々に
「た、体調不良だよ、何度も言う通り。えっと……腹がずっと痛くて」
――……加賀美レイ。
ハシルは、歩きながら考える。
――コイツの言葉を丸ごと信じるのは危険だな。コイツの動きをよく見て、『交流時間』って奴が何のためにあるのか、見定めよう。
通路を抜け、出た先は、ハシルが一次リーグ参加中によく出向いた、ショップ街とそっくりの場所だった。
機体を改造するためのパーツショップもある。しかも、ハシルが行った事があるショップよりも規模が大きい。
中には入らなかったが、ショーウインドウに飾られたパーツと値札を見て、ハシルは驚いた。
“
ここはどうやら、ハシルがどれだけ探しても見つけられなかった“
「君も、気付いた?」
高田が、ハシルに声を掛けた。
「僕は“
そう言う高田の視線の先には、ショップへ入っていく客の姿があった。
ハシル達「敗者」ではない。
なぜなら、ハシル達が部屋を出る時、強制的に腕に嵌められた「敗者の証」であるリングを、その客はしていなかったからだ。
「俺が知ってる情報を、さっさと話しとくぜ」
加賀美が、ハシルと高田に言った。
「ここは、二次リーグ以上の参加者専用のショップ街だ。つまり、ここを歩いているのは、二次リーグ以上へ勝ち上がったレーサー達、そして……」
加賀美が、指を差す。
その先には、ハシル達と同様、腕にリングを嵌めたガラの悪い男達が数人、ゾロゾロと歩いている。
「俺達みたいに、一次リーグで負けた奴らだ」
「加賀美が言ってた『レーサーとの交流時間』ってのは……一次リーグを勝ち上がったレーサー達との交流時間、ってことか」
ハシルが言った。
「一体、何のための交流だ?」
「それは俺が知りてぇ」
加賀美が眉間に皺を寄せて首を振った。
「前の『交流時間』に聞き込みしたが、返ってきた答えは『知らねぇ』か『教えねぇ』の二つだけ。『敗者』は機体を没収されてるから、パーツを買っても意味がねぇ。まったく、何のためにこんな所へ放り出されるんだか……」
「『敗者復活戦』に影響するとみて、間違いないだろう」
今度は高田が言う。
「そして、二次リーグの参加者にも影響を及ぼす可能性がある。だが……もっと具体的な事が分からないと、動きようが無いな」
「あっ!」
女の声がして、三人は振り向く。
女は、三人の方を指差していた。
「前に、あたしにちょっかい出してきた男!」
「ちょっかい?」
高田が首を傾げる。
「誰か、あの人を知ってる?」
「知らない」
ハシルは、本当に見た事が無い女だった。
「し……知らないなあ」
加賀美の声がうわずる。絶対コイツだ、とハシルは確信した。
「あたしの彼氏にボコられて医務室送りになったのに、また寄ってこようとしてるの!? 今度は、仲間も連れて!?」
「い、いや、
「手を出そうとしたのか?」
高田が尋ねる。
「ま、前の『交流時間』に……たまたま、カフェで隣になって……」
「随分と余裕だったんだな」
ハシルが呆れる。
「そういう『交流』時間じゃねぇだろ、どう考えても」
「いや! 何すりゃいいか分からねぇから、仲間の一人でも作ろうとな? 最初はやましい気持ちは無かったんだって、ホントに!」
「おい!」
女の元へ、がたいのいい金髪の男が歩いてきた。
「テメェ! また俺の女にちょっかい出そうとしてんのか!?」
「げっ!」
「仲間もろとも殺すぞ!」
金髪の男がハシル達に向かって突進してきた。
「マズい! 逃げるぞ!」
加賀美が、真っ先に背中を向けて走り出した。
「なんで僕達まで!?」
ハシルと高田は、やむを得ず走り出す。金髪の男に捕まったら、問答無用でしばかれる可能性が高いからだ。
「クソ! 加賀美を差し出して、二人だけで逃げよう!」
「おいやめろ! また医務室送りになっちまう!」
「お前の
加賀美とハシルは言い争いながら走る。
「分かれ道だ、分散して逃げるぞ!」
加賀美はそう叫ぶと、勝手に細い道を選んで逃げていった。
「クソ! 勝手な事言いやがって!」
ハシルは、しぶしぶ別の道へ逃げる。
「待てやぁ!」
「わあ! なんで僕の方を追ってくるんだ!?」
金髪の男は、なぜか高田が選んだ道の方を追いかけていった。一番捕まえやすそうだと思ったのだろうか。
「クソ……加賀美と違って、高田はいい奴そうだからな……何とか助けてやりたいけど」
ハシルは一旦分かれ道へ戻り、高田達が走っていった方を歩いてみる。
猛スピードで走っていってしまったためか、もう彼らの足音は聞こえない。おまけに、少し歩くとさらに分かれ道になっており、二人がどちらへ行ったのかが分からなくなってしまった。
「……これじゃよっぽど運が良くないと、合流できねぇぞ」
せめて、まだ足音が聞こえないか? そう考えて、ハシルは耳を澄ます。
小さな、足音が聞こえた。
――この足音は?
足音にしては、コツコツという乾いた音だ。
まるで、木がコンクリートにぶつかるような。
そしてその音は、次第にハシルの方に近付いてきた。
「おっ」
ハシルの前に姿を見せた、音の主は……松葉杖をついて歩く青年。
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