第36話 ソウ VS “四天王”ケッパ呪崎 終劇

「ヘイ、ヘイ」

 ケッパ呪崎のろいざきは、呆れた口調を演じて言った。


「ジャッジを間違えてるよ、審判クン」


 ケッパは、自身の勝利を確信していた。

 一条いちじょうソウの攻撃をギリギリまで凌ぎ、ゴールゲートが開くと同時に、を押した。

 ……機体背部のパーツが飛び出し、ゴールゲートを通過させるためのスイッチだ。

 この試合におけるルールでは、機体のゴールゲートを通過すれば、「ゴール」と判定される。

 すなわち、スイッチを押した時点……それはまだゲートが開きかけで、どんな機体も通過不可能な時点……で、ケッパはゴールしているのだ。


 ケッパは、機体の各部に設置されたカメラの映像を、順番に確認する。

 被弾により、およそ半分のカメラは破壊され、真っ暗な画面しか映さない。しかし、カメラの一つは一条ソウの機体を映していた。

 なるほど、彼の機体は確かにゴールゲートを通過した先で、停まっている。

 しかし、それがどうした? 彼の機体が通過するより先に、ケッパの機体ゴールした事は疑いようもないはずだ。




「い、いや……」

 しかし、アナウンスから聞こえてくる審判の声は、困惑に震えていた。

「ゴールしたのは、一条ソウで……」


「おいおい。言わせるつもりか?」

 ケッパは、隠しきれない苛立ちを声に篭めた。

ポクの機体の一部は、それより先にゴールゲートを通過している。試合のルールでは、機体の一部がゲートをくぐった時点で『ゴールした』判定だ」


「いや、しかし――」

「よく見ろ! ポクはゴールしている! ポクが1位だ! ジャッジを訂正しろ!」




審判かれは間違えていないよ、呪崎君」




 別の男の声が、スピーカーから聞こえた。




福馬オーナー……!?」

「君こそ、機体の一部がゴールしたのを、ちゃんと見たのかい?」


「『見た』……?」

 ケッパは、カメラ映像を切り替え、順番に見る。

 まだ動作しているカメラ映像では、ケッパ自身の機体背部の様子を確認する事は出来なかった。




 追い詰められた状況から、ケッパは気付いていなかった。

 スイッチを押した後、いや、それより少し前から。

 ケッパは自身の機体の様子を、一度も確認していない事を。




「まさか……!」


 ケッパはコクピットの扉を開け放ち、機体の外へ身を乗り出した。

 機体の装甲の上を少し歩み、背部が見える所まで辿り着く。




「何だと!?」




 スイッチを押す事で飛び出す、背部のパーツは、機能していなかった。


 背部にスパナが引っかかっており、それがパーツをせき止め、飛び出すのを邪魔したのだ。


「こんな物、いつの間に……」

「お前の機体に接近した時、投げ込んだんだ」


 下からの声に、ケッパはフィールドを見下ろす。

 機体のコクピットから身を乗り出した一条ソウが、ケッパを見上げていた。

「何回も失敗したけどな。ほら、下の方に色んな工具、落ちてるだろ?」


「なぜ、分かった?」

 ケッパは、地上のソウに問う。

「最も目立たない、接近しづらい位置に作ったギミックだ」

 ケッパの機体が、歪な曲線で作られた奇妙なデザインである事も、このギミックがバレないようにするための策の一つだった。


「まず、そういうギミックを用意してくるのは、最初から予想してた」

 ソウは答える。

「ルールブックを見て、ゴールの定義が真っ先に気になったからな。『機体の一部さえゲートをくぐればゴール』なんて、今日のお前みたいな作戦のためのルールにしか思えない」


「……分かっていてもこんなギミック、そうそう見つけられる物じゃない」

「おあいにく様、俺は整備士もやっててさ。怪しいギミックとただの飾りくらいは、見分ける目が育ってんだ」

 ケッパの疑問に答え、ソウは小さく笑った。

「あとは、そのギミックをどうやって壊すかが勝負だった。なにせ、機体背部の奥まった部分だ。物を投げ込むくらいしかやりようが無かったのは、さすがにキツかったよ」




「まさか、ここまで見破られるとは……」

「それより、いいのか?」


「何?」

「試合、まだ終わってないだろ」







 ルールブックにしか記載されておらず、勘違いされやすいルールは、「ゴールの定義」以外にも存在する。

 その一つが、これだ。

 「ゴールにより1位が決まっても、フィールド上に機体が残っている限り、」。


 ソウの二次リーグ一戦目の事。ソウがゴールした後、フィールド上に残っている選手に「まだフィールドから出てないの?」と尋ねたのも、このルールを知っているがゆえの疑問だった。







「うおおおお!」


 ケッパは、破損した「お邪魔キャラ」の機体の隙間から漏れ聞こえる、雄叫びを聞いた。

 「お邪魔キャラ」庵堂あんどうハシルの黒い機体が、停止しているケッパの機体に向かってまっすぐ、突進していた。


 ギミックの発動が不発に終わったケッパの機体は、まだゴール出来ていない。


 機体のコクピットに戻ろうと考えるケッパ。しかし、すぐに気付く。

 今から戻っても、この体当たりを防ぐ時間は無い。




 ハシルの黒い機体が跳び上がり、機体の心臓部、反重力エンジンに衝突した。

 「お邪魔キャラ」の爆発と反重力エンジンの爆発により、ケッパの機体は大きな火柱を上げる。


 ケッパの巨大な機体が、一切の動力を失い、沈黙する瞬間であった。







「ハハハハハッ!」


 ケッパは、機体の上空に跳び、天を仰ぎながら笑った。


「いいだろう、今回はポクの負けだ! 上位リーグうえに進め、一条ソウ!」

 その顔は敗北者とは思えぬ、すがすがしい表情だった。

「そして決勝まで行くがいい! だが、お前は決勝で負ける! 必ずだ!」




「たとえお前が伝説のレーサー“神威カムイ”だろうと……神のごとく速くとも!」


 ケッパのその表情は、今後訪れるであろう愉悦に、心を躍らせているようだった。


には――本物の“神”には、勝てないのだから」







 二次リーグの“王”ケッパの敗北により、アルティメット・カップはさらなる混沌を迎える。

 ケッパをはじめとした“四天王”の蹂躙に怯えていたレーサー達が、この戦いを見て奮い立ち、上位リーグを目指す猛者達へと変貌していくからだ。


 そして、ケッパの機体を撃墜し、敗者復活を果たした庵堂ハシルも、そんな猛者の一人となっていく。







<アルティメット・カップ 二次リーグ第366試合 最終結果(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.01倍):リタイア(機体破損)

2 一条ソウ(1.01倍):1位ゴール(勝者)

3 ケッパの手下1・団栗坊(100.00倍):リタイア(機体破損)

4 ケッパの手下2・武ロウス(100.00倍):リタイア(機体破損)

お邪魔キャラ1 ケッパの手下3・ホムラ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ2 ケッパの手下4・ウゴクアシバ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 ケッパの手下5・炎棒:敗者復活失敗

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル:敗者復活成功、一次リーグ復帰

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