第35話 勝者確定

 試合開始から、二十五分。


 ゴールゲートの開放まで、残り五分となった。




 一条いちじょうソウは、攻撃の手を緩めない。

 無数の“棘の鉄槌ニードルハマー”を躱し、誘導し、ケッパの機体へ迫る。

 しかしケッパの“迎撃ミサイル”による狙撃もあり、攻撃は成功していない。

 庵堂あんどうハシルが“棘の鉄槌ニードルハマー”を回避した事により出来た隙を突いた、ただ一度を除いて。




 “四天王”ケッパ呪崎のろいざきは、茶番に付き合う。

 一条ソウの攻撃が成功しようと失敗しようと、試合の結果は変わらない。

 その事を想像し、内心で愉悦に浸りながら。


 ケッパは、一条ソウとの攻防をゲーム感覚で楽しんでいた。

 しかし、そこに一切の手加減は無い。

 むしろ敗北に怯える必要の無い安心感と、自身が全力を出して競い合える好敵手の存在による高揚感で、ケッパの集中力は限界まで高まっていた。

 彼は超集中ゾーン状態により、そのパフォーマンスは人生史上、最高潮とも言えるレベルに引き上げられている。


 ――二次リーグここに来てから、マトモにポクとやり合える相手なんて一人もいなかったからな。蹂躙も楽しいけど、たまにはも悪くないなぁ↑




 その時、金属が削れる嫌な音が、ガリガリと機体内に響く。




 ――……!?




 ケッパは驚いてモニターの表示を操作し、機体各部に設置されたカメラ映像を確認した。


 左側の翼部分が、破損している。


 ――バカな……奴とポクの力は、拮抗していたはずだ。ポクがミスらない限り、奴がポクの機体に傷をつけるなんて……




 ケッパは必死で一条ソウの動きを追い、先を読み、“迎撃ミサイル”を撃つ。




 しかし、再び嫌な金属音。


 次は、機体右側の装甲がえぐれた。




 ――そんなはずは無い。奴が接近出来るはずが無い! ミスらしいミスなんてしてないぞ、は!




 そしてケッパは、気付いた。


 気付いた瞬間、寒気で背筋に鳥肌が立った。




 ――奴は……俺の動きの癖を、攻撃の穴を、掌握しちまったってのか?




 再び一条ソウはケッパの機体に接近し、それにつられた“棘の鉄槌ニードルハマー”がケッパの機体を破壊する。


 ――ありえねぇ! 奴の実力は、それほどまでに上なのか? 俺が為す術も無い程に……!?







 ケッパに、これまでに無かった感情が生まれる。


 焦燥感。


 今まで全く想定していなかった「敗北」の二文字が、脳裏をよぎる。




 ――いや。あと五分で、そこまではいかねぇはずだ……!




 ケッパの作戦に、抜かりは無い。

 しかし唯一、敗北する状況がある。

 それは、ケッパの機体が「コクピットも含めてほぼ完全に破壊され、ゴールゲートをくぐるギミックすら発動できない程、破損してしまった時」だ。


 ケッパは、ここまでの事態は想定していなかった。

 自身と一条ソウの実力に、天と地程の差が無ければ起こり得ない事態だからだ。




 そう考えている間にも、一条ソウの機体は何度もケッパの機体に接近し、その都度、ケッパの機体は大なり小なり、破壊されていく。


 ――奴の攻撃のペースが上がった。まさか、奴はまだパフォーマンスを上げられるのか!?




 もはやケッパには、一条ソウのパフォーマンスがどこまで上がり、そしてどこまで自身の機体が破壊されてしまうのか、想像も出来なくなっていた。


 レースの素人が、アマチュアとプロの動きの差を、明確には理解出来ていないように。

 ただ「一条ソウは自分より上だ」という認識しか、ケッパには出来なかった。




 ――一条ソウのデータを調べていた時、こんな話を見た。「一条ソウの走りは、伝説のレーサー“神威カムイ”に似ている」「一条ソウは、“神威カムイ”本人ではないか?」


 ケッパは考える。


 ――もし本当に“神威カムイ”なら、納得はいく。“神威カムイ”は、一説には「史上最速」と謳われるレーサーだ。俺より実力が遙か上でも、当然だ。




 ――俺が相手をしているのは、伝説のレーサー“神威カムイ”なのか……?


 ケッパは、一条ソウのコクピットを映すカメラの映像を、見た。

 一条ソウは、焦りもせず、ただ冷たい目で、前を見据えている。

 ケッパの背筋が、再び凍る。







 ケッパは、思い出した。

 彼の人生において、ただ一度だけ感じた、絶望的な力の差を。




 「お前と勝負しても、つまらんな。お前は遅過ぎる」




 アルティメット・カップの決勝にいる、を。




 「これ以上差が開いたら、殺してやろうか? ほら。必死になれば、少しはマシになるだろう?」




 彼が人生で唯一感じた、恐怖を。







 ――……違う!


 ケッパは、首を振った。


 ――一条ソウこいつは、違う! には遠く及ばない! もしこの試合でが相手なら……俺はとっくに負けているはずだ! だから一条ソウの攻撃など、大した事は……無い!




 ケッパは、時計を見た。

 ゴールゲート開放まで、残り一分。


 轟音が響く。

 コクピットの角が壊れ、足下から地上が漏れ見える。


 ケッパは、震える手で操縦桿を握り、“迎撃ミサイル”で一条ソウを狙う。


 一条ソウの機体には、かすりもしない。

 再び一条ソウが、ケッパの機体に近付いてくる。




 コクピットの正面に、一条ソウの機体が迫る。




「……くっ!」


 ケッパは、思わずキーボードに命令を入力した。


 全“棘の鉄槌ニードルハマー”の、停止命令を。




 棘の爆弾達は、一斉に動きを止める。

 棘の爆弾達のエンジン音が止まり、一気に静寂が、フィールド内を包んだ。


 一条ソウの機体が飛ぶ音だけが、ケッパの周囲で鳴る。

 一条ソウの機体は、ケッパの機体の周囲をなめ回すように飛び、そして、離れた。




 それを合図にするように、ゴールゲート開放が始まった。




 ――……来た!


 安堵から、ケッパの顔に笑みが戻る。


 ――結局、奴が俺の機体背部のギミックに気付く事は無かった。まあ、当たり前だ。あんな小さなギミック、気付きようが無い。


 ゴールゲートは、まず動かすための魔力が始動し、それからゆっくりと下部から開いていく。


 今回だけは、その所作がケッパには悠久に感じられた。


 ――早くしろ。さっさと、ポクの勝ちにしやがれ!




 ゲートが、僅かに開いた。


 どんなに小さな機体でも、まだゲートをくぐる事は出来ない。

 しかし、ケッパの機体背部に設置したギミックを発動すれば、小さなパーツが飛び出しゲートをくぐり、それで「ケッパの機体がゴールをした」という判定になる。


 ケッパは、スイッチを押した。


 ――これで、ギミック発動♪




 ケッパは一条ソウの顔が絶望に歪むのを想像し、愉悦に口元を緩めた。




「試合、終↑了↓♪」







 運営からのアナウンスは、無い。


 ――……ん?


 ゴールした機体があれば、必ず運営からアナウンスが入り、勝者が確定した旨が全レーサー及び観客に伝えられる事になっている。

 だが、アナウンスが入る様子が、無い。


 ――何してやがる。ポクがギミックを使ってゴールする事は、あらかじめ言ったはずだぜ。




 しばらく間を置いて、ようやくアナウンスが入った。

「い、一位でゴールしたレーサーが、決まりました」


 ――ようやくか。


 ケッパは、ニヤリと笑う。


 ――つーか、なんで困惑してんだよ。声が震えてんぞ(笑)







「一位ゴールは、一条ソウ選手です!」


「は?」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第366試合 途中結果(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.01倍)

2 一条ソウ(1.01倍):勝者(1位ゴール)

3 ケッパの手下1・団栗坊(100.00倍):リタイア(機体破損)

4 ケッパの手下2・武ロウス(100.00倍):リタイア(機体破損)

お邪魔キャラ1 ケッパの手下3・ホムラ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ2 ケッパの手下4・ウゴクアシバ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 ケッパの手下5・炎棒:敗者復活失敗

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル

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