第21話 ソウ VS “ハイエナ”虎畝

 虎畝とらうね星光せいこう

 「トラのマーク」でおなじみ「虎畝商事」を創業し、一代で富を築いた男・虎畝勇夫いさおの一人息子である。


 富を築いてからは、カネを使って強引に物事を解決する父の姿を見て育ち、自身も「カネの使い方の上手い男になろう」と心に決め、過ごしてきた。


 彼の「アルティメット・カップ」攻略法も、カネに物を言わせた強引な手段と言える。




 最初に、虎畝は「交流時間」において、、カネと引き換えに自身へ協力するよう要請して回った。




 全ての人間にカネを払う必要は無い。「同じ試合になった時、俺に協力したら大金を与える」と言えば良い。


 協力者に与える金額は、「現在の借金・負債を帳消しにし、『敗者』はさらに、奴隷オークションから逃れられる額」。

 奴隷オークションが、実はカネを払えば回避できる、というのがポイントだ。命が助かって、借金の悩みも解決するのであれば、大抵の人間は虎畝に従う。


 逆らう奴がいれば、協力者達と共に潰してしまえば良い。


 二次リーグの試合に勝てば、元は充分に取れる。二次リーグの勝利報酬は「破ったレーサーが所持する全てのリワードと賞金」だ。一試合勝つだけで、莫大な報酬を得られる。

 二次リーグを勝ち抜けたら、ドロップアウトする。そして、もう一度一次リーグからやり直し、再び二次リーグを勝ち抜ける事で、無限に稼ぐ事が出来る。


 そうして何度も二次リーグのレーサーを狩るうち、いつの間にかレーサー名に“ハイエナ”の二つ名が付く程、虎畝は有名になっていた。




 虎畝と同じ事を他に誰もしない、いや、出来ない理由。

 それは大多数の人間にとって「協力者へカネを渡す」という「初期投資」が、困難であるからだ。

 事実、彼は虎畝財閥の潤沢な資金を活用し、協力を了承した者へ、約束の半額を渡している。


 「俺はお前を裏切らない」。

 この言葉は、カネが付随するかどうかで信用度が全く異なる。


 この「投資」のステップ無しには、今回のような「一対七」は実現できなかったであろう。




 ――今回は追加の報酬も用意して「同じ試合の奴を探し出し、俺の所へ連れて来い」と指示した。おかげで一条いちじょうソウ以外の参加者は、全員俺の味方だ。……元チームメイトの、加賀美かがみレイも含めてな!




「そろそろ、墜ちるトコが見れるぜ」

 虎畝は一旦通信を切ると、助手席に乗せた露出の多い服装の女の肩に、腕を乗っけた。

 公式戦では、運転専門の運転手ドライバーと魔法攻撃専門の砲撃手ガンナーの二人で、機体を操る。そのため、機体に助手席がある事に不自然は無い。

 ただし、虎畝は自身の気に入った女を、レーシングスーツも着せずに乗せていた。


「公式戦で被弾ゼロのプロレーサー様も、俺に掛かりゃこのザマだ」

 虎畝は女を引き寄せ、ふんぞり返りながら喋る。

「ねぇセイ君。よく分かんないけどぉ」

 女はスマホ片手に、虎畝のたくましい腕にじゃれながら言う。

「プロって、セイ君より弱いんだねぇ」

「だな。はっはっは!」

 虎畝は、そう言って笑った。




 味方の機体に攻撃を続行させながら、虎畝は自身も追加で魔力弾の発射を準備した。

 想定よりも、一条ソウの動きが素早い。取り囲んで逃げ場を減らしているにも関わらず、スイスイと攻撃を避けている。


「ったく」

 虎畝が少し不機嫌になる。

「さっさと終わらせて遊びてぇんだよ。早く墜ちろ」


 虎畝は、公共フリー通信の回線をオンにした。


「おーい、往生際が悪いですよー。ククッ」

 虎畝は、小馬鹿にしたように笑い、挑発する。


 そして虎畝が追尾型魔力弾“赤い追跡者レッド・トレッフェン”の発射スイッチを……







 押す直前に、機体が大きく揺れた。




「きゃあっ!?」

「おわっ!?」


 公共フリー通信の回線に、二人の間の抜けた声が乗る。


 ――何だ、攻撃!?


 虎畝が計器を確認すると、機体の左胴体部の損傷を示していた。

 近くに壁や障害物は無い。誰かの魔力弾か、体当たり以外に考えられない。




「おい! 誰だ!」

 虎畝は、怒りに任せて通信機に声をぶつけた。

「誰が裏切り者だ! 言え!」


 誰も、口を開かない。


「何だ? まさかテメェら手ぇ組んで、俺を引き摺り下ろそうと……」


 その時、虎畝の機体の目の前へ、一条ソウの機体が突っ込んで来た。


「ぐっ!」

 虎畝の目の前でドリフトし、方向転換をする一条。その後ろを追っていた追尾型の魔力弾が、急速なターンに対応しきれず虎畝へぶつかりそうになる。

「わあ!」「セイ君! やばいよ!」

 虎畝は慌ててバリア“無敵道化スター”を発動。

 バリアを張ったフロントガラスに魔力弾がぶつかり、爆発で機体が振動する。


「こわぁ……攻撃って、あんな感じなのね」

 助手席の女は、素っ頓狂な顔でフロントガラスを見ている。


 ――「あんな感じ」じゃねぇよ、大怪我する所だったんだぞ。しかし一条の野郎……追い詰められたからって、無茶しやがって。


「うわあーっ!」

 虎畝以外の、誰かの悲鳴が通信で聞こえた。


 今度は別のレーサーの機体が、魔力弾の直撃を受け煙を上げている。


 ――無茶? いや、まさか……


 虎畝は、嫌な予感がした。

 一条の機体は、未だ無傷。そして、一条に向けて飛ばした魔力弾は、ことごとく虎畝の味方に当たっている。


「ひぃいっ!」

 別の男の、情けない声が聞こえる。


 ――魔力弾を誘導して、俺達に当ててるのか!?




「ねえ! まだ!?」

 助手席の女が、虎畝を責める。

「この中、揺れて気持ち悪いから、早く終わらせて欲しいんだけど!」


 ――クソ……俺に恥をかかせやがって。


「おいテメェら! さっさと――」


 言いかけた虎畝が、気付いた。


 味方のレーサーや「お邪魔キャラ」の動きが、目に見えて鈍くなっている。

 特に「お邪魔キャラ」は、もはやほとんど動いてもいない。


「おい!」


 虎畝は、今までで一番の大声を上げた。

「何やってんだ、クソ共! 何のためにカネをやったと思ってんだ! これで奴を墜とせなかったらテメェら――」

「へえ、事前に渡したのか」

 虎畝の声に、一条ソウの声が重なる。

「道理で、これだけの人数が団結できるわけだ」


「……」

 虎畝は、怒りのあまり言葉が見つからなかった。

 だが、一度押し黙る事で、彼は新しい発想を思いついた。


「ねえ、セイ君?」

「……“妨害ボム”だ」

 虎畝は、女の声掛けを無視し、一条に聞かれる事もお構いなしで、公共フリー通信に指示を出した。

「設置型の、動かねぇ魔力弾なら誘導もできねぇ! 取り囲んでりゃ、いつかは当たる!」




「もう……奴の機体を取り囲むなんて、出来ませんよ」


 誰かの、弱々しい声が、虎畝の耳に飛び込んできた。


「あ?」


 そして虎畝は、フロントガラスから見える光景に絶句した。


 集めたはずの仲間達は、もはや散り散り。

 一条ソウの機体は、どこにも見当たらない。


「もう無理ッスよ……」

 誰かの、情けない声が聞こえる。

「逃げ道塞ごうとしてもアッサリすり抜けられるし、攻撃は全部他の奴に誘導されるし……こんな奴、何人いたって墜とせないッス」




「セイ君……何これ? どうなってるの?」

「チィ!」


 虎畝は、公共フリー通信を切った。


「……“雷撃サンダー”で、潰す」

 虎畝は、呟いた。


「サンダー? 何それ?」

 訊いてくる女を無視して、虎畝は“雷撃サンダー”のスイッチに指を触れた。




 ――俺が買収した連中も全員墜ちるが、関係ねぇ。いや、むしろその方がいい。


 虎畝は、考える。


 ――集めた仲間を全員捨てるとは、一条も思うまい。一次リーグでは奇跡的に“雷撃サンダー”を避けていたらしいが、不意打ちなら……!


 そう考えていた虎畝の機体が……




 突然、大爆発した。




「きゃああーっ!」

「ど……どわあーっ!」


 悲鳴と共に、虎畝の機体は墜落した。




「く……クソ……!」

 虎畝は、何とか体を起こして機器に触れるが、真っ暗なレーダーは何も映さず、機体のエンジンはウンともスンとも言わない。


 唯一、公共フリー通信だけは、かろうじて繋がった。


「クソ! クソ! 誰だ! 誰がこの俺を墜としやがった!」




「俺だが?」


 虎畝の怒りの問い掛けに答えたのは、加賀美レイであった。




「……あ?」

 虎畝は、耳を疑った。

 一条ソウの元チームメイト、加賀美レイ。しかし虎畝は彼に確かにカネを渡し、味方に引き入れたはずだ。


「『お邪魔キャラ』にぶつかられても気付かねぇなんて、何かに気を取られてたのか?」

「ふざけんなよ。テメェ――」

「つーか今、“雷撃サンダー”、撃とうとしてた?」


 虎畝は、ギクリとした。


「……なんで分かった?」


「いや、何となく。カンだよ」

「は? そんなくだらねぇ理由で――」

「けど、これでハッキリしたな。俺が裏切ったんじゃなくて、俺らを裏切ったんだ」




「チィ……」

「ただ俺は、最初からお前を裏切るつもりでいたよ」

 加賀美は言った。

「何したって、ソウを墜とせるとは一ミリも思ってなかったからな」


「何だと?」

「コースを走りながら攻撃を全部避けれるのに、避けてるでいい二次リーグで墜ちるなんて、俺には想像も出来ねぇよ。だから利用しようとしてたのは、お互い様だ」




「だから、受け取ったカネは返すよ。俺は自力で稼いで、自力でこの大会から抜け出す」


 虎畝の真っ暗なコクピットの中で、加賀美の声が響いた。


「それが、俺のケジメだ」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第343試合 途中結果(括弧内は賭けレート)>

1 一条ソウ(1.22倍)

2 “ハイエナ”虎畝星光(2.96倍):リタイア

3 ゴリラ(3.33倍)

4 五十嵐五十三(5.13倍)

お邪魔キャラ1 加賀美レイ:一次リーグ復帰

お邪魔キャラ2 王・手霊査

お邪魔キャラ3 キソ。

お邪魔キャラ4 “四天王”バラクーダ井頭 → 出場辞退

お邪魔キャラ4(代理)ピコラータ鎖東

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