第25話 “四天王”ケッパ呪崎

「やあやあ。この配信はポクの『ケッパチャンネル』をご視聴の諸君へ。そして、二次リーグショップ街“バイエン”をご利用のゴクツブシどもにお送りしているよぉ↑」


 “四天王”ケッパ呪崎のろいざきと名乗る男は、挨拶を言い終えると再び極彩色の王座へ、深々と腰を下ろす。


「エイミーちゃん、水」

 ケッパの呼びかけに応じて、首輪を付けた若い女性が、グラスの乗ったトレーを膝をついて差し出す。

 ケッパはグラスを手に取ると、女性の背中を蹴飛ばす。

 そしてヒールの高い革靴のかかとで、倒れた女性を踏みつけた。

「で、何の話だっけ?」


「そうそう、“勇者”とか言われて調子こいちゃってる人の話ね」

 ケッパは口元を曲げ、気色の悪い笑みを浮かべた。

「ククッ、このクソインタビューの後でポクに『“勇者”と“四天王”が戦ったらどうなるのォー↑?』とか『大会に無理矢理参加させられちゃってるンだけど、“勇者”が助けに来てくれるのっホォー↑?』って質問が来たんだ。だから、ハッキリ答えてあげるんだけどね」




「“勇者”は、『神隠しレース』には来ません。理由は主に二つ」




 ハシルは、突然始まった奇妙な男の配信に、戸惑いを隠せなかった。

 しかし「ケッパ呪崎」についての噂は、一次リーグの時点でやたらとよく聞いたため、不審に思っていた。


 「二次リーグで死にたくなければ、ケッパに目を付けられないようにしろ」という噂だ。




「一ォつ! コイツは『企業の雇われレーサー』だから!」

 ケッパは、威勢のいい声で嬉々として喋る。

「そもそもインタビューのコメントというのは、スポンサー企業に都合のいい、聞き触りのいい言葉しか吐かねぇ! 『違法なレースは許しませぇん』ってセリフはぁ、『ボク達企業が儲かる、合法なレースだけ見てね♪』っつう意味だよ。『神隠しレースに殴り込みなんて』なんてリスクしかねぇ事、企業戦士は絶対にしねぇ」


「なーに文字通り解釈して、期待しちゃってんだよ、バーカがぁ↓!」




「この男は、インターネット上で自身を『神隠しレース』の“四天王”と主張しています。なので、一応知ってはいますが……」

 雪野ゆきのアズサは、不愉快そうな顔で映像を見ている。

「“四天王”というのは、全員こんな愚か者なんですか?」


「さあ? 俺と走った“四天王”は、不機嫌そうだったけどこんな変人ではなかったな」

 一条いちじょうソウが答える。




「そして、もう一ォつ! ……コイツが『神隠しレース』に来ても、から♪」

 ケッパは、ニコニコの笑顔で言った。

「“勇者”クンがちゃんとポクとか運営の配信を見てたら、分かってると思うんだけどさ。実力だけで勝てる程この大会、甘くないんだよね。機体カートのカスタマイズを練って、違法パーツも取り入れ使いこなして、初めて戦える。事実、ウチに公式戦の機体そのまま持ってきて、一次リーグで負けてったプロレーサーは腐るほどいるわけだし」


「うぅ……」

 落ち着き無く、身振り手振りを交えて喋るケッパの踵に力が入ると、踏まれている女性がたまに呻き声を上げる。


「ま、どんなに頑張っても、ウチの決勝戦の相手は『史上最強』だからね。その時点で、何しても無理でしょうよ↓」


「ラストに、重大告知だ!」

 そう言うとケッパは、足蹴にした女性の背中を最後に蹴り飛ばし、画面の外へ追いやった。

 そして王座を立ち、再び画面を自身の顔で埋める。


「今日はヒマでね。ゲリラ的に、ポクは今夜の試合に参加する事にした。一時間後の八時三〇分開始、第365試合! んー↑、なんだか、ちょっとだけキリのいい数字だねぇ、365! 悪いけど、この試合に選ばれた人は勿論もちろん


 ケッパは画面の前で、親指を下に向けて見せる。


「全員墜ちて終↑了↓」




 映像は突然終わり、ショップ街のモニターは再び、真っ暗になった。




 ――一時間後の、八時三〇分……そうか。もう今は、七時半……


 ハシルは、今回の『交流時間』でやりたかった事を、思い出した。




「一条……探してる人、見つかるといいな」

 ハシルはソウに声を掛けると、駆け出した。

「俺は用事があるから、そろそろ失礼するよ。あとはえっと……雪野さん、ありがとうございました、助かりました!」


「おお、おう」

 ハシルの慌てた様子に、ソウは軽く反応するも、ハシルはあっという間にその場を立ち去ってしまった。







 ハシルが、この時間でやりたかった事……それは、屋雲寺やうんじナナと会う事だった。


 彼女がどこへ行くか、そもそも同じ時間帯に『交流時間』が設定されているのか……何も分からない。だが、淡い期待を胸に、ハシルは彼女の待機部屋付近の暗い路地裏で、待ち伏せた。


 もう少しで、時間切れで自分が待機部屋に戻るハメになる……その直前に、奇跡的にも、ナナが待機部屋へ戻ってくる所に、ハシルは遭遇した。




「ナナさん!」

 ハシルは路地裏から飛び出し、ナナへ駆け寄る。


「……ハシル君」

 ナナの声には力が無かった。


「ナナさん……まだ敗者復活戦には、出てないですよね」

 ハシルの問い掛けに、ナナは小さく頷く。

「そう……だね。でも、同じ部屋の人は、皆いなくなっちゃった」

「ナナさん」


 ハシルは何かを言おうとして、そして言葉に詰まった。

 話したい事なら、いくらでもあった。しかし、ナナの見た事の無い暗い表情に、ハシルは頭が真っ白になって、何を言えばいいか分からなくなった。


「け、警察が……この大会の捜査に来たって」

 咄嗟とっさに浮かんだ言葉が、これだった。

「だから、こんな違法な大会……きっと、すぐに終わる。敗者復活戦なんてやらなくたって、きっと助かりますよ」


「警察……本当に大丈夫かな」

 ナナが、暗い声で言う。

「誤魔化されたり、揉み消されたりしないかな」

「き……きっと大丈夫ですよ」

「だって、警察が止められるくらいの大会なら、もっと早く取り潰されてるよ……こんな、奴隷を作る大会なんて」

「それは……」


「警察がダメだったら、やっぱり、頑張るしかないね」

 ナナが、寂しい笑顔をハシルに向けた。

「大丈夫だよ。私、頑張るから」


「いや、そんな――」

 何でもいい。彼女を安心させたい。そんなハシルの脳裏に、ソウの言葉が浮かんだ。




 ――「もしハシルが奴隷オークション行きになっても、俺が優勝してオークション潰すから気にすんな」




「その時は、ゆ、優勝するから……」


「え?」

「優勝して『大会運営の解散』を願えば、奴隷オークションも開けなくなる。そうすれば、敗者復活戦に負けたって大丈夫だ」

「優勝って、誰が?」

「それは――」


 その時、ハシルの脳裏を、虎畝とらうねに蹴られ、無様な姿を晒すソウの姿がよぎった。

 「アルティメット・カップ」を優勝するという、前人未踏の偉業を達成するような大物には、思えない姿が。




「そ、それは、俺が、敗者復活して、そんで“四天王”も倒して、優勝してやるって!」

 ハシルは、拳を軽く握って、パンチするような身振りをしてみせる。

「な、なんちゃって……」


「ふふ」

 ナナは、少しだけ笑った。

「ありがとね」




「じゃあ、また遅くなると、怒られちゃうから」


 去っていくナナを、ハシルは見送った。

 これが最期にならないようにと、心の底から願いながら。




 ――なんで俺は……気休めすら、言えねぇんだよ。




 ハシルが第365試合の「お邪魔キャラ」としての、敗者復活戦への参加を予告されたのは、この「交流時間」が終わり、ハシルが待機部屋に戻ってきた直後の事だった。







「オイオイ、スタッフくぅん↓」




 第365試合の出場者一覧が発表された後の事。

 ケッパ呪崎はその対戦表を見ながら、対戦組み合わせ担当のスタッフに苦言を呈した。


「何なの、これ? 男しかいねぇじゃん」

「はあ、しかし、予定通りの順番だと、この組み合わせで……女性の一次リーグ敗者も、今日は非常に少な」


 スタッフの顔面に、ケッパの拳が直撃した。


「ぐああああっ!?」

「まだ分かんねぇの? 女をイジめる方が、再生数増えんだよ。ポクも、そっちの方が楽しいの。何のためにポクが試合に出てあげると思ってんのさぁ↓」


 ケッパは、現在の二次リーグ出場者と、一次リーグ敗者の一覧を素早くスクロールしながら確認すると、ニヤリとわらった。


「なんだ、いるじゃぁん↓。出場者、今すぐ変えて」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第365試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.00倍)

2 ラフ定道(100.00倍)

3 バンギーア・バンギール(100.00倍)

4 名無しの無道(100.00倍) → 選手変更

4(変更後)ののめ めな(100.00倍)

お邪魔キャラ1 鈴木留

お邪魔キャラ2 槍谷平帆

お邪魔キャラ3 太刀宮陽太

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル → 選手変更

お邪魔キャラ4(変更後) 屋雲寺ナナ

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