第25話 “四天王”ケッパ呪崎
「やあやあ。この配信は
“四天王”ケッパ
「エイミーちゃん、水」
ケッパの呼びかけに応じて、首輪を付けた若い女性が、グラスの乗ったトレーを膝をついて差し出す。
ケッパはグラスを手に取ると、女性の背中を蹴飛ばす。
そしてヒールの高い革靴の
「で、何の話だっけ?」
「そうそう、“勇者”とか言われて調子こいちゃってる人の話ね」
ケッパは口元を曲げ、気色の悪い笑みを浮かべた。
「ククッ、このクソインタビューの後で
「“勇者”は、『神隠しレース』には来ません。理由は主に二つ」
ハシルは、突然始まった奇妙な男の配信に、戸惑いを隠せなかった。
しかし「ケッパ呪崎」についての噂は、一次リーグの時点でやたらとよく聞いたため、不審に思っていた。
「二次リーグで死にたくなければ、ケッパに目を付けられないようにしろ」という噂だ。
「一ォつ! コイツは『企業の雇われレーサー』だから!」
ケッパは、威勢のいい声で嬉々として喋る。
「そもそもインタビューのコメントというのは、スポンサー企業に都合のいい、聞き触りのいい言葉しか吐かねぇ! 『違法なレースは許しませぇん』ってセリフはぁ、『ボク達企業が儲かる、合法なレースだけ見てね♪』っつう意味だよ。『神隠しレースに殴り込みなんて』なんてリスクしかねぇ事、企業戦士は絶対にしねぇ」
「なーに文字通り解釈して、期待しちゃってんだよ、バーカがぁ↓!」
「この男は、インターネット上で自身を『神隠しレース』の“四天王”と主張しています。なので、一応知ってはいますが……」
「“四天王”というのは、全員こんな愚か者なんですか?」
「さあ? 俺と走った“四天王”は、不機嫌そうだったけどこんな変人ではなかったな」
「そして、もう一ォつ! ……コイツが『神隠しレース』に来ても、優勝できないから♪」
ケッパは、ニコニコの笑顔で言った。
「“勇者”クンがちゃんと
「うぅ……」
落ち着き無く、身振り手振りを交えて喋るケッパの踵に力が入ると、踏まれている女性がたまに呻き声を上げる。
「ま、どんなに頑張っても、ウチの決勝戦の相手は『史上最強』だからね。その時点で、何しても無理でしょうよ↓」
「ラストに、重大告知だ!」
そう言うとケッパは、足蹴にした女性の背中を最後に蹴り飛ばし、画面の外へ追いやった。
そして王座を立ち、再び画面を自身の顔で埋める。
「今日はヒマでね。ゲリラ的に、
ケッパは画面の前で、親指を下に向けて見せる。
「全員墜ちて終↑了↓」
映像は突然終わり、ショップ街のモニターは再び、真っ暗になった。
――一時間後の、八時三〇分……そうか。もう今は、七時半……
ハシルは、今回の『交流時間』でやりたかった事を、思い出した。
「一条……探してる人、見つかるといいな」
ハシルはソウに声を掛けると、駆け出した。
「俺は用事があるから、そろそろ失礼するよ。あとはえっと……雪野さん、ありがとうございました、助かりました!」
「おお、おう」
ハシルの慌てた様子に、ソウは軽く反応するも、ハシルはあっという間にその場を立ち去ってしまった。
ハシルが、この時間でやりたかった事……それは、
彼女がどこへ行くか、そもそも同じ時間帯に『交流時間』が設定されているのか……何も分からない。だが、淡い期待を胸に、ハシルは彼女の待機部屋付近の暗い路地裏で、待ち伏せた。
もう少しで、時間切れで自分が待機部屋に戻るハメになる……その直前に、奇跡的にも、ナナが待機部屋へ戻ってくる所に、ハシルは遭遇した。
「ナナさん!」
ハシルは路地裏から飛び出し、ナナへ駆け寄る。
「……ハシル君」
ナナの声には力が無かった。
「ナナさん……まだ敗者復活戦には、出てないですよね」
ハシルの問い掛けに、ナナは小さく頷く。
「そう……だね。でも、同じ部屋の人は、皆いなくなっちゃった」
「ナナさん」
ハシルは何かを言おうとして、そして言葉に詰まった。
話したい事なら、いくらでもあった。しかし、ナナの見た事の無い暗い表情に、ハシルは頭が真っ白になって、何を言えばいいか分からなくなった。
「け、警察が……この大会の捜査に来たって」
「だから、こんな違法な大会……きっと、すぐに終わる。敗者復活戦なんてやらなくたって、きっと助かりますよ」
「警察……本当に大丈夫かな」
ナナが、暗い声で言う。
「誤魔化されたり、揉み消されたりしないかな」
「き……きっと大丈夫ですよ」
「だって、警察が止められるくらいの大会なら、もっと早く取り潰されてるよ……こんな、奴隷を作る大会なんて」
「それは……」
「警察がダメだったら、やっぱり、頑張るしかないね」
ナナが、寂しい笑顔をハシルに向けた。
「大丈夫だよ。私、頑張るから」
「いや、そんな――」
何でもいい。彼女を安心させたい。そんなハシルの脳裏に、ソウの言葉が浮かんだ。
――「もしハシルが奴隷オークション行きになっても、俺が優勝してオークション潰すから気にすんな」
「その時は、ゆ、優勝するから……」
「え?」
「優勝して『大会運営の解散』を願えば、奴隷オークションも開けなくなる。そうすれば、敗者復活戦に負けたって大丈夫だ」
「優勝って、誰が?」
「それは――」
その時、ハシルの脳裏を、
「アルティメット・カップ」を優勝するという、前人未踏の偉業を達成するような大物には、思えない姿が。
「そ、それは、俺が、敗者復活して、そんで“四天王”も倒して、優勝してやるって!」
ハシルは、拳を軽く握って、パンチするような身振りをしてみせる。
「な、なんちゃって……」
「ふふ」
ナナは、少しだけ笑った。
「ありがとね」
「じゃあ、また遅くなると、怒られちゃうから」
去っていくナナを、ハシルは見送った。
これが最期にならないようにと、心の底から願いながら。
――なんで俺は……気休めすら、言えねぇんだよ。
ハシルが第365試合の「お邪魔キャラ」としての、敗者復活戦への参加を予告されたのは、この「交流時間」が終わり、ハシルが待機部屋に戻ってきた直後の事だった。
「オイオイ、スタッフくぅん↓」
第365試合の出場者一覧が発表された後の事。
ケッパ呪崎はその対戦表を見ながら、対戦組み合わせ担当のスタッフに苦言を呈した。
「何なの、これ? 男しかいねぇじゃん」
「はあ、しかし、予定通りの順番だと、この組み合わせで……女性の一次リーグ敗者も、今日は非常に少な」
スタッフの顔面に、ケッパの拳が直撃した。
「ぐああああっ!?」
「まだ分かんねぇの? 女をイジめる方が、再生数増えんだよ。
ケッパは、現在の二次リーグ出場者と、一次リーグ敗者の一覧を素早くスクロールしながら確認すると、ニヤリと
「なんだ、いるじゃぁん↓。出場者、今すぐ変えて」
<アルティメット・カップ 二次リーグ第365試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>
1 “四天王”ケッパ呪崎(1.00倍)
2 ラフ定道(100.00倍)
3 バンギーア・バンギール(100.00倍)
4 名無しの無道(100.00倍) → 選手変更
4(変更後)ののめ めな(100.00倍)
お邪魔キャラ1 鈴木留
お邪魔キャラ2 槍谷平帆
お邪魔キャラ3 太刀宮陽太
お邪魔キャラ4 庵堂ハシル → 選手変更
お邪魔キャラ4(変更後) 屋雲寺ナナ
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