第3話 凡庸レーサー・ハシル VS “雷王”
――本当に、来やがった。
噂通り、次のレースのスタートラインに並ぶ機体には、この男のものもあった。
“
神隠しレースの「一位予想ベット」を模倣した違法賭博レース、通称「闇レース」を主催。先月、警察の摘発により逮捕され、闇レースも解散となった。
が、なぜか今回、神隠しレースに参戦している。
闇レースの主催であった際は、自身もレースに参加する事があった。その戦績は凄まじく……
逮捕当日のレースを除く、全てのレースで一位。
圧倒的勝率の理由は、当時入手困難であった違法武装“
現在は、神隠しレースでも入手可能という噂があるが……ハシルがどのショップを探しても、販売されている場所は見当たらなかった。
ただし、休憩時間を返上しての聞き込みにより、ハシルは“雷撃”の「攻略法」を入手していた。
――俺の得た「攻略法」が正しければ、最悪の事態は避けられるはずだ。
「レースを開始します、発進の準備をして下さい」
ハシルは、頭の中でレース展開をシミュレーションしながら、反重力エンジンを起動させる。
――
スタートラインに設置された信号灯の、赤いシグナルが点灯する。
心臓が高鳴る。
ハンドルを握る手が汗ばむ。
シグナルが、青に変わった。
全八機が一斉に加速する中、二機が爆発的な加速で集団の先頭に立った。
その二機の中に、ハシルの機体は無い。
<操縦技術・
反重力エンジンへの魔力注入、およびアクセル踏み込みという二工程のタイミングを合わせる事で、初速において爆発的な加速を得る操縦技術。
反重力エンジンを積むDレーシングの機体ならではの技だが、タイミング合わせは0.1秒単位の精度が必要であるため、プロのレースにおいても任意で発動できるレーサーは少ない。
――
ハシルは、各機体の位置を魔力レーダーで確認。魔力レーダーには事前にダウンロードしたコースマップと、コース上における各機体の現在地が表示されている。
ハシルは現在、5位。すぐ目の前に3、4位の機体。少し離れた前にいるのが1位と2位の機体。
1位は……“雷王”我田荒神の機体だ。
――“雷王”め、運もいいのかよ。……っと、そんな事より。
ハシルは、ハンドルを切って機体の位置を4位の真後ろから左へずらした。
直後、3位と4位の機体の背部から、黒い球体が排出される。
ハシルの機体が横を通過して一秒と満たず、球体は爆発して周囲が爆煙に包まれた。
――ったく。スタート直後は、こういうのが怖いんだよな。
<通常武装・
機体の基本武装の一つ。背部から排出、もしくは前方へ放り投げる形で射出された後、一~数秒で炸裂する魔力の塊。爆発の秒数を機体側で操作できるものも存在する。
射出時には魔力レーダーにも表示される。しかし、Dレーシングは時速120km以上でダンジョン内を駆け抜ける高速レース。レーダーを見てからの回避行動では大抵、間に合わない。常に攻撃の可能性を考えて走り、危険を感じたら即、回避行動に入るのが定石である。
幸い、今回の爆発でハシルの機体に損傷は無かった。だが、ハシルの緊張感はまだ緩まない。
――そろそろ、“
ハシルは、“
4位、3位の機体を抜かし、ハシルの機体が3位に。
バックミラーを見ると、背後の機体の数機が、“
<通常武装・
基本武装の一つである、魔力弾。直線状に飛ぶが、コース端で反射するため動きを予測しにくい。狙った相手を追尾する“
機体が密集しがちな序盤では、“
――赤いのの狙いが、俺以外でありますように!
ハシルは、カーブに差し掛かった所でドリフトを発動した。
操縦技術<ドリフト>。
スラスターの出力調整とハンドル操作により、機体を滑らせるように高速で旋回する技術。繊細な動作の上、ハンドルおよび複数スラスターの同時操作を要するため、プロでも百発百中で成功させる事は難しい。
ハシルに、ドリフトを確実に成功させる程の技量は無い。ドリフトを失敗すれば、機体破損の危険がある。
だが安全を取って減速し、乱戦中の後続機体に追いつかれるくらいなら……
――俺は元プロだ、このドリフトは……成功させる!
今回のドリフトの精度は、百点とは言いがたい。機体の旋回が大きくなり、コースの外壁にぶつかりそうになった。
しかしハシルは外壁スレスレのドリフトを成功させ、序盤の争いを3位で抜け切った。
が、カーブを抜けたハシルの機体に、赤い魔力弾が真後ろから飛んできた。
――危ねぇ!
ハシルは急いで機体背部から“
――ドリフト中に飛んでこなくて良かったぜ。……正直、アレはまだ使いたくないし。
ドリフト中では、追尾攻撃が機体の腹に向かって飛んで来る可能性があった。真後ろから飛んできた今回は、“
――さて、前の二機は?
ハシルは続くS字カーブを減速で処理しながら、魔力レーダーをちらりと見る。“雷王”我田の機体は2位に順位を落としていた。
――“
通常走行、攻撃、加速。これらは全て反重力エンジン、およびレーサーの魔力を使用する。攻撃を多用すれば当然、走行に当てられる魔力は減る。強力な全体攻撃である“
今回のレースは、一周約5分のコースを三周する。そのうちのどこかで一度、“
ハシルの現在位置は、2位とも4位とも離れた3位。他レーサーからの攻撃の心配が少なく、非常に良いポジションと言える。“
そして、この硬直状態は三周目後半まで続く。
――そろそろ使えよ……それともまさか、今回は温存する気か?
ハシルは運が良いと言うべきか悪いと言うべきか、ここまで大きな操縦ミスも無く、1位と2位の後ろが見えるくらいの位置まで追いついていた。
2位だった我田はと言えば、1位との距離がほぼ無くなり、たまに1位へ“
――今より上の順位を狙うのは危険。だが、4位も距離を詰めてきてる。このままじゃどのみち、誰かからは攻撃されるか……どうする?
考えあぐねているハシルは、魔力レーダーの異常な反応に気付いた。
――……来た!
反応は一瞬。しかしハシルは、それを見逃さなかった。
――アレの出番だ!
すかさずハシルは、とある武装のスイッチを入れる。
そして直後に、
“
<特殊武装・“
魔力レーダーで捕捉した全ての機体に対し、雷による攻撃をぶつける。
雷の威力・速度の攻撃であるため、対抗策を知らない機体は
聞き込んだ情報が無ければ、ハシルの機体はここでリタイアしていただろう。
ハシルが得た二つの情報は、正しかった。
一つは、“
もう一つは、この武装を使う事で、“
ハシルの機体の装甲は、“
<特殊武装・“
機体の外部装甲全体に強靱な魔力のバリアを張り、“
任意のタイミングで発動・解除できるが、使用中は膨大な魔力を消費するため、機体の魔力残量に注意を払う必要がある。
我田の機体は“
1位の機体は、ハシルと同じく“
ハシルは、機体の魔力残量を示すメーターを見て、決断した。
――このまま“
<アルティメット・カップ 一次リーグ第1091試合 現在順位(括弧内は賭けレート)>
1位 高田ルーク圭(2.11倍)
2位 “雷王”我田荒神(1.44倍)
3位 庵堂ハシル(3.66倍)
4位 四方ライコネン(3.22倍)
リタイア(機体破損) 悪・Easy(4.31倍)
リタイア(機体破損) 桃姫チェリー(6.41倍)
リタイア(機体破損) ザコ木之子(9.45倍)
リタイア(機体破損) 兵法(10.32倍)
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