第2話 二人の青年

 機体を倉庫へ収納すると、ハシルは機体改造の場であるショップ街へ向かった。

 次のレースまでは、およそ二時間の猶予が与えられる。得たリワードで機体を改造するも良し、美味うまい飯を食うも良し、休憩室で仮眠を取るも良し。


 ハシルはこれまで二戦を走り、どちらも二位を獲って勝ち残っている。一度目のレース後は、得たリワードを使用し武装を強化した。先程……二度目のレースで得たリワードの使い道は、まだ決めていない。

 強化パーツを確認するため、ハシルはショップへ向かった。




 アルティメット・カップ、通称“神隠しレース”。

 敗北したレーサーは神隠しのように、存在を社会から抹消される。

 抹消から逃れる方法は二つ。

 一つは、優勝するまで勝ち続ける事。

 もう一つは、各リーグを勝ち上がった際に与えられる、「得た賞金を持ってリタイア」の権利を行使する事である。


 ハシルの目標は、二次リーグまで勝ち残り、生還する事だ。

 二次リーグまで勝ち取った賞金を持ち帰れば、借金を完済する事ができる。

 また、その活躍がレース配信で注目されれば……バズって、人生逆転できるかもしれない。


 ――今まで、何の良い事も無かった人生だ。これくらいの幸運、たまには起こってくれよ……




 ハシルは、店内照明がまぶしいパーツショップへ、足を踏み入れた。

 下手なデパートよりも広いショップ内には、強化パーツのサンプルが所狭しと並び、多くの人でごった返している。


 穏やかな表情の買い物客は、一人もいない。

 当然だ。人々は娯楽のためではなく、レースに勝って生き残るために、このショップにいるのだから。


 ハシルは、機体の動力源である反重力エンジンのコーナーへ立ち寄った。


 ――やっぱり、次は反重力エンジンを強化したいな。


 先程のレースで一位を獲った機体は、純粋に加速と最高速が速かった。機体の操縦技術で自分が劣っていたわけではない。

 これが、ハシルの分析だった。


「1,500リワードかあ」

 ハシルは、値札を見て呟いた。彼が注目しているのは、現在機体に積んでいるものよりもワンランク高性能な「ハイパー反重力エンジン」だ。

 ハシルは頭の中で計算をする。現在の所持リワードは700。レースは一位で900、二位で600リワードもらえる。次のレースで一位を獲れば、すぐにエンジンの強化が可能だ。

「今の機体で一位か……まあ、運が良ければ、かな」




「エンジンを買おうとしてるの?」


 突然の声に、ハシルは驚いて声を上げた。

「わっ!」

「ああ、ごめんごめん」

 ハシルは気付いていなかったが、いつの間にか、隣に自分と同い年くらいの青年が、立っていた。

「商品を楽しそうに見てるからさ、つい声を掛けちゃったんだ」

 青年は言った。

「楽しそう?」

「ああ。ここの客は皆つまらなさそうな顔してるけど、あんただけは違ったから」


 冗談じゃない、とハシルは思った。


「俺だって、楽しんで見てるわけじゃねぇよ」

 ハシルは言った。

「そう?」

「ああ。俺も『神隠しレース』の参加者だからな。負けたら消されるんだ、楽しんでる場合じゃねぇ」

「そっか。でも、好きなんだろ? レースは」

「好きっつーか……一応、最近までプロんだ」

「へえ。なんで辞めたんだ?」

「辞めたんじゃねぇ。辞めんだ」

「チームから追放されたのか」

「ああ。ダチに騙されて、借金背負わされてな。借金相手は運悪く、レース関連の会社」

「そりゃ災難だな。このレースに参加してるのは、借金を返すため?」

「……まあな」


「あんたは――」

 言いかけて、ハシルは口をつぐんだ。

 「あんたは、なんでここにいるんだ?」ときかけた。しかし、訊く事にメリットは無いと、すぐに気付いたからだ。


 ――もしコイツがレースの参加者なら、コイツと話すのにはデメリットしか無い。

 ――情が移れば、同じレースになった時、躊躇ちゅうちょしてしまうかもしれない。コイツを、蹴落とす事に。


「俺も十年くらい前、プロチームから追放された事があるよ」

 ところが、ハシルが黙った甲斐も無く、青年は話し始めた。

「けど最近、新しいチームに入ってプロに復帰した」

「そりゃ良かったな。いいのか? こんな物騒な所にいて」

 言いながら青年を見たハシルは、ある事に気付く。

 青年は、片脚が無い。


「仲間の一人が、ここにいる。本人の意思じゃない、さらわれたんだ」

 青年の松葉杖が手すりに当たり、カンと音を立てた。

「だから、俺は助けに来た」


「その脚で、できるのか? 機体の操縦」

 どうやって助けるんだ? という疑問もあったが、ハシルはどうしてもこちらの質問を先にしたくなった。

「専用の機体がある……けど運悪く、ちょうど故障中でさ。貸し出しの機体は片脚じゃ操縦できないから、どうしようか困ってる」


「貸し出しの機体で?」

 ハシルは、驚きで目を丸くした。

 「神隠しレース」は自前の機体が無い者のために、貸し出しの機体も用意している。が、性能はお世辞にも良いとは言えない。ハシルは、わざわざヤミ金から金を借りて、プロチームから機体を借用してきたくらいだ。


 貸し出しの機体で一次リーグを勝ち上がった奴は、一人もいないという噂もある。


「整備士もやってたから、道具さえありゃ片脚用に改造もできるんだが」

「専用工具なら、向こうのショップにあるぜ」

「マジ!? どこにあるんだ?」

「えっと……何て言えばいいんだ、説明しづらいな」

「ショップ名を教えてくれよ、地図で検索するから。それか、地図見せるから説明してくれるか?」

「あ、ああ……」


 参ったな、時間が無いのに……と内心思いながらも、人懐っこい青年に押されたハシルは、丁寧にもショップの場所を教えてしまった。


 ――やれやれ。これからレースで人を蹴落とすってのに、こんな時だけはお人好しかよ、俺は。


「ありがとな! 早速さっそく、行ってみるよ」

 青年は礼を言うと、松葉杖をついてハシルに背中を向けた。

「おっと」

 が、再びハシルに顔を向ける。


「俺は、一条いちじょうソウ。あんたの名前は?」


 正気か? とハシルは思った。


 ――これ以上馴れ合って、どうするんだよ。俺はお前を、撃墜するかもしれねぇんだぞ。


「言っとくけど俺は、レースになったらお前にも容赦しねぇからな」

 ハシルは、名乗る前に釘を刺す。

「大丈夫だよ、気にしないから。俺はただ、親切な奴の名前を覚えときたいだけだ」

 青年は返す。


「はあ……庵堂あんどうハシルだ」

 深い溜息をついた後、ハシルは名乗った。

「せいぜい、消されないように頑張りな」




「消された人間が売りに出される『奴隷オークション』、次は四日後らしい」

 ソウが言った。




「は? お前、そんな情報どこで――」

「けど、そのオークションは開催させない」

「……何言ってんだ。そんなの、お前が決める事じゃないだろ」

「この大会を制覇したら、『何でも、一つだけ願いが叶えられる』んだろ?」


「……ああ」

 ソウの話は、正しい。

 「神隠しレース」の優勝者に与えられる権利は、「金銭的に実現可能な願いに限り、何でも一つだけ叶えられる」事。


 だが、優勝できた者は未だかつて、存在しない。


 この大会はタイトルマッチ形式だ。

 リーグを勝ち上がり決勝へ進むためには、それを阻もうとするに勝たなければならない。

 だが、奴らは強過ぎる。誰も勝てないのだ。


「俺が優勝して、この大会組織を解散させる」

「お前、仲間を助けに来たって」

「助けるだけじゃ、また攫いに来るかもしれない。二度とこんな事はできないようにするんだ」


 青年は、ニッと笑った。

「だから消される心配は、特にしなくていいと思うぜ」




 一条ソウは、去っていった。

 彼なりに気を利かせた冗談だったのだろう、とハシルは思った。

 そんな夢のような話、叶うはずが無い。冗談でないのなら、仲間を失って精神的に限界が近いのだろう。


 ハシルは休憩室へ行き、ソファで横になりながら、配信アーカイブで自分のレースを見直した。

 一次リーグには、四つのグループがある。各グループは、勝ち残った四人に新規参戦の四人を加えた、八人でのレースを繰り返す。

 つまりまず研究すべきは、自分と一緒に勝ち残った他レーサーの走りだ。


 ――次のレース、一条ソウが同じグループになる可能性もあるのか。……いや、余計な事は考えるな。


 なかなか集中できないハシルの耳に、隣の休憩スペースの噂話が聞こえてきた。


「次、Aグループに“雷王らいおう”が出るらしいぜ」

 Aグループは、ハシルのいるグループだ。

「マジ? あいつ、逮捕されたんじゃねぇの?」

「知らねぇけど、ショップには売ってねぇ“雷撃サンダー”持ってるらしいぞ」

「最悪だな、俺らAグループじゃなくて良かった~」


 ――……マジかよ。






<アルティメット・カップ 一次リーグ第1091試合 出場レーサー(括弧内は賭けレート)>

1 高田ルーク圭(2.11倍)

2 庵堂ハシル(3.66倍)

3 悪・Easy(4.31倍)

4 四方ライコネン(3.22倍)

5 桃姫チェリー(6.41倍)

6 ザコ木之子(9.45倍)

7 兵法(10.32倍)

8 “雷王”我田荒神(1.44倍)

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