第33話 知覚覚醒

「どっひゃー、やられたあー!」


 機体に衝撃を受けた瞬間、間の抜けた声を上げるクセが、ハシルにはあった。


 プロ時代の話だ。外壁を反射した“迎撃ミサイル”が偶然、自分に当たった時。面白いリアクションをするのが、ハシルの義務だった。




「下手! やられ方が下手なんだよ、お前は!」


 オーナーから叱られるのは、決まってリアクションが悪かった時だった。


「ウチのチームは、本命スターチームの噛ませ役! 観てるお客様が笑ってくれる事が第一! 勝つ事なんて考えるな、バカ!」




「もうちょっとで、勝てたのにね」


 チームメイトの中で、屋雲寺やうんじナナだけが、ハシルが負けた事を落ち込んでくれた。


「でも、最後まで諦めずに頑張ってたから、ててめっちゃ励まされた! これからも一緒に頑張ろうね!」




 声を上げるクセは、プロを辞めたらすぐに治った。

 プロを辞めて、一番嬉しかった事だ。


 ナナにレースを観てもらえなくなった。

 プロを辞めて、一番寂しかった事だ。




 ――俺は、本当にここで死ぬんだろうか。




 AI制御の棘の爆弾が、ハシルの機体の頭上に到達した時。ハシルは考えた。


 ――いや、意外と死なない気がする。


 俺はただ、爆発した機体の中で無様に倒れていて、ケッパが「なーんだ、引っかからなかったか」って言って。それで俺の出番は終わり。




 ナナさんは、この試合を観ているだろうか。


 嫌だな。俺、こんな情けない姿、晒すのか。


 変な感じだ。プロを辞めた時は、観てもらえないのが寂しかったのに。


 ナナさんに、また会えるかな。


 このままで終わるのは嫌だ。俺はずっと、あの人が悲しむ姿や、傷つく姿しか見てない。


 ソウが優勝したら、助かって安心した顔の、ナナさんに会える。




 ……もし会えたら、何て言うんだ?


 冗談とは言え、一度は「俺が優勝して助ける」って啖呵切っといて、結局俺も奴隷落ち。プロ時代より、よっぽど面白い茶番。


 最後に、俺がリアクションを取って、オチは完璧。

「どっひゃー、やっぱり負けちゃった!」


 そしたら、ナナさんは、笑ってくれる?







 違う。違うだろ。







 ハシルは、全力でハンドルを切る。

 棘の爆弾は、ハシルのすぐ近くをピッタリとくっついて走る。ソウが助けに来る可能性をまだ捨てきれないケッパが、撃墜をまだ躊躇っているのだろう。


 ――まだ、終わってない。


 ハシルは、棘の爆弾の動作のクセを読むため、コクピットから見える“棘の鉄槌ニードルハマー”の動きを、血眼で観察する。


 ――ナナさんを巻き込んで、傷つけた。そんな俺が出来る事なんて、一つしか無い。


 ケッパの舌打ちが、スピーカーから聞こえた。痺れを切らした様子だ。


 ――一秒でも長く、戦う。あの人の心が、折れてしまわないように。一秒でも長く、励まし続けられるように。




「もういい、普通に死ね」


 棘の爆弾の動きが変わった。ハシルの機体の周囲をウロウロする動きから、機敏な動きへ。


 ハシルの脳をほとばしる、極限の集中力。手はハンドルを握りしめ、足はアクセルを踏み込む準備をし、目は棘の爆弾の動きを一縷も逃さず見る。




 ――主人公になれなくたって、俺は、あの人のために戦う!




 その瞬間、ハシルに、今までに無い感覚が走った。




 棘の爆弾の内部の、何かの動きを、ハシルの身体が感じ取った。


 は、爆弾の後部に集中し、そして、破裂する。




 ――こっちへ突っ込んでくる!




 ハシルはアクセルを踏み込み、機体を旋回させた。

 棘の爆弾の加速動いたハシルの機体は、その体当たりを見事に回避した。




「……あ?」

 ケッパ呪崎のろいざきの、怪訝そうな声が公共フリー通信のスピーカーから聞こえる。


 その間にも、ハシルはの動きを再び、全身で感じ取っていた。


 棘の爆弾の内部で、が右へ、左へ巡る。その動きに合わせて、爆弾は左へ、右へ。




 ハッキリと、何だという認識は出来ていない。

 しかし、ハシルは確信した。




 ――これが……魔力の動きか!




 魔力の動きで、棘の爆弾の動く方向が、

 ハシルは、魔力の動きに合わせてハンドルを切り、アクセルの緩急を付ける。


 性能の低い「お邪魔キャラ」の機体だ、ソウのように俊敏な回避はできない。完全には避けきれず、爆弾に生えた棘が、何度も装甲をかする。

 それでも、爆弾の全力の突撃を、ハシルは何度も回避する。


「……どうなってやがる」

 ケッパの不機嫌な声が、再び聞こえる。

「何やってんだ、当たってナンボの“棘の鉄槌ニードルハマー”っしょ~↑?」


 ケッパの声も気にせず、ハシルは“棘の鉄槌ニードルハマー”を紙一重、いや、装甲を削られながら回避し続ける。


 ――けど……いつまでも逃げ切れはしない。


 ハシルは、レーダーを見ながら、棘の爆弾を引き連れ、回避し続けながら機体を走らせる。


 ――どこかで、この爆弾を爆発させないと……!


 そして、ハシルは見つけた。

 近くを走る、ケッパの味方をしている選手の一人。


「く……来るなあ!」

 前に遭遇した時は威勢良くハシルを攻撃していた、その選手は、棘の爆弾に完全に恐れおののいていた。


 ハシルは衝突も恐れず、その選手の機体に向かって正面から突っ込んでいく。棘の爆弾も、引き連れて。

 無鉄砲な自爆ではない。

 魔力の動きを掌握できる今のハシルには、選手の動きに対応してみせる自信があった。


 ハシルの機体は正面衝突を紙一重で回避し、すれ違う。


 その際、機体の装甲の一部がぶつかり、嫌な金属音を立てる。

 棘の爆弾は装甲の衝突で減速したハシルの機体に追い付き、背部に棘を刺す……


 ……別の棘を、すれ違った機体の装甲に、深々と突き刺しながら。


「待って! 今爆発したら……!」


 ハシルは、選手の情けない声を聞きながらコクピットの外に腕を出し、棘が刺さった自分の機体の装甲を全力で叩いた。

 度重なる棘の攻撃で脆くなった外部装甲はアッサリと機体から剥がれ落ち、ハシルの機体は棘から解放された。


 ハシルは全力でアクセルを踏む。それとほぼ同時に、棘の爆弾が大爆発を起こす。


「ぎゃああーっ!」


 巻き込まれた選手の断末魔がスピーカーから聞こえる。


 ハシルの機体は、爆発の勢いで飛ばされながら、装甲をさらに破壊されながらも、何とか爆散せず、爆発から逃げ切る事に成功した。







「マジかよ……」


 ケッパは、唖然としていた。


 この大会で、一条いちじょうソウ以外に“棘の鉄槌ニードルハマー”を回避する技量を持つレーサーが、しかも「お邪魔キャラ」という大会最弱の機体で避けるレーサーがいるとは、想像だにしていなかったからだ。




 そしてこの驚きは、試合においては隙となる。




「ハシル、ありがとう」


 一条ソウが、自身を追尾する大量の“棘の鉄槌ニードルハマー”を引き連れ、ケッパの機体の目の前に迫っていた。


 一度目の接近以来、ケッパは“棘の鉄槌ニードルハマー”を巧みに操作し、ソウの接近を防いでいた。


 その警戒の隙を突いた、二度目の接近である。




「この隙が、欲しかったんだ」




 一度目よりも至近距離の接近を許したケッパの目前を横切り、ソウの機体が、ケッパの巨大な機体の周囲を這うように飛ぶ。


 その難解な動きに翻弄され、周囲の爆弾との距離感を掴み損ねた棘の爆弾達が、ケッパの機体に次々とぶつかり、棘で装甲を削り取る。




 皮肉にも、敵の隙を突こうとしたケッパ自身が隙を晒す事で、試合が動いたのである。







<アルティメット・カップ 二次リーグ第366試合 途中結果(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.01倍)

2 一条ソウ(1.01倍)

3 ケッパの手下1・団栗坊(100.00倍):リタイア(機体破損)

4 ケッパの手下2・武ロウス(100.00倍)

お邪魔キャラ1 ケッパの手下3・ホムラ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ2 ケッパの手下4・ウゴクアシバ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 ケッパの手下5・炎棒

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル

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