37
いい匂いがする。至る所から、濃厚な甘い香りが漂ってくる。
疲労と魔力消費のせいでお腹が空いた気がする。
大好きな香りに釣られて、私は体を起こし、杖で体を支えながら歩く。
視界が真っ白でよくわからないけど、匂いで場所がわかる。
似た匂いがいくつもあるけど、間違えるはずもない。そうだ、この匂いだ。
「ご主人様……!」
やっぱり、その匂いはノエルからの物だったらしい。
彼女を抱きしめ、首筋にかぷっとキバを立てて血を吸う。抱きしめた時に着いた沢山の血も舐めとって——私の意識は覚醒した。
目を開くと、そこは地獄絵図と化していた。
草原は荒れ、血で染まり、空は心なしか暗くなっていた。
そして、私が血を吸ったノエルは満身創痍で、右腕を亡くし、顔も真っ青だった。クレアに至っては、両足を失っている。
「っ、ノエル、クレア⁉ し、詩音まで……」
必死に私の方に近づいてこようとしている詩音も、脇腹と肩から血を流し、痛みに呻き声を上げている。
後衛であるアルカとアリサは無事だが、前衛が壊滅すれば、それはパーティーの崩壊を意味する。つまり、すでに敗北寸前。本来タンクを担うはずではないセレネが、辛うじて前線の維持をしている状況だ。
いや、そんなことはどうでもいい。よくないけど、どうでもいい。
「ねえ、詩音とノエルをこんなにしたのは、グラディオなんだよね」
「は、はい。いえ、正確には彼の持つ魔剣——ゼーレヘレスかと」
「ふぅん。そっか、そうなんだ……」
グラディオの雰囲気がさっきとは違う。なんというか、別人のようだ。おおかた今は魔剣に乗っ取られているのだろう。
あいつは絶対に殺す。魔剣も壊す。けどその前に、ノエルと詩音の治療だ。
強力な回復魔術をまともに使うのは初めてだけど、何となく感覚は分かる。不思議とそのプロセスが思い浮かんだ。
私は自分の手首にキバを立てて血を流し、それをノエルに飲ませた。それから、聖属性の回復魔術を使う。
やはりこの属性を使うと一気に魔力が持っていかれるが、効果は抜群で、失われたはずのノエルの腕が元に戻った。
詩音にも同じように、血を飲ませてから魔術を使う。
「待ってルナさん、今回復したら——」
アリサが止めようとしたが、その前に魔術を発動してしまった。
いったい何の問題があったのかわからないが、詩音の傷がみるみる塞がっていくし、結果良ければすべてよし。
魔族——特に吸血鬼の魔力は濃い。そこに含まれた聖属性の魔力が、回復を促進しているのだろう。本当に、みるみる体が治っていく。
「あ、ありがとう、お姉ちゃん……」
「ごめんね、私が負けちゃったせいで。でも、もう安心していいよ」
後は私が戦う。
詩音を魔術で眠らせ、ノエルに任せる。そしてクレアも同じように治癒してから、私はグラディオ——ゼーレヘレスを睨む。
なぜだろう、今なら勝てる気がする。
寝ている間にアリサが回復してくれたからか、それとも吸血にそういう効果があるのか、いつもより調子がいい。
私は杖をその場に突き立て、少し先に落ちていた聖剣を拾った。根拠はないけど、使える気がした。
「うっ、これ、魔力が……」
やはり聖剣——というか聖なるものはどれも私と相性が悪いのか、聖剣を持つだけで魔力が体内で暴れるような感覚を覚えた。
今まで鍛えた魔力制御でなんとか落ち着かせ、杖と同じ感覚で、魔力を流し込んでみる。
すると聖剣の刀身が赤く染まり、私に答えるかのように、こちらに力を流し込んできた。
「ぐっ、っあ、あああああああああああっ!」
体中が痛い。ありとあらゆる血管が裂け、内臓が破裂し、魔力が暴れる。そんな感覚に襲われた。
いや、感覚ではないのかもしれない。
目から、鼻から、口から血が出てきた。けれど、失血による意識障害はなく、むしろ感覚が研ぎ澄まされていく。
「ふぅ、ふぅ……」
魔力を何とか押さえつけ、私は勢いよく地面を蹴ってゼーレヘレスとの距離を詰め、剣を振るう。
ゼーレヘレスもすぐさま反応して防ごうとするが、無理だと判断したのか、咄嗟に跳躍して私の剣を避けた。
『貴様、なぜ魔族が聖剣を使える! それに、その色……』
「知らない。使えるもんは使えんの——っ!」
からぶった剣をすぐに構えなおし、上に避けたゼーレヘレス目掛けて切り上げる。
ゼーレヘレスは剣で防いで直撃を避け、防いだ衝撃でさらに上へと上がり、そこで姿勢を立て直して位置エネルギーを利用して斬り下ろしてきた。
一直線の分かりやすい攻撃を最小限で横に避け、隙だらけの背中に剣を突き立てる。
『ガハッ』
そのまま切り裂こうと思ったが、どういう訳かビクともしないので、剣を引き抜き距離を取る。
『貴様、魔族でありながら聖女と勇者の力を使いこなすとは……いったい何者だ!』
「ただの吸血鬼のお姉ちゃんですけど、なにかっ!」
杖を使う感覚で、聖剣を使って魔術を発動し、聖属性の剣を、ゼーレヘレス目掛けて射出する。
大した速度も魔力濃度もないが、直撃すればタダでは済まないはずだ。
彼は後ろに飛び退いて私の攻撃を避ける。しかし咄嗟の回避で生まれた隙は大きかった。
「これで——」
『その程度で終わるものか!』
ゼーレヘレスは私と同じように魔力で生成した剣を数本飛ばしてきた。
それを斬って落とした刹那の隙に、態勢を立て直された。
やっぱり強い。私は感覚で戦っているけど、アレには経験に基づく戦い方がある。
となると、私のこの戦い方では、先に私にガタが来てしまいそうだ。なら、やはり一撃で決めるしかない。
私は聖剣にさらに魔力を流し込む。
この聖剣は、私が流した魔力に比例して、私自身を強化してくれている。魔力を流せば流すほど感覚が研ぎ澄まされ、肉体が強化されるのがわかる。なんというか、他人の力を自信に移し込むような感じだ。
しかし、代償としてとにかく全身に痛みが走る。
「がはっ……げほっ、ごほっ……」
血が気道に入った。席が止まらない。それに、ついに体中からも血が溢れ始めた。いったいなぜ肉体がダメージを受けているのか、皮膚が裂ける。
けど、一撃で仕留めれば関係ない。
「ごほっ、がはっ……っらああああああああああああああああああああああ!」
地面を割る勢いで蹴り、魔剣との距離を詰め、振り上げた聖剣を全力で振り下ろす。
避ける余地などない。回避しなければ魔剣ゼーレヘレスは——グラディオは死ぬ。そこで奴がとった行動は、剣での防御だった。
しかし防御は意味をなさず魔剣ごと砕き、そのまま肉体を両断した。さらに、余波で前方数十メートルの地面が割れる。
これが、聖剣の力——
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