15

 三体の死体が転がる庭で、肩と脇腹から血を流しながら、ルナは意識を失った。

 唯一治癒魔術が使えるルナ自信がこの状態では、治そうと思ったら教会に行くしかない。しかし、ここから教会にルナを担いでいくとなると、時間がかかる。

 このままでは本当にルナが死んでしまう。しかし焦っていては状況を悪くするだけなので、ノエルは止血だけして、ルナを抱き抱えた。


「すぐ、連れて行きますから。何とか耐えてくださいね……」


 ルナは吸血鬼だ。実践不足で負傷し気絶したものの、この程度の傷であれば、人間と比べてダメージは少ないはず。

 周囲を警戒しつつ、ノエルは人目の少ない道を歩いて、教会に向かった。



「ノエルさん!」


 ノエルが教会の敷地を跨ぐと、気配を感じたのかアリサが駆け寄ってきた。


「アリサ様! ご主人様が……」

「っ、だ、大丈夫です。すぐに治します!」


 アリサはルナの元に駆け寄ると、肩に刺さったナイフを抜いて手をかざした。

 ルナが淡い光に包み込まれると、徐々に傷が塞がっていく。


「ひとまず、傷は治しました。けど出血がひどいようなので、ちゃんと食事で補ってあげてください。それと、しばらくは絶対安静です」

「わかりました。ご主人様を助けていただいて、本当にありがとうございます……」

「いえ。お友達が傷つくのは嫌ですから。それで、一体何が?」


 ノエルは屋敷で起こった事を話す。するとアリサは顎に手を当てて少し考え、「少し気になるので家に行っても?」と聞いた。


「ええ、もちろんです」

「では、護衛を呼んでくるので少し待っていてください」


 それからほどなくして、アリサは護衛の聖騎士を連れて戻ってきた。


「では、行きましょう」


 屋敷までは馬車で戻り、ノエルはアリサたちを裏庭に案内する。


「ふむ……普通の野盗のようです。詳しく調べているので、聖女様はルナを見てやっていてください」

「わかりました。あとはお願いしますね」


 盗賊の事は護衛に任せ、ノエルたちはルナを部屋に連れて帰った。

 いったん血の付いた服を脱がせて体を拭き、着替えさせてベッドに寝かせる。

 少し苦しそうな表情だが、呼吸は安定している。傷も完全に塞がっているので、ひとまずは大丈夫だろう。


「とりあえず、目が覚めても急に起き上がったら倒れちゃうかもしれないので、安静にさせておいてください。それと、魔力がごっそりなくなってるので、血を吸わせてあげるといいと思います」

「魔力の量がわかるのですか?」

「はい。そういう魔眼を持ってるので。しかし、どんな魔術を使えばこんなにごっそり減るんでしょう」

「恐らく、《グロリアス・レイン》の影響かと……」

「《グロリアス・レイン》ですか⁉ アレは聖属性の最上位魔術……けど、それほど一気に減るものではないはずです。意図的に魔力を籠めたならともかく。いや、でも聖属性の魔術と相性の悪い魔族と考えると……」

「相性が悪いのですか?」

「はい。魔族は聖属性魔術と性質があまり合わないんです。多分、ルナさん自身の素質と、吸血鬼としての種族の性質が合わなかった結果……だと思います。ただの憶測ですが。勉強不足で確実なことが言えなくて、ごめんなさい」

「いえ、アリサ様が悪いわけでは……」


 そもそも吸血鬼は希少ゆえに曖昧な情報が残っているだけで、詳しく知っている人間のほうが少ない。その上魔族と友好的な種族が少ないので、あまり知られていないのだ。


「戻ったら、また色々調べてみますね」

「はい。何から何まで、本当にありがとうございます」

「お友達の為ですから。そうだ、療養食のレシピを書いておきますね。紙とペンを借りてもいいですか?」

「持ってきます。少々お待ちを」


 ノエルは自分の部屋から紙とペンをとってきて、アリサに渡した。


「何から何まで、本当にありがとうございます」

「いえいえ、お仕事ですから」


 ベッドで眠るルナを見ていると、心底自分が不甲斐なく思えてくる。

 奴隷として買われた身だが、ルナには侍女としての仕事を与えられた。過去にしていたメイドの仕事と同じだ。それなのに、ルナを妹のように思っていたせいか、守りきれなかった。

 確かにルナに才能がある。しかし、まだ戦うには未熟だ。それなのに、逃げろと言わず共に戦ってしまった。


 正直共闘してルナは優秀だと思った。普段は「一応練習するけど、戦闘なんてしたくないよね」と言っているし、実戦経験も皆無なのに、魔術を使って戦えていた。しかし、実戦を知らないルナは、攻撃を防げず負傷した。


 魔術の才能も剣の才能もあって、鍛えればきっと王国随一の戦士になるだろう。それは間違いじゃないと今でも思っている。けれど、魔術を使った模擬戦すらもしたことのないルナを戦場に立たせるべきではなかった。彼女が戦う覚悟を決めていたので止めなかったが、止めるべきだった。

 今更遅いとわかっている。しかし、あの時こうしていれば——なんて考えがノエルを支配する。


「ごめんなさい、ご主人様……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る