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 この世界に来て二ヶ月が経った。

 日課の成果もあって私はそこそこ魔術が使えるようになり、力と体力もついてきた。不思議なことにあまり筋肉はついていないのに、今じゃ真剣を片手で振るえる。何なら二刀流だって出来るレベルだ。

 それで調子に乗って冒険者登録して狩りに出かけようとしたらノエルにまだ早いと言われたので、最近はノエルに剣術も教わっている。


 まだまだ素人だけど、基礎的な身体能力のおかげで、ゴブリン程度なら倒せるだろう、という程度にはなっているらしい。ちなみにそれはフィジカルでのごり押しであり、技は剣を習い始めた子供と同レベルだそうだ。

 そんな感じで、この世界でも生きていけるように、色々と身に着けている。まあ平和な王都で暮らす分には下手したら死ぬまで使わない技術だが、魔物が存在する以上、覚えて損はないだろう。それに、ファンタジーな技能を習得するのは楽しいものだ。


 ただ、それ以外何もなさ過ぎる。スローライフという言葉がぴったりなほど平坦な毎日で、それはもう驚くほどに何も起きない。

 刺激を求めて森を歩いたりするけど、城壁内なので「悲鳴が!」なんてこともないし、当然私が自見に巻き込まれることもない。まあ、それが一番ではあるんだけど。

 なので、そんな暇な私の娯楽と言えば、ノエルとの剣の練習やセレネとのお出かけ、あとは教会でアリサと一緒に聖属性の魔術の練習をすることくらいだ。そんな感じの生活なので、勉強が娯楽になっているのが救いではある。


 けど、流石に全く刺激のない生活には飽きてきた。魔術が使えるとか、日常的に剣の練習をするとか、楽しいは楽しいけど、それはもう日常の一部だ。前世じゃありえないことも、慣れればそれはただの日常なのである。

 何か起きないかな。例えば遠出したら悲鳴が聞こえて、助けたら王女様だったとか、逆にイケメン騎士団長が私のピンチを救ってくれるとか。

 ——そんな妄想をしていたのがいけないのだろうか。


「ご主人様、なんだか嫌な気配が近づいてきてます……」


 午後、今日は少し休もうとバルコニーでノエルに入れてもらったお茶を飲んでいると、ノエルが深刻そうな顔で言った。


「嫌な気配? どの辺からとか、わかる?」

「……城壁のほうからです。恐らく盗賊かと」

「わかった。ノエル、武器取ってくるから警戒お願い」

「わかりました」


 私は武器庫に武器や防具を取りに行く。

 私はともかく、ノエルはちゃんと戦える。私も、一応実戦で使える技は剣術魔術共にある程度覚えている。

 私はハルバードとしても使える杖を。ノエルには剣を持っていった。

 武器庫にある武器は、ゲームだとどれもアバター扱い。つまり、見た目が変わるだけの武器だった。しかし、こちらではフレーバーテキストに載っていた性能があるてど反映されているらしく、どれも強力な武器だ。ただ、所詮は見た目が豪華なアバターでしかなかったので、特別な能力はない。切れ味や耐久はなかなかのもだが、それだけだ。


 それでも剣はともかく、杖は重要だったりする。というのも、杖は魔術の仕様を補助してくれるのだ。魔石が組み込まれており、それのおかげで効率よく扱うことが出来る。

 前使ったときは、杖なしで使う時と同じ感覚で魔力を流したら、無駄がなくなるからか、威力が上がった。

 杖を使った魔術の練習をしていないと調整が若干難しくなるのだが、戦闘時においては威力が上がるのは利点だ。けど、戦闘に使う魔術というのは、殺傷力がある。つまり、綺麗に当たれば殺すことになる。

 多分私じゃ生け捕りは出来ない。というか、相手が本気で殺しにかかってきた場合、そんなことを考える余裕すらないだろう。

 覚悟を決めよう。殺さなければ殺される。


「ノエル、持ってきた」

「ありがとうございます。……ご主人様、震えていますよ」

「あはは、やっぱり怖いから。でも、私も戦う」


 どうか盗賊ではありませんように——そう祈りながら、私は城壁側、裏庭に向かった。

 緊張でどんどん脈が速くなっていく。緊張のせいか吐き気もするし、怖くて足が震える。

 深呼吸して心を落ち着かせていると、三人の男が屋敷を飛び越えて侵入してきた。


「ご主人様、まずは私が。何かあれば魔術での援護をお願いします」

「わかった。任せて」


 ノエルは剣を持って盗賊たちに近づいて行った。


「こんにちは。何かご用で?」

「おっと、この時間はいねぇと思ったんだがな……しかしこりゃ上玉だ。お前ら、こいつらは生け捕りにしろ。値が下がる、傷つけるなよ」


 盗賊の二人は剣を抜いて、ノエルに切りかかる。ノエルもすぐさま剣を抜き、二人からの攻撃をいなしつつ、たまに反撃に出ている。

 盗賊二人は決して邪魔にならないように、それでいて隙を作らないように連携してノエルに攻撃する。素人の私でもわかる、相当な手練れだ。しかし、ノエルも決して劣っていない。それどころか、人数差を考えれば、技術では上回っているのだろう。


 この調子なら二人程度ノエルが倒してくれそうだ。それなら、私の相手は動き出さなかった残りの一人。

 彼は何やら短剣を構えて口を動かしていた。あれは……たぶん詠唱だ。短剣を持っていたので油断していた。ちゃんと詠唱していてはもう間に合わない。


「っ——神聖なる盾よ!」


 盗賊が魔術を発動したのとほぼ同時に、私も障壁を展開する。位置を指定するのが難しく大雑把だが、何とか大きな障壁を展開して、相手の魔術を防ぎきれた。アレの相手は、私がすることになりそうだ。


「氷槍よ、敵を穿て」


 今度はこちらから、氷の槍を打ち込む。攻撃魔術はあまり練習していないので、一度に放てるのは一発。ノエルたちに当たらないように、かつ盗賊(魔術師)に一直線に当たるように放ったが、敵は短剣であっさり切り落とす。

 嘘でしょ。あれ、目で追えるとはいえ相当早いのに。

 あの魔術は私が短い詠唱で使えて、かつ周囲への被害も少ない攻撃魔術だ。あれが効かないとなると、庭への被害は多少仕方ないが——交戦距離を考えると、下手したらノエルにもあたってしまう。


 敵だけを確実に仕留める魔術……あるけど、詠唱が長い。それに、実際に使うのは初めてだ。けど、この際仕方ない。

 聖属性は適性があるみたいだし、ちゃんと詠唱すれば使える。一応どういう魔術かも頭には入れているし、使えるはず。

 魔術を使う盗賊は今私を狙っているだろう。なら、多少時間がかかってもノエルに攻撃はいかないはず。

 長い詠唱を使うのでいったん周囲に聖属性魔術で結界を張り、詠唱を始める。


「降り注ぐ光は神なる裁き。罪なき者を救済し咎人を罰する聖なる剣。我に歯向かう愚者に裁きの光を以て審判を下さん!《グロリアス・レイン》」


 空に光の輪が展開され、そこから光り輝く剣が盗賊に向かって降り注ぐ。

 盗賊は魔術と短剣を使ってその剣を捌くが、圧倒的な物量に押し負け、剣に体を貫かれ、膝をついた。血は出てないように見えるが確かにダメージはあるようで、盗賊の意識はぷつりと途切れ、その場に倒れ伏した。

 あとは、ノエルの援護だ。

 ——魔術のせいか、少し頭が痛い。けど、やるしかない。


「ノエル、一人遠くに飛ばせる⁉」


 そう言いながら私も庭に出る。


「ええ、わかりまし——たっ!」


 ノエルは攻撃を力技で弾くと、怯んだ盗賊を蹴り飛ばした。これで、私も魔術で狙える。怖いけど、リーチ的には私のほうが有利!


「氷槍よ、敵を穿て!」


 杖を起点に、氷の槍を飛ばす。今度は剣で落とされることはなく、むしろ切り落とそうとした剣を弾き飛ばし、氷の槍も砕け散った。

 よし、武器を飛ばしたなら、次でやれる。もう一度詠唱して、氷の槍を飛ばす。しかし盗賊はそれを横に飛んであっさり避けると、懐に隠していたナイフをこちらに向けて投擲した。


「っ、盾——うぐあああああっ!」


 盾を展開出来たものの、ナイフより奥に展開してしまい、飛んできたナイフは私の脇腹を抉った。

 痛い。熱い。脇腹を抑える右手がどんどん赤く染まっていく。盗賊はもう一本ナイフを取り出すと、また私に投げ——こんどは肩に刺さる。

 感じたことのない痛みに、絶叫が漏れる。


 まずい、本当に殺される。私の魔術が通用したからと油断した。戦いを知らな過ぎた。なぜ避けられると考えなかったのだろう。このままじゃ本当に死ぬ。殺される。

 その前に、確実にやらなきゃ——

 盗賊がナイフを取り出すそぶりをした瞬間、私も魔術を発動する。


「水刃!」


 杖を盗賊に向け、魔術を放つ。杖を起点として射出された水の刃は、盗賊が投擲した三本目のナイフを切り裂き、そのまま盗賊の体を両断した。

 盗賊は絶叫し、すぐに物言わぬ肉塊となった。あたりには血だまりが広がる。何とか、殺せた。殺してしまった。

 ノエルのほうを見ると、彼女も盗賊を切り伏せ、剣に着いた血を盗賊の服で拭っている。


「ご主人様!」

「の、える……」


 痛い。痛みには強い方だと思っていたけど、出血もあって意識を保つので精一杯だ。


「早く治癒魔術を!」


 たぶん、この傷は上級の治癒魔術じゃないと塞げない。


「治癒……そうだ……。我らを守護せし女神よ、我が、傷を……」


 あぁ、ダメだ、意識が——

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