7
セレネが起きてから出かける支度を済ませた私たちは、買い物をしに屋敷を後にした。
お互い似たようなデザインの黒いワンピースを着て、私はどうも直射日光で肌がピリピリするので、日傘を持っている。
本当にただのお出かけと言った感じだ。体調のいい日に、詩音と出かける時と何ら変わらない。違うところと言えば、周囲の景色だろうか。
舗装された石畳の道に、周囲は木々に囲まれていて、少し歩いた先に見えるのはコンクリやレンガではなく、木組みの家々。現代日本ではあまり見なかった建築様式だ。
そしてそこにいる住人の服も、チュニックやワンピースと動きやすそうな格好がほとんどで、時代や文化を感じさせる。
格好こそ漫画でよく見る中世ヨーロッパ風なものだが、よく見れば装飾が施されており、庶民の質素な服、という感じでもない。
街も清潔で綺麗だし、結構発展しているのだろう。流石は王都だ。
屋敷で目を覚ました時からそうだったけど、こういう景色を見ると本当に異世界に来たのだと実感する。そっか、ほんとに異世界に来たんだな、私。
なんというか、複雑だ。嬉しいは嬉しいしテンションも上がるのだけど……。
「どう、ミレイユの景色は」
ミレイユ――ここエルセム王国、その王都であるこの街の名前だ。
ゲームでは割と序盤に行ける場所であり、複数チャンネルで別れていたあのゲームだと、いわゆる集会所的な場所である。
「なんだろう……これが王都かーって、ちょっと感動してる」
こういう光景を見ると、やはりゲームの世界ではなく、現実なのだと実感する。
使いまわしのモデルのNPCがただ徘徊していただけの機械的な光景ではなく、道端で遊ぶ子供たちや、それを見守る母など、生活感のある光景。
「――けど、なんかめっちゃ目立ってるっぽくて気になる」
私が客観的に見ても目立つ容姿をしているからなのか、すれ違いざまに明らかに視線を向けられる。警戒とかではなく、多分好奇の視線だろう。
「この街じゃ魔族は珍しいからねぇ。しかも吸血鬼なんて、そもそもレアだし」
「やっぱり人間と魔族って仲悪いの?」
「この国はそうでもないわ。人魔大戦との関りも薄いし。けど、そもそも魔族と人間の交流自体が少ないのよ」
「そういえば、敵にも味方にも居なかったっけ」
「そうね。実際はちょっとした小競り合いはあるけど、大々的な関りはないわ」
「へぇ。じゃあ別に敵視されてるわけじゃないんだね」
「ええ。だから、そのうち受け入れられるわよ」
「そうかなぁ」
そうかなぁ、とは言いつつも、そうやって受け入れられるのを待つしかないと、今は注目されるのも受け入れることにした。
「おぉ、ここは!」
住宅街を抜けてすぐ、賑わう広場に入った。
中央にはこの広場の象徴と言っていい豪華な噴水、その周りには屋台が出ていたり、仮設のステージで大道芸人が魔術を使った出し物をしたりしている。
そしてこの街にいる人も様々で、買い物をしに来たのであろう一般人や、広場を駆け回る子供たち、身なりのいい上流階級であろう人や、鎧を纏い剣を腰に掛けた騎士もいる。軽装に騎士に比べて質素な武器を携帯している人たちは冒険者的な人だろうか。
日本じゃ絶対見られない景色には勿論、聞こえてくる言語で、さらに胸が躍る。
日本語でも英語でもない、初めて聞く言語。なぜだか聞こえてくる言葉が日本語に変換されてとかではなく、しっかりその言語として意味を理解できる。
『くぅ~、これぞ異世界!』
「感動してるわね。少し見て回る?」
ついさっきまで日本語で話していたセレネは、この世界の言葉で話し出した。急に変えてくるので驚いたけど、一応私もそれに合わせる。
「うん!」
今日の目的は生活必需品の買い出しではあるけど、まだ時間はたっぷりあるので、私はこの広場の屋台を見て回った。
広場の露店を一通り見た私たちは、そろそろ必要なものを買いそろえようと、王都の西に位置する商業区に向かった。
ここは王都の商業区というだけあって、生活必需品は勿論、家具や家事に使う魔道具、それから武器や防具と、何でもあるらしい。
初めてでよくわからないので、私はセレネの案内で屋敷になかった物を買いそろえていく。
屋敷にはすでに色々揃っていたので、買ったのは調理器具や掃除道具、家庭菜園に必要そうな道具と、野菜の種。他にも女の子として必要なものも色々買った。
思ったより荷物が少なくてよかった。
しかし、予想以上に早く買い物が終わってしまったな。
もうやる事と言えば、時間的に昼食を取って、あとは観光くらいだ。それなら、いったん荷物は家に置いてきた方がいいだろう。
けどその前に――
「セレネ、お昼どっかで食べようよ」
「そうね。どういう店がいい?」
「この国の郷土料理的なのが食べれる店がいいかな」
「それなら行きつけのいい店があるわ」
そう言って、セレネは店に案内してくれた。
セレネの案内してくれた店は、年頃の女子が好きそうな子洒落た外観をしている。そこで食事をしているのも、可愛らしい若い女の子が殆どだ。
「わぁ、めっちゃおしゃれ……。女友達とこういう店に行くの、夢だったんだよねー」
「あら、じゃあ夢がかなったわね」
「うん。ありがとう、セレネ!」
私は日傘を閉じて、店に入る。
店員さんに案内された席に座って、荷物を隣の席に置き、メニュー表を開く。
私にも馴染みのあるメニューからこの世界、あるいはこの国特有のものであろう料理など色々あって、どれを頼もうかなかなか迷う。
料理は勿論、飲み物の方も見たことのないものが沢山あった。
初めて見る果物のジュースや酒……お、酒があるのか。
「セレネ、私ってお酒飲んでいいのかな」
「一応問題ないわよ。ここで出るものは度数も低いし、頼んでみる?」
「え、じゃあ頼む。どれがいいかな?」
「おすすめはこのエルドーラね。これとこの、ホーンラビットのベルリーフ炒めが合うのよね。というか、エルドーラが肉料理全般に合うのよ。この国の料理はちょっと味が濃いから、さっぱりしたお酒がそれはもう進むのよ。仕事終わりなんかに飲むとそれはもう至福でねぇ」
セレネの解説に、私はごくりと唾を飲む。お酒は飲んだことないけど、こうも熱く語られると物凄く美味しそうに感じる。
「はやく、食べたい……」
「そうね。注文しましょうか」
セレネは目の合った店員を手招きして呼ぶと、注文を伝えた。
人が多く、注文した料理も少し手間のかかるもので時間がかかるらしいが、かかった時間の文だけ食べた時に美味しく感じるので大歓迎だ。
「どんな味すんのかなー。めっちゃ楽しみ」
「この店のは美味しいわよー。私なんて、週の半分はここで食べてるくらいよ」
「めっちゃ常連じゃん」
「ええ。私の好きな料理が一通りそろってるし、夜はまた静かな感じで飲むのにもちょうどいいのよ」
「うわ、何そのお洒落な社会人ムーブ。いいなぁ、私もそういうのしてみたい」
「じゃあ、まずは手に職付けなきゃね」
「職ねぇ……私、今のところ何ができるんだろ」
「うーん、ルナちゃん見た目は大体十六、いや十四くらいにも見えなくはないから、学院に通えば割と何でもできるんじゃないかしら?」
「というと?」
「ルナちゃんは魔術が使えるはずだから、学院で色々学んで宮廷魔法師とか教会とか。事務系の仕事ができるなら公務員にもなれるし、戦いたいなら騎士団とか冒険者とか」
どれもやってみれば面白そうだ。けど、漫画でしか見たことがないので、いまいちピンとこない。
「まあ今すぐ探さなくても、これからこの国で生活しながら、やりたいことを見付けて行けばいいわ」
「そうだね、そうする。それまでは、家庭菜園とか魔術の勉強とかしながら過ごそうかな」
「いいと思うわ。もし時間が空いたら、色々連れて行って上げる。そうしたら、世界がどんどん広がると思うし」
「うん!」
私は大きく頷いて、窓のほうを見る。
まだ目標はあいまいだけど、この世界でどうするか、それが決まった。
これからどんな風に過ごすのかということが決まると、それだけでこれからの人生に希望が持てる。
――こうして、私は第二の人生の第一歩を踏み出したのだった。
余談だけど、私はお酒に弱かったらしい。
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