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午後からは座学で、国や世界の歴史、魔術の成り立ちなど、この世界の事を学ぶか、社会見学的に街を歩いたりする。
今日はセレネが街を案内してくれるので、後者の予定だ。
外行き用の服に着替えて、日傘を持つ。
今の時期は夏なのか暑いのだが、直射日光で肌がピリピリするので、薄い生地の長袖のブラウスにロングスカートと、極力肌を隠す格好だ。
着替えた私はセレネと待ち合わせしている、広場中央の噴水に向かった。
家から広場までは毎日行き来するので、私も結構馴染んできたと思う。
よくすれ違う街の人とは割と挨拶を交わすようになったし、子供からは『ルナ姉ちゃん!』と手を振られる。
パン屋の店主のおじさんに至っては、普通に仲良くなったし。
まあ私は自分から積極的に声を掛けるタイプではないので、仲良くなれたのは向こうから好くしてくれたからというのも大きいが。
「よう吸血鬼の嬢ちゃん。今日は昼からお出かけかい?」
ちょうどパン屋の前を通ると、おじさんが話しかけてくれた。
なんやかんやほぼ毎日この店でパンを買っているので、この世界に来て間もないが、目立つ容姿もあってさっそく常連扱いになった。
「ふふっ、これからちょっとデートしだから」
「ああ、セレネさんとか。だったらこれ持ってきな」
おじさんはいくつかパンを袋に詰めてくれた。
「あ、お財布家……」
「気にすんな」
「いいの? ありがとう!」
「おう。代わりに、明日は多めに買ってくれよ」
「任せて。おじさんのパンとか無限に買うから! それじゃ!」
ここの店のパンは美味しいし、店主のおじさんもいい人だから、つい買っちゃうんだよね。
私はパンが入った袋を抱えて再び歩き出す。ちょっとだけつまみ食いなんかもしながら歩いていると、噴水の傍のベンチに座る黒いワンピースの美少女を見つけた。やっぱり遠目に見てもセレネは可愛いな。
彼女が私に気付いたようなので手を振ると、手を振り返してこちらに駆け寄ってきた。
「こんにちは、ルナちゃん。その袋は?」
「さっきパン屋のおじさんに貰ったんだ。食べながら行こ」
「じゃあ、一つ貰うわね」
私はセレネと一緒にパンを食べながら、王都北部の高級地に向かう。
ここは上流階級の人間が住むような場所であり、豪勢な家が沢山並んでいる。
他にも王宮や学院、騎士団の本部などもある、街の中でも特に重要なエリアだ。そのため警備も厳重で、重装備の騎士が沢山いる。
そんなエリアに来て、私が今日向かうのは教会だ。どうやらセレネが面倒を見ている子が、その教会で聖女をしているらしい。
聖女。なんてファンタジーらし響きだろう。その言葉だけでテンションが上がるね。
向かっている教会は、王都でも一番大きい所らしい。それこそ、外からパッと見ただけですぐにわかるようなところにあるのだとか。
一体どんな場所なのだろう——そう胸を躍らせながら歩いていると、柵に囲まれた庭園のような場所が目に入った。目を凝らさずとも、そこにある建物からすぐここが教会だとわかった。
大きな敷地に中に建てられているだけあって、外観は海外の観光スポットになるような、豪勢な建物だ。
「わあ、でっか……」
「世界で見ても大きいからね、ここの教会は」
「予約して色々手続きしなきゃ入れないとかじゃないよね……?」
「大丈夫、普通には入れるわよ」
豪華すぎて不安になりながらも、私はセレネと教会に入る。
手入れの行き届いた庭を抜け、建物に入ると、当たり前だが中もしっかり教会だった。
奥のステンドグラスはデザインからして女神を模しているのだろう。本で見た覚えのあるデザインだ。確か慈愛の女神だったか。
観光地に来た気分であたりを見渡していると、見るからに聖女と言った服装の少女がこちらに歩いてきた。
「こんにちは、セレネさん。それに……吸血鬼のお姉さん!」
さらりとした金髪に、大きな碧色の瞳。おっとりとした顔つきの童顔の子で、鈴を鳴らすような声と小柄な体つき。物珍しさからか、彼女はきらっきらした目で私の顔を見つめる。
「初めまして。エルセム王国の聖女、アリサです」
「アリサね。私はルナ。よろしくね」
たぶん十二~十三歳くらいの子なのだろうが、聖女というだけあって出来た子だ。
「はい、よろしくお願いしますっ! ところでセレネさん、急に来るなんて珍しいですけど、何の御用ですか?」
「この子に街の事を色々教えようと思って」
「ルナさんは最近街に来たんですか?」
「そうよ。つい先週来たばかりなの」
「そうなんですね。けど珍しいですね、魔族が王都に住むって。一週間暮らしてみて、どうですか?」
「すごくいい街だと思う。皆気さくでいい人たちばかりだし、街も綺麗だし。それに料理も美味しいし、パンも貰えるし。そうだ、このパン食べる?」
「いいんですか? では、お言葉に甘えていただきます」
アリサにもパンをあげる。小さなお口でちまちま食べる姿が小動物みたいで可愛らしい。
眺めているとつい昔の詩音を思い出して、彼女の頭に手が伸びた。
彼女の頭を優しく撫でてやると、「ふわぁ」と気持ちよさそうな声を出す。
「っ、なにこの子可愛すぎる……」
「えへへ、ありがとうございます」
しかも素直って。広い屋敷に一人暮らしというのも寂しいし、連れて帰りたいな。
「そうだアリサちゃん、今日は暇?」
「はい、特に決まった予定はありませんよ」
「じゃあさ、聖女——って言うか、教会でどんなことしてるか、ルナちゃんに教えてあげて。今この子、職探しも兼ねて色々見てるところなの」
「そうなんですね。分かりました。そうですね……わかりやすいお仕事は、やはりお話を聞いたり、治療したりすることでしょうか。まあ、そのあたりは聖女ではなく、シスターの仕事と変わらないですね。他に教会にいる人だと——」
アリサはあたりを見渡して、椅子に座る女騎士を見ながら続ける。
「聖騎士さんですね。一つの教会に最低一人、護衛としています。あの方はほぼ私専属の護衛なんですけど……あはは、お昼寝しているみたいですね」
「いいの?」
「まあ、教会の中にいる限りは安全ですし。それに、何かあればすぐに駆け付けてきますから。ルナさん的にはシスターと聖騎士、どっちが気になりますか?」
「うーん、実戦に駆り出されることが少ないんなら聖騎士とかいいかなー」
「でしたら、聖属性の魔術を極めるといいですよ。それが使えるだけで教会では重宝されますから。あ、でも魔族だと難しいんでしょうか…・…」
「あははー、どうだろ。まだ私、魔術は魔力操作の練習中だからなぁ」
「それでしたら、ぜひ一緒に練習しませんか? 私も今ちゃんと使う練習をしてるんです!」
「ほんと? じゃあ一緒にしてみたいな」
「わかりました! では、こちらに!」
アリサに案内されて、私は教会の庭に出た。
教会を出て左の方に行くと、そこには綺麗な庭園と、西洋チックな東屋があった。
「私はまだ聖女として未熟なので、今日みたいな暇な日は、ここでゆっくりしながら魔術の練習をしてるんです」
「どんな感じなの?」
「そうですね。私の扱う魔術は聖属性で練習が難しいので、決まった詠唱を使わず魔力制御で魔術を発動する練習です。こんな感じで——」
アリサは目を瞑って集中してイメージを明確にしているのだろう。なんとなく、彼女の周りに魔力が集まっていくのが分かる。
魔力が濃くなっていった場所が少しだけ明るくなり、そこに金色に光る盾が現れた。
「この盾を殴ってみてください」
アリサが生み出した幻影のように透けている盾を殴ってみると、そこに実態があるかのように、私の拳は止められた。
「おぉ、盾がある……」
「こうやって、属性ごとに詠唱を使わずに魔術を使う練習をすると魔力制御と上位の魔術の習得を同時に出来て楽ですよ」
「やっぱりこのやり方がいいんだ。私もそうやって練習してるんだけど、中々うまくいかなくてねー」
短い詠唱をして水を生み出し、何とか魔力を制御しようとするが、やはり難しい。
「初めに感覚を掴むのがなかなかですもんね。聖属性だけは聖女なので結構使えますけど、他は私もなかなかです……」
「二人で魔術の練習してるなら、私は少し神父に挨拶してくるわね」
「はーい。よし、じゃあアリサ、よろしくお願いします!」
「はい、一緒に頑張りましょう!」
アリサは聖属性以外は苦手みたいだけど、私と比べたら全然まともに使えている。けれど年上なのに碌に魔術を使えない私をバカにせず、親身にアドバイスをくれた。性格まで聖女だ。
こうして私は今日日が暮れるまで、アリサと魔術の練習をしていた。
それからの私は、定期的に教会に足を運んで、彼女と魔術の練習をするようになるのだった。
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