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 さらに一週間が経って、私はあることに気付いた。

 この屋敷、一人で暮らすには広すぎる。

 たまにセレネが遊びに来るとはいえ、それ以外は一人。外にいる間はいいけど、屋敷の中だとご飯は狭い厨房で食べ、十部屋以上あるのに私が使う部屋は私室と書斎だけ。

 まあ一人で寂しいのは別にいい。問題は、掃除や庭の管理だ。

 やったら広い部屋を一人で掃除しようと思っても時間がかかるので、基本書斎と自分の部屋と厨房しか掃除していない。

 庭に至っては家庭菜園用の畑以外は手を付けられず、徐々に景観が悪くなっている。

 ——というわけで、私は庭の管理をしてくれるメイドさんを雇いにギルドにやってきた。

 のだが、今のわたしは無職で社会的信用なんて全くないので、雇うことは出来ないと言われてしまった。

 家の繋がりがあってそこで雇えるならともかく、こういったギルドに仲介してもらうとなると、信用がないと雇えないらしい。

 まさか異世界で社会的信用の壁にぶち当たるとは思わなかった。かといって私が個人で雇えるような伝手もないし。


「うーん……そうですね。少し、耳を貸していただいても?」


 何か言いづらい話なのだろうか。私は受付のお姉さんに顔を近づける。


「ギルドを出て右の三つ目の路地に入ると奴隷商があります。そこであればお金を積むだけで奴隷が買えるので、もし人手が欲しいなら、最終手段として……」


 奴隷か。そりゃ教えにくいわけだ。

 倫理的にどうなのか、という話はともかく、とにかく人手は必要だ。

 それに、たまにセレネと会えるとはいえ、あの広い屋敷で一人暮らしはいくら何でも寂しい。


「奴隷って、一応問題はないんですよね?」

「まあ、法的には」


 微妙な答えだけど、法的に問題ないのならいい……のだろうか。

 日本人の倫理観からすると奴隷はよくないものだけど、主人の私が色々保証してあげれば、それは雇用と変わらない気もする。


「……ありがとうございます」


 とりあえず、お姉さんの言った場所に行ってみることにした。

 ギルドを出て右に歩いて、三つ目の路地に入る。

 大通りは基本どこも賑わっている王都だが、ここだけはどこか静かだった。

 人通りは少なく、いるのは酔った冒険者や、この国ではあまり見ない獣人やエルフと言ったいわゆる亜人種ばかり。治安が悪いということはないけど、王都にしてはじめじめした場所だ。


 別に、ここにいる人たちの身なりが明らかに底辺の人とか、そういうことはない。とにかく、空気がじめじめしている。

 なんとなく苦手な空気から逃げようと小走りで駆け抜けると、明らかに雰囲気の違う、少し目立つ外観の建物があった。

 大通りから見る建物と比べれば地味だが、路地裏にひっそりと佇む店と比べると、圧倒的に豪華だ。

 そして、その扉の隣に立つまさに看板娘と言った感じの少女は、首に枷を掛けられている。

 ここが奴隷の店だろうか。


「ねえ、ここって何の店?」

「えっと、奴隷を色々、揃えています……」


 聞くと、少女が若干怯えた様子で答えてくれた。


「そ、わかった。ありがと」


 ちょっと怖いけど、私は店に入る。


「おやおや、あなたは噂の……いったい、どのような奴隷をお求めで?」


 店に入ると、私を見るなり小太りでこの世界の男性にしては小柄なおじさんが営業に来た。

 高そうなタキシードに、足が悪いのか杖を突いている。なんとなく、店主っぽい雰囲気だ。


「えっと、メイドとして働ける子を。広い屋敷の掃除とか庭の管理とか料理とか、いろいろできる子で。あ、あとできれば可愛い女の子」


 それと、住み込みで働いてもらうので、どうせなら可愛い子がいい。


「ほほぅ。でしたら、最近ちょうどいい子が入荷しておりますよ」


 そう言って奴隷商のおじさんは、私を奥の方に案内てくれた。

 このエリアは割と豪華な部屋で、雑多に牢を置いているのではなく、元から牢屋として作られたような部屋になっている。

 ここにいる奴隷も枷でつながれてはいるものの、容姿やスタイルから、確かに他の奴隷よりランクが上なんだろう、というのは私でもわかった。

 一体何があって奴隷に堕ちたのだろうか。


「…………」


 ふと、金髪の女の子と目が合った。とても整った容姿で、さらりとした金髪。どことなく高貴な雰囲気があるが、その表情は絶望に染まっている。

 胸がチクリと痛んで、私は咄嗟に目を逸らす。こういう子も奴隷になるのか……。


「——お客様のご希望に沿う奴隷でしたら、こちらに」


 奴隷商が私にまず紹介したのは、モデルのようなスタイルの、薄茶色の髪のお姉さんだった。年は恐らく二十歳前後だろう。

 奴隷なので服装は奴隷装束一枚だが、その優れたスタイルのせいでとてもえっちだ。具体的には、胸の形と乳首の形が浮いている。それで絶望した表情。

これがイラストであれば興奮するが、目の前の彼女は私と同じく生きた人間で、奴隷として売られ牢の中でこんな表情をしているのには理由がある。さっきの子といい、いるだけで私まで辛くなる空間だ。


「これはつい最近入荷した奴隷でしてね。元メイドで家事はもちろん、剣術や魔術もそれなりに仕えるので、護衛としても使える。それに、この顔にスタイル……お客様、こういう女性が好みなのでは?」

「確かに好きだけど……なんでわかったの?」

「いろいろなお客様を見ていますからね、商品を見る目でなんとなく」

「あの、別に私そういう意味で女の子が好きってわけじゃないんですけど」


 確かに可愛い子のほうが好きだけど、別に節操なく可愛い女を抱きたいわけではない。あくまでもちゃんと好きになって、相手にも好きになってもらって、手を繋いでキスして——その手順を踏んだうえでヤりたいタイプなのだ。


「おや、そうでしたか」

「でも、気に入ったからこの子で」

「はい。他の奴隷はいかがなさいますか?」

「とりあえず、この子だけで」

「それでは、購入の手続きを」


 彼は私を裏方へ連れて行くと、そこで色々手続きをした。

 まず支払いを済ませ、それから奴隷を私の所有物にするための魔法の付与。

 魔術では隷属などさせられないが、その上位の技術である魔法であれば可能らしい。そして、それを使えるのは、相応の家に生まれ、相応の教育を受けてきた証拠。奴隷商人というのも、中々凄い仕事らしい。

 奴隷商は下腹部に淫紋のような紋を筆で描き、そこに私の血を垂らし、詠唱することでこの奴隷——ノエルは、私のものとなった。


「そうだ、服とかないですか?」

「ええ、もちろんありますとも! 彼女に会うサイズの物であれば、デザインは市井で流行っているものから上流階級ご用達のブランドもの、さらには役割に合わせた制服となるものまで一通りそろっておりますよ」

「品ぞろえ良いんですね。じゃあ、とりあえずメイド服を」

「すぐにお持ちいたします!」


 ノエルはなぜ奴隷になったのか、という程色々出来る子で、値段も他の奴隷の数倍はした。お金は余裕で足りたけど、これは早く職を見つけなきゃ破産まっしぐらだ。

 メイドを雇って私が自分でやらなきゃいけないことも減ったわけだし、職探し頑張ろう。

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