20

 城壁を越えて王都の外に出た私たちは、森のほうに入っていった。王都の外の森ではあるが、出る魔物が人に友好的なのと、薬草採集に来る冒険者や錬金術師がいるおかげで、安全な場所らしい。

 一応道はある程度整備されているし、道なりに進んでたどり着いた川では、子供たちが楽しそうに遊んでいる。よく見ると、そこには魔物も紛れているので、本当に平和なのだろう。


「この川、結構魚も取れるのよ」

「え、じゃあ熊とか出たりしないの?」

「ここは出ないわ。天敵がいるから。ちなみに、その天敵があれね」


 セレネが指さしたのは、子供たちにしっぽを使って水を掛けている小型の魔物だった。見た目はただの角の生えたモフモフした小動物だ。


「あれが?」

「ええ。すごい勢いで突進して、熊程度なら一撃で狩るわ」

「こわっ! え、子供たち大丈夫なの……?」

「手を出さなければ温厚な魔物だから大丈夫よ。むしろ、人間には友好的なの」


 セレネが口笛を吹くと、茂みの中から同じ種類の魔物がちろちろと寄ってきて、セレネによじ登って肩に乗った。

 本当に友好的というか警戒心がないようで、セレネが口元に手を持っていくと、ぺろぺろ舐める。なんだこの可愛い生き物は。


「ほら。撫でてみて」


 私も魔物に手を伸ばす。指の腹で顎を撫でてやると、「きゅ~」と気持ちよさそうに鳴いた。そして、お礼だと言わんばかりに私の指をぺろりとなめる。


「はぁ~、可愛すぎ! うちで飼いたい!」

「駄目よ。家で飼える魔物じゃないんだから」

「ちぇー。うぅ、また会いに来るからね!」


 魔物は答えるように「きゅぅ」と鳴くと、セレネの肩から飛び降りて、子供たちのほうに走っていった。


「さて、先に進みましょうか。この森なら、色々魔物と触れ合えて楽しいわよ」

「次はどんな可愛い子見れるかな~」


 定番の角の生えた兎とか、やたらもふもふした鳥みたいな何かとかいるのだろうか。ゲームで居た範囲の可愛い魔物だと、丸っこい兎とか目つきの悪い丸っこいハリネズミとかいたな。

たしか、攻撃するまで敵対しないモブだったし、こっちでも会えたら是非とも触りたい。



  ◇◆◇



 動物園感覚で小さい魔物を見たり触ったりしながら進んでいると、廃教会にたどり着いた。

 この辺りは開かれており日も差し込んで明るいのだが、雰囲気が薄暗い。こういう場所はお化けが出そうで苦手だ。

 所々崩れているが形自体は何とか保っている教会で、壁に蔦とかもうホラゲのそれだし。


「うぅ、なにここ……」

「ここね、元は孤児院だったんだけど、ここに来る子供がいなくなってから、ずっとこうして放置されてるの。今じゃこの辺りに来る人も少ないからあんまり知られてないんだけどね」

「お化け出ないよね……」

「出ない出ない。あ、でも何か住み着いてたりするかもね」

「怖い事言うのやめてよ~」


 廃墟だと思って入ったらそこには爛れた顔の白衣の男が——なんてシチュエーションを想像して、ちょっとおしっこが漏れそうになった。スプラッターとかホラーは苦手なんだよな。

 私はセレネの腕にしがみつきながら歩く。


「……ん、誰かいる?」

「ひえっ、や、やめて驚かさないでよ……」

「いや、本当に気配がするの」


 セレネは揶揄っているような雰囲気もなく、私に「後ろにいて」というと、虚空から弓を取り出す。

 そして警戒しながら廃教会に入ると、そこにはつい最近使用された形跡と、地下室への入り口があった。


「ねぇ引き返そうよぉ……」

「そうね。ここでご飯食べようとか思ったけど、やっぱり別の場所で——」


 言いかけて、セレネは私を後ろに着き飛ばし、正面に蹴りを放った。それ、パンツ見えてない? なんて、気にしている場合ではなさそうだ。


「え、なに、なに……?」


 セレネのほうを見てみると、セレネの足を片手を受け止める男がいた。筋肉質で、黒髪に黒目、少し尖った耳。本で読んだ特徴と同じ——魔族だ。


「姿を消して待機して、何のつもり?」

「いやいや、ただ珍しく魔族が来たのでね。研究成果を盗まれるのではと警戒したまで」

「ふぅん、なるほど。魔族がこんなところで研究とは、いったいどんな研究してるものなのかしらね」


 セレネは足を下ろしながら、さらに続ける。


「最近の騒動の事もあるし、大人しく王都についてきなさい」

「それは困る。今連行されては研究に支障が出てしまうではないか」

「本当にどんな研究なのやら。まあ、話す気はないんだろうけど」


 最近の騒動——魔族が村を襲っているという話の事だろうか。我が家の守衛二人と世間話をしていた時に、そんなことを言っていた気がする。

 それに、アリサからそれとなく伝えられただけだが、どうやら私の屋敷を襲った盗賊も、裏に魔族がいたらしい。

 もし目の前の魔族の男がそれに関係あるなら、相当まずい状況だ。

 恐怖で腰が抜けて、へたり込んでしまった。


「まぁ、研究内容はひとまずいいわ。どうしてこんなところにいるの?」

「別にいてもいいだろう? 城壁を越えて街に侵入したわけでもない」

「いいかどうかじゃない、どうしているのかって聞いてるのよ」

「ふん、まあいい。ここは研究にちょうどいいのでね」

「研究にねぇ……」


 よくわからないけど、何かバトルをしているのだろう。


「まあ、ここは穏便に行こうじゃないか。別に私は君たちに危害を加えるつもりはない」

「そうね。ただ、何もせずここを去るには、あなたは怪しすぎるわ」

「酷いな。別に怪しいことなど何もしていないというのに」


 めちゃくちゃ怪しい魔族だ。一応私も同族ではあるのだが——だからこそか、危険な匂いがぷんぷんする。なんというか、邪悪な気配を感じる。喋り方や発言が怪しいとか、それとはまた違う。ここにいると、そういう嫌な空気が肌というか、魔力を通して感じられるのだ。

 特に、奥の方の下——地下のほうから嫌な気配がする。怖いので早く帰りたいけど、腰が抜けて動けない。何なら怖くて漏らしそう。


「……まあ、別にここの調査は私の仕事でもないし。わかった、ここはいったん引かせてもらうわ。けど、何事もなく終わるとは思わないことね」


 セレネも同じような気配を感じているのだろうか、彼に忠告をして、弓を収めた。


「ルナちゃん、別の場所でご飯を食べましょうか」

「あ、ああ、うん、いいんだけど、腰抜けて……」

「わかった、ちょっと待って」


 セレネが口笛を吹くと、少しして大き目の鹿っぽい魔物がやってきた。

 その魔物はセレネが「この子乗せてあげて」というと、私の前でかがむ。乗せてくれるのは助かるんだけど、私は今動けないんだ。


「セレネ、乗せて……」

「はいはい」


 セレネに乗せてもらって、私は魔物の背中に乗る。


「……そこの吸血鬼は、同じ魔族とは思えないほどひ弱だな」

「この子は魔族でも、育ちはほぼ人間なのよ」

「ほぅ、珍しい。これはまた研究のし甲斐が——」

「したら私が殺すわ」

「おおう、怖いねぇ」


 セレネが威嚇すると、男は両手を上げて数歩下がった。下手に出ているようだが、そこがまた不気味だ。

 本当に、邪悪で不穏な気配を漂わせるよくわからない男だ。


「セレネ、背中向けて大丈夫なの?」

「ええ。少なくとも、攻撃の意思はないわ」

「なら、いいけど……」


 本当に攻撃する気はないようで、私たちは無事その場から離れられた。

 それからまた少し進み、ちょうどいい場所でセレネが作ってきてくれたお昼ご飯を食べていると、この度は街のほうから、何やら不思議な光が広がるのがほんの一瞬だが見えた。

 なんだろう。時間差で音が聞こえるとかはしなかったし、セレネは気づいてないみたいだし、気にしないでいいのだろうか。まあ、セレネがスルーしているなら、そんな重要な事でもないのだろう。

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