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 ……どれくらい時間がたっただろう。

 落ち込んでいてもこんな状況じゃどうにもならないけど、かといって何をすればいいかもわからず、とりあえず庭に出た。

 まあ外に出たからと何があるわけでもないけど、だからって何もしないのも落ち着かない。

 今出来る事と言えばもはや周囲の散策程度のものなので、私はこの屋敷の敷地を出てみた。


 敷地の外の街に続いているであろう道は、石畳で整備されていている。全く傷んでいないあたり出来てすぐなのか、もしくはここは人が来ないのだろう。

 ゲーム通りなら王都の外れにあるし、ただ屋敷があるだけなので、くる理由もないか。

 ひとまず、道なりに進んでみよう。道は屋敷の前で終わっていたし、多分進んでいればそのうち街に着くはず。

 そう思って進み始めてすぐ、遠くの方から馬車がやってくるのが見えた。


「うん……?」


 なんだろう。多分私の屋敷に用があるのだろう。……そういえば、あれってホントに私の屋敷でいいのかな。不安になってきた。

 どれもこれも私が持っていたものだからいいとは思うけど。

 大丈夫かな。もしいきなり屋敷に変な女が現れたから調査に来たとかだったらどうしよう。

 不安要素が多すぎる。ただでさえここが何なのかもよくわかっていないのに、これ以上考えることを増やさないでほしい。


 ――というのは、どうやら杞憂だったらしい。

 馬車が近くで止まったと思ったら、そこからよーく見知った少女が下りてきた。

 薄いピンクの髪に赤い瞳。幼い顔立ちに小柄な体と、手のひらに収まりの良さそうな小ぶりな胸。服はゲームになかったものだけど、それでも一瞬でわる。

 ガチャ要素で手に入るパートナーNPCであり、全てのキャラの中での最推しのキャラ、アルテミスだ。


「テミちゃん!」

「琴音ちゃん、起きてたのね。いや、今はルナちゃんかな」


 彼女は私のほうに近寄ってくると、流暢な日本語でそう話しかけてきた。


「えっ、待って、え、むり。え、え、なんで、私の事……」

「ルナちゃんの事、ずっと見てたの。って言っても、ゲーム中と現地旅行の時しか見れてないんだけどね。まあそれは後で、色々話があって来たの。それもここじゃなんだし、家に上がらせてもらってもいい?」

「え、あ、うん。それはも、ちろんだけど……」


 いろいろありすぎて、理解が追いつかない。

 混乱したまま私は言われるがまま彼女を家の応接室として作った部屋に案内した。


「それで、話って……」

「君が転生した理由について。って言っても、大した理由はないんだけどね」

「転生した理由……」


 やっぱり、私は死んだのか。なんとなくそうだろうとは思っていたけど、現実として突きつけられるとキツいな。


「……ごめん、ちょっと整理させて」


 私が死んだってことは、たぶん詩音が私の死体を見つけたんだよね。詩音大丈夫かな。起きて様子を見に行ったら死んでたなんて、トラウマになってなければいいけど。

 ああ、もっと詩音にしてあげたいことがあったのにな。お菓子作ってあげて、一緒に勉強して、なんなら結婚式も見たかったな。詩音は私と違ってスタイルも良かったから、ドレスも似合うんだろうな。


「うぅ、なんで……なんで私なの……別に死ぬの私じゃなくてもいいじゃん……。詩音だっているのに、なんで私なの……」


 わけが分からない。確かに病弱だけど、直前まで元気だったじゃん。それこそ一人で外出できそうなくらい元気だった。なのになんで急に死んじゃうの。あの時いったん横になって休むんじゃなくて、詩音を呼ばなかったのがいけなかったの?

 なんで私が……悪いことなんて何もしてないじゃん。ああもうダメだ、過度なストレスのせいか吐きそうだ。


「ルナちゃん……」


 せっかく最推しが目の前にいるのに、そんな気分にもなれない。

 とりあえず、深呼吸をして心を落ち着けよう。まずは、話を聞いてちゃんと状況を把握しないと。もしかしたら、希望はあるかもしれない。


「……大丈夫。ありがとう。それで、私が転生したって、どういうこと? そもそも、ここは何? FPOの世界なの? テミちゃんは――」

「まあまあ、焦らないで。ちゃんと全部説明するわ」


 テミちゃん曰く、私が転生してきたこの世界は、ゲームの世界というわけではないらしい。というのも、私のプレイしていたネトゲ自体が、この世界をもとにして作られた物らしい。つまり、元ネタはこっちの世界。

 そんな世界にいる私の知る神の名を関したキャラクターは、本物の神様らしい。それがこの世界にいるのも、ただの暇つぶし。この世界をもとにしたゲームを作ったのも暇つぶし。壮大は壮大だけど、気の抜けるような話だった。


「それで、なんで私がこの世界に来ることになったの?」

「神様っていうのは勝手でね。ちょうどいい人間が死んだからって、無理やり魂を引っ張ってきたのよ」

「ちょうどいい人間ねえ……。ちょうどいいタイミングで私が死んだってだけだよね?」

「そう。決して意図的に殺されたわけじゃないから、それは大丈夫」


 つまり、どっちにしろ癒月琴音はあれで終わりだったわけか。けど――


「残酷だなぁ……」

「そうよね……。ごめんなさい。でも、せめて、私はあなたの味方でいるわ」

「……うん」


 どれだけ残酷でも、私は割り切ってここで生活するしかないのだろう。

 これが死後私に与えられた慈悲だと割り切って、新たな生を謳歌しろと言われれば受け入れる。この世界の世界観は好きだし、少なくとも冒険者なんてしなければ、この世界――そしておそらく私が今いるであろう国は平和だ。もしゲーム通りで、ここが王都なら治安もいいだろう。けど、今は素直に楽しめる状況ではない。


「ねえ、詩音は今どうしてる?」


 これだけがとにかく心残りで、私はテミちゃんにそう聞いた。

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