36
周囲には崩れた神殿しかない平原に、神聖な魔力が満ちる。その中央には、倒れかけの吸血鬼ルナと、彼女の杖の先に生成された、光り輝く聖なる剣。
ルナの生成した剣はほどなくして放たれ、目にもとまらぬ速さでグラディオの左腕を霞めた。
聖なる剣は掠っただけでも魔族であるグラディオに大きなダメージを与え、そこから徐々に彼の体を蝕む。
「ほう、これは……」
グラディオは興味深そうに左腕を眺め、迷わず残った左腕を、肩から切り落とした。
辛うじて放った魔術は効果こそあれ大したダメージにはならず、ならばもう一度ともう一度同じ剣を生成するが、短時間での無理がたたって、ルナは血を吐いて倒れ伏した。
「お姉ちゃん!」
ルナが倒れると同時に戦場に着いた詩音は、慌ててるなに駆け寄り声を掛けるが、全く反応がない。
苦しそうに目を瞑っているルナをそっとその場に寝かせ、詩音は腰に下げていた聖剣を抜く。
「セレネ先生、遠距離攻撃の対処はよろしく。アリサちゃんはお姉ちゃんを治癒したら私の支援お願いね」
「わかったわ。詩音ちゃん、改めて言うけどこれは実戦。怪我するからね」
「わかってるよ。大丈夫、もう覚悟は決めてる」
詩音はこの時のために、短い期間だが訓練を積んできた。一日中セレネとアリサと連携を取る訓練をして、何度も格上の騎士相手に戦って体中傷だらけになり、心臓を射抜かれ、骨を折られ、血を吐いた。
それでも魔術ですぐに治るので、休む暇なくとにかくルナを——琴音を戦わせないために鍛えて、覚悟を決めてきた。
それに——
「もう、前の私とは違うんだから」
詩音は聖剣を構え、魔力を籠める。するとそれは魔剣とは対照的に、刀身が神々しく光り輝く。
「すぅ~、はぁ~……」
聖剣を手にしていると、その加護の効果で身体能力や脳の処理能力が上がる。
いつもより遠く、良く見える。音も聞こえる。魔力の流れもよくわかる。心なしか体が軽く、剣の重みも軽減されたように思う。魔力を籠めればその効果は上昇し、人間離れした力になる。
その力も完璧に使いこなせているわけではないが、たった一週間で騎士数人を相手に数秒で戦闘を終わらせられる程度にはなった。
「クレアさん、ノエルさん、あとは私がやる!」
詩音は叫び、地面を蹴る。
アルカがグラディオの足元を泥濘ませ、さらに周囲に拘束用の魔法陣を展開した。
前回動けてすらいなかった詩音からは考えられない、早く鋭い剣戟だ。それに加えアルカの魔法と、セレネの矢。詩音が押されればアルカとセレネが遠距離で援護し、隙を作る。
そうしてとにかく一方的にグラディオを攻撃し、徐々にダメージを与えていく。
魔剣の力のせいで傷を与えても多少の傷ならすぐに治るが、詩音が聖剣で着けた傷に関しては、しっかり大きなダメージになっている。
「くっ、やはり、勇者というのは理不尽なものだ……。こうなってはもう仕方がない!」
グラディオは自信を中心に爆発を起こし、詩音たちが怯んだ隙に後方へ飛び退く。
そして剣を逆手に持つと、自らの腹に突き立てた。
「ゼーレヘレスよ、我が身を喰らえ!」
魔剣が放つ赤黒い光がグラディオを飲み込む。そして彼が剣を抜くと、その瞬間明らかに空気が変わった。
『ふむ、久々の肉体だが……貧弱だな。我を使う前に、基礎から鍛えねば意味もなかろう』
グラディオは体を軽く動かしながら、ぼそりと呟く。
『まあ良い。我が動くのならば肉体など関係ない。さて……誰から殺そうか? まずは……そうだな、手頃そうな貴様でいいか』
真っ先に狙われたのは、ノエルだった。地面を蹴って一瞬で距離を詰め、叩きつけるように剣を振り下ろす。
「ノエルさん!」
アリサは咄嗟に障壁を展開するが、ノエルが避けきる前に、魔剣は障壁を砕き、ノエルの右腕を切り飛ばした。
「ぐっ、ううっ……」
『弱いな。その程度の障壁では守れるものも守れんぞ。聖女とはいえまだま未熟。まあここで絶望すれば、それを糧に成長できるのではないか? なあ!』
愉悦の笑みを浮かべながら、グラディオはノエルに回し蹴りを喰らわせて蹴り飛ばし、手にしていた剣をクレアに投げる。
クレアは防げないと判断し、せめて傷を最小限に抑えられるようにと、跳躍した。おかげで致命傷は避けられたが、右足の腿より下、左足の膝より下を失った。
「ぁあああぁあああああああああああああああああっ!」
投げた魔剣を魔術で手元に戻すと、次は貴様だと、セレネに向かって跳躍し、剣を振るう。
「させない!」
間一髪で割り込んだ詩音が力任せに剣を振い、グラディオの剣を弾いたが、グラディオはすぐさま詩音に魔術を放ち距離を取った。
『やはり勇者は厄介だ。しかし、その分貴様を殺せば我が手に入れられる力も——』
「うるさい、死ね!」
詩音は感情的に、それでいて冷静にグラディオを斬りつける。
もともと連携前提の戦闘訓練ばかりしていた詩音は、セレネの放つ矢やアルカの魔法の邪魔にならないよう立ち回りつつ、とにかくいろいろな位置、角度からグラディオに剣を振るう。
「お前のせいで、お姉ちゃんが無理して、戦いたくもないのに戦ってんだ! それに、こんな危ない世界に呼ばれて、いきなり訳も分からず助けろとか勇者の義務だとか言われて! お前のせいで! 死ねええええええ‼」
怒りをぶつける様に、重い一撃を何度も何度もグラディオに叩きつける。
聖剣に強化された身体能力と、三人からの援護で、詩音はグラディオをどんどん押していく。
「これで——」
『勇者の戦い方はよくわかった。動体視力と身体能力にものを言わせているせいで技術が追いついていない。これでは、赤毛はおろかあの眷属にすら勝てないぞ』
「別にクレアさんたちに勝てなくても、あんたを殺せたらそれでいい——ってのッ!」
詩音は聖剣に籠める魔力を増やし、横に斬り払う。
『威力はあるが、力任せに叩きつけるだけじゃ防ぐのも避けるのも、反撃するのも容易だぞ!』
力任せの攻撃を逆手に持った魔剣で防ぎ、詩音に蹴りをかます。
能力上昇やアリサの支援があっても、軽減できるだけで防ぎきれるわけではなく、詩音は宙を舞った。
さらにグラディオはアルカとアリサの支援を妨害するように、二人に漆黒の刃を放つ。
詩音は受け身が取れず、そして誰も支援が出来ず、詩音は勢いよく地面と衝突した。
「ぐはっ……がはっ、げほっ……」
衝撃で骨が折れた気がした。舌も噛んだし、一瞬でボロボロだ。
すぐに回復魔法で傷を治し、少し距離を取って態勢を立て直す。
「はぁ、はぁ……よし」
痛みで泣いてしまいそうだが、ここまで極限の状況だと、それどころではなく、案外冷静で居られた。
後ろには倒れたルナと、何とかルナを守ろうと片手で剣を構えるノエル。そして、炎で無理やり止血だけして、地面を張って逃げるクレア。魔力のおかげで誰も死んでいないが、すでに誰か死んでいてもおかしくない状況だ。
少しでも気を抜けば本当に仲間が死ぬ状況で、まともに戦ってダメージを与えられるのは自分だけ。
覚悟はしていたが、プレッシャーに押しつぶされそうだ。
——ほんと、姉妹揃ってなんでこんなことに巻き込まれたのやら。
そんな愚痴を言いたいけど、それどころじゃない。その元凶が目の前にいるのだから、今はとにかくそれを片付けるしかない。けど、方法がなかなか思い浮かばなかった。
まだ詩音の剣術のレベルは騎士より少し強いという程度で、隊長クラスにはまだ勝てないし、実力者揃いの聖騎士相手じゃ足下にも及ばない。
ゲームで言えば、ステータスにものを言わせているだけの初心者も同然なのだ。
(ほんと、もっと練習時間くれたっていいじゃん……こっちはゼロから始めてんだから)
心の中で悪態をつき、詩音は聖剣を握りなおす。
さらに魔力を籠めて出力を上げ、加えて魔術をいくつも放ちながら、グラディオに立ち向かう。
『器用な真似を。しかし、まだ制御が甘い。それに、魔術に意識を取られて剣がおろそかだぞ!』
「ぐぅ、があああああああっ!」
パワーで押しきれないなら手数で。そう思ったが、まだ慣れない実戦での剣と魔術の同時使用で戦闘時の判断が鈍り、攻撃を防ぎきれず、脇腹を抉られた。あまりの痛みに耐えきれず膝をつくと、すかさず魔剣は詩音の胸に剣を突き立てた。
「っ————————」
詩音は声にならない悲鳴を上げる。心臓を貫かれる痛みは、何度も味わった。それでも、慣れることなど出来ないほどに痛い。だが、強化された詩音は、気絶することも、死ぬことすらもなかった。
聖なる魔力には治癒の効果がある。それが、無理やり詩音を生かしているのだ。もう死んだほうがマシという程の苦痛だが、死ねない。後ろには姉がいるのだ。
『さて、勇者の魂はどんなものか——』
「絶対させないわよ!」
妹のためだけに魔族と戦おうとしたルナの為に、そして姉を守る詩音を殺させはしないと、セレネは弓を両刃剣のように使い、グラディオに斬りかかる。
『そういえば、貴様は近接戦闘も出来るんだったな!』
「ええ、これでも戦闘経験は豊富なのよっ!」
攻撃としては明らかに威力が足りていないが、それでも詩音を助けるには十分だった。
セレネが攻撃した隙にアルカが魔法で詩音の体を捉え、無理やり近くに引き寄せる。
詩音の胸から血が溢れ出るが、次第に詩音自身の力と、アリサの魔術で辛うじて血は止まった。しかし、普段より治りが遅い。何かが邪魔しているのか、傷は徐々に徐々に塞がっていくものの、完全には治らない。
不完全に治っていく痛みで、詩音は金切声を上げながら、その場に蹲る。
『我の魔力に蝕まれた部位がそう簡単に回復するわけないだろう。さて、これで残るは二人か。では、今度こそ英雄を殺そうか!』
グラディオに——その体を喰らった魔剣ゼーレヘレスに手も足も出ず、次々倒れていく。
涙で視界を滲ませながらその光景を見た詩音は、糸が切れたように脱力し、聖剣を手放した。
痛みを無視して痛む体を必死に動かし、ルナの元に向かう。せめて、彼女だけは——
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