33

 跡地に到着すると、そこは見るも無残な廃墟になっていた。

 元々神殿の跡地で廃墟も同然ではあったが、それどころではない。素材から辛うじてわかるものの、ぱっと見じゃただの瓦礫の山だし、よく見ると血痕や砕けた武器もある。


 しかし死体は見当たらないので、無事に逃げられたのだろう。けど確か、今は危険だからとSランクの冒険者以外は立ち入り禁止になっているはずだ。まあ私たちのようにそもそもギルドを通さず勝手に調べに行く人もいるだろうし、そういう人がやられたのだろう。


「あらら、悲惨ね。この感じじゃ壊滅でしょうね。それのこの荒れよう、相当強くなってるわね。ほんとうに、今回で仕留め切らないと」

「そうだね。今回は、多少の被害は覚悟して戦ったほうがいいかな……」

「でしょうね、どうせもうこっちの攻撃は対策されてるだろうし。だから、今回の戦いの鍵はルナとノエル先輩よ」


 ぶっちゃけ私は魔族とまともに戦えるほど強くはない。グラディオの腕を吹き飛ばしたが、アレは一方的に強力な魔法を撃てる状況だったからだ。実戦となると、動きを見て防いで、というのを咄嗟に出来るかは正直怪しい。

 ノエルも私からすれば強いけど、魔族との戦闘においては、そもそも動けていなかった。


 それでも私たちがグラディオと戦おうとしているのは、詩音の事は勿論、私たちの戦い方がグラディオに知られていないからでもある。まずは戦い方を見るタイプのグラディオ相手なら、戦い方を知られていないということ自体がアドバンテージとなり得る。しかしそれは戦えて初めて成り立つ作戦である。

 これは何より詩音のための戦いだ。絶対負けるわけにはいかない。だからしっかり準備して、こうしてあの魔族がいた場所までやってきた。けど、いざ目の前の景色を見ると、杖を持つ手が震えてくる。


「すぅ~……はぁ~~……」


 覚悟は決めた。怖いけど、私は戦う。けど、いざこうして戦の跡を見ていると、盗賊に襲われた時の事を思い出してしまう。

 死に際のあの声や血しぶき以上に、やはりあの痛みが忘れられない。

 あの時の盗賊は、今思えばさほど強くはなかったのだろう。けど、今回の敵はそう簡単に倒せる敵ではない。成長しているとはいえ、前より酷いけがをするのはもう確実だろう。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。すぐ落ち着くから……。ていうか、ノエルも大丈夫?」

「ええ。もう遅れは取りません」


 ノエルは前回こそ立ち尽くしていたが、私より実戦経験が豊富なだけあって、平常心は保っている様子だ。

 ……私も、恐怖を捨てなきゃ。戦わないと、詩音が戦うことになる。


「頑張んなさい。大事な妹のためなんでしょ?」

「きっと詩音ちゃんなら大丈夫。なんたって、毎日頑張って戦闘訓練して、聖女の力だって使えるようになってるんだから!」

「……うん、大丈夫。やれる」

「じゃあ、とりあえずこの辺りを軽く調査するわよ」

「何調べたらいいの?」

「ルナはアルカとこの辺りの魔力の痕跡を調べて。遺跡周辺がこんなに荒れたんだから、魔力の痕跡くらいはあるはずよ」

「わかった」


 とは言ったものの、正直魔力の痕跡の調べ方なんて知らない。

 なので、感覚で。

 魔力を感知すること自体は出来る。目を閉じて、風や気温をはっきりと感じるのと同じ。魔力に意識を向けると、それがどこにどれだけあるのか、何となくわかる。


 わかりやすいのは三人の魔力。それから、この周囲に霧のように広がる濃い魔力。この魔力、何となくだけど、グラディオと対面したときのような恐怖を覚える。

 さらに集中して魔力に意識を向けると、その中でも特に濃い場所を見付けた。目を瞑っているし、気配を感じるだけなのではっきりとは分からないけど、多分下の方——神殿跡地の中だ。


「アルカ、神殿の中にいるっぽい?」

「この感じは多分残留した魔力だね。ずっと籠ってたとしたら、魔力が強いとこれくらい残るから。ルナちゃんの屋敷にも、結構強い魔力が残ってるよ。そのうち、あの屋敷もダンジョンになるかもね」

「怖いこと言わないでよ」


 全く意識していなかったので気づかなかった。

 ここじゃないとなると、最近やられた村だろうか。


「——アルカ、ルナ。一応ダンジョン内部も調べておくわよ。魔族なら、魔力を隠すくらい出来るはずだわ。ノエルは私の後ろに付いて」


 クレアは赤い髪を揺らしながら、周囲を警戒しながら先へ進んでいった。その後ろにノエル、アルカ、私の順で付いて行く。


「そうだね。もしかしたら、魔力隠蔽で隠れてるかもしれないし」


 私たちはクレアを先頭に、遺跡の地下に入る。


「……こんな安全なダンジョンなんて全く気にしてなかったから、ぱっと見だけじゃわからないわね……」

「元から割と崩れてるから、岩肌を魔術で偽装されても全くわかんないね」


 魔術には二種類あり、無から有を生み出すものと、そこにある物体を動かすものがある。このダンジョンであれば元から地下にあるため、新たに隠しエリアを作るなら、後者の方法で隠すだろう。

 そうなると、元から存在した自然物なので、動かすのに使った魔力はすぐに消え、見た目以外で判別するのが難しくなる。


「いや、前は明らかに怪しい道を隠してもなかったから、今回も隠してないかもじゃない?」

「深部の魔力が濃かったって言ってたでしょ? あれは強力な魔族がそこにいるだけでも起こる現象なの。普通は原因を調べに奥に行くけど、このダンジョンに来るのはまだ新米の冒険者だから、あれだけで基本人は来られなくなるのよ。そして、新米じゃそれに気づけない」

「じゃあ油断してただけってこと?」

「そうとも言えないわ。万が一人が来たとしても、あれが魂を喰らう魔剣だとすれば、来たところで殺して糧にできるわけだし」

「そっか……。だとしたら、本格的にヤバそうだね」


 となると、勝負は本当に今日明日だ。もし私たちが殺されれば、あの魔剣がどうなる事やら。

 早く見つけよう。探索しながらも、しっかり魔力に意識を向けて、グラディオを探す。

 やはり、魔力が濃い場所は分かりやすい。近づいているのか、さほど集中しなくても感じ取れるほどだ。

 近づけば近づくほど気配に充てられて気持ち悪くなる。


「……ねえ、なんかこの辺気持ち悪いんだけど」

「ここにいると少し気分が悪くなりますね。前より魔力が濃い気がします」

「これじゃ、この辺の魔物も魔力の過剰摂取で死んでるでしょうね。もしくは、変異体か」


 気分が悪くなるほどのこの魔力の中では弱い魔物は死んでしまうらしい。どうりで魔物の姿を見ないわけだ。

 道中安全なのはいいけど、変異体なんてのも出るみたいだし、警戒は解かずに進んだほうがいいだろう。

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