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 作戦会議をした後、お昼ご飯を食べて私はアルカと庭で魔術の勉強を始めた。


「聖属性というのは、実は二つに分類される——というのは知ってるよね」


 聖属性の魔術は、一般的なものと少し特殊なものに分けらる。後者は聖属性を司る、慈愛の女神の加護を受けて始めて使えるものだ。

 そして、その加護を受け初めて使える、いわゆる聖女の力の性質は、他人に力を与えるというものらしい。よくある身体能力を引き上げるものではなく、属性付与とかそういうものだ。


「たぶんだけど、ルナちゃんはそれが使えるの」

「ほんと?」

「最上位の攻撃魔術を使ったんでしょ? 聖属性に関しては、加護がないとそれは無理なの。実際、あの魔術を使ったのは過去勇者と聖女だけなの。ただ、そういう特殊な魔術って、加護があるからこそ感覚で使えるものだから……」


 つまり、私にはそれを感覚で使えと。


「とにかく、出来るか試してみよ! 適正とか使い方はともかく、魔術はざっくり言えばイメージで何とかなるものだから!」


 イメージねぇ。まあ確かに、魔力操作は感覚的なものなので、明確なイメージが大切だ。けど、イメージが大切とはいっても、実体のないもののイメージは難しい。

 まあ、やるだけやってみよう。まずは、私がいつも使っている杖に。

 要するに付与術師的なアレだと思えばいいわけだ。

 神聖な力を付与……そもそも付与ってどうやるんだ? 杖に魔力を纏わせて、そこに聖属性を乗せて……ってのが分からない。


 属性ごとに魔力の性質が少し違うのは、なんとなくわかる。特に聖属性は、明らかに性質が違う。なんというか、神聖だ。

 集中すればわかりやすいが、魔力を魔術として放出する際、魔力の感じが少しだけ変わる。意図的にそれを——


「っ、がはっ……かはっ、ごほっ、ごほっ……なに、なんで……」


 吐血した。確かに魔力の性質は変えられたけど、全身に痛みが走った。


「る、ルナちゃん⁉」


 どこが原因で吐血したのかは分からないけど、とりあえず自分に治癒魔術を掛ける。こっちだと、多少の気持ち悪さはあるものの、ちゃんと治癒は出来た。


「やっぱり、魔族だから相性悪いのか……」


 死ぬほど痛かったけど、感覚は掴めた。杖に魔力を纏わせて、そこの部分を聖属性に変換する。それから杖を振るうと——見事に纏わせた魔力がその場に残った。杖に置き去りにされて神々しく光る魔力がなんともシュールだ。


「これはこれで凄いけど……違うね」

「むぅ、付与ってどういうこと……」

「まずは魔力の付与だけど、纏わせるっていうよりも、魔力を練り込むイメージのほうが強いかな」


 練り込む……纏わせるんじゃなくて、物体そのものに付与する感じだろうか。


「むむむぅ……」


 なんとなく、わかりそうな気がする。あと一歩なんだけど——


「お、出来た気がする!」


 今度は、ちゃんとうまくいった。杖は神々しい光の粒子を纏い、振れば魔力もしっかりついてくる。付いてくるというか、一緒に動いている。


「流石、ルナちゃんは要領がいいね」

「思ったよりは難しくなかったから。魔力操作の延長って感じなんだね」

「ざっくり言えばそうだけど、魔力操作の延長で付与魔術を使える人なんてそういないよ。そもそも別の適正がいるから?」

「そうなの?」

「うん。聖女の力があれば別だけど、魔力の付与は無属性に分類されるから」


 無属性はほかの魔術と同じように属性として分類されているものの、中身は全くの別物だ。

 例えば無属性に分類される身体強化はほとんどの人が使えるが、物質に魔力を付与したり、魔力を飛ばして攻撃する〝魔弾〟なんかは魔力操作の才能がないと使えない。適性とはまたちょっと違う、少し複雑な属性なのだ。


「ちなみに、ルナちゃんが今使ったのは聖女と同じ力ね。その前のは、無属性の応用。けど、まさか……ルナちゃんって、聖女なの?」

「どうだろう。私の信仰は向こうの神様だし、別にアリサみたいな優しい心も持ってないんだけどね。ただ聖属性の才能があるだけなんじゃない?」

「聖属性ってすごく不思議な属性でね、加護の有無で成長の上限が決まっちゃうの。私やクレア、後は現状聖騎士として最強の人も、聖属性のレベルで言えばルナちゃん以下」

「じゃあ、私も聖女なのかな……。でも、その力があるならよかった。これで倒せたら、詩音を戦わせなくて済む」

「そうだね。戦うのは、私も協力するよ。だから、頑張って、生きて帰ろうね」

「業務外なのにありがとう、アルカ。ちゃんと手当は出すから」

「ううん、グラディオは私たちも追ってた魔族だから。これは、冒険者同士の共闘。それにたぶん、報酬は国がくれると思うから。頑張ろうね、ルナちゃん」

「うん。よろしくね、アルカ」



 詩音との一件から五日ほどが経ち、私たちは情報を揃え、戦えるだけの魔術も習得して、再び遺跡跡地に向かっていた。

 アルカ曰く、グラディオの事だからあの程度では拠点は変えていないだろう、とのことだった。慎重である一方、確実に勝つ戦いをすることから、慢心している側面もあるらしい。

 なら奇襲で、と思ったが、彼は魔剣を持っている。あの時に見た剣は、魔王が直々に封印した、魂を喰らい成長する意思を持った魔剣らしい。


 しかしグラディオの強さはそこではなく、慎重さにある。

 クレアとアルカが言うには、グラディオは最初手加減して、接戦を演じて相手の戦い方の癖や弱点を見る。そして相手の事を把握すると、それに合わせて戦い方を変えてくる。

 そんな奴が、強力な魔剣を持っている。


 グラディオとすでに交戦しているクレアとアルカは、もう戦い方を見られているせいで、いくら強くても戦力には慣れない。なので、今回の戦闘の要は、私とノエルということになる。

 ここで勝てなければ、私たちの勝ち目はなくなると言っていいだろう。


「——それじゃあ、一応荷物確認してから出発しようか」


 屋敷のメインホールで、私たちは荷物を広げる。今回は、持ちうる最高の装備を用意した。

 私はいつものローブに加えて、蚕の魔物の糸からできたブラウスとスカート、これに防御系の魔法を施してもらい、武器も杖、槍斧、鎌として使えるいつもの武器だ。。


 ノエルは魔石で出来た魔力を通しやすい短剣と、私の服と同じ素材のシャツにショートパンツと、魔物の皮で出来た鎧や魔石が組み込まれたバングル。どれも魔力を通しやすい素材なので、魔法付与が可能だ。さらに、バングルは魔石が組み込まれており、杖のように魔術発動の補助をしてくれる。

 そしてクレアはノエルと、アルカは私と似たような装備だ。違いは武器くらい。

 クレアの使う双剣は、魔術で属性を付与しやすい素材で出来たもので、アルカは戦鎌を改造した杖。


 それから、今回私が荷物持ちも兼任している。私が荷物持ちなのは、基本後衛で戦い、攻撃よりサポートがメインになるからだ。

 大きめのリュックに食料や自然治癒力を加速させる回復薬、魔力を回復させるための魔力が込められた魔力水、他にもグラディオを探すところから始まった時のためのキャンプ道具などもある。


 結構な大荷物だが、これでもだいぶ厳選したほうだ。本来であれば、長期戦を見込んでさらに荷物が増えるらしい。しかし、今回はグラディオの戦い方を考えて、短期戦での決着を見込んでいる。出ないと、そもそも勝てない。一応数日分の保存食が入っているが、それを使うことになるのなら、それは実質敗北だ。

 しっかりと荷物を確認して、覚悟も決める。詩音のために、引くわけにはいかない。


「よし、皆行くよ。絶対、今回の戦いでグラディオを仕留める。それで、勇者を——私の可愛い妹を助ける」


 私は杖を強く握り、グラディオがいた神殿跡地に出発した。

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