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探せる範囲で探しながら本来の最深部まで至ったが、結局グラディオが隠れていそうな場所はなかった。魔術で塞いだ道もそのままだ。
しかし、あの戦闘後が無関係とも思えない。
一応、アルカと奥の気配を探る。やはり、この奥から物凄く濃いグラディオと同じ気配を感じる。
ここまでくればはっきりとわかるが、確かにここにグラディオ本人の気配はない。
思い出す限り、グラディオ自身の気配は、もっと濃く強かった。だがこの先に感じるのは濃く充満した霧と言った感じの気配で、人の放つものとは性質が違う。
「うーん、いないっぽいけど……絶対いるよね」
「というと?」
「上の状況、グラディオがやったんだとしたら、ここに道が出てるはずだから」
「そういえば、道を塞いだんだったわね」
「だから、やっぱりこの奥にいるような気がするんだよね——待ってなんか、ヤバいの来る!」
霧のように充満する魔力に隠れて判りづらいが、一か所に魔力が集うのを感じた。
私は咄嗟に聖属性魔術の障壁を展開しつつその場を離れる。
ノエルたちも私の動きを見て、すぐに壁から離れた。
刹那、轟音と共に周囲を抉り取りながら、漆黒の波動が私たちを包んだ。
「防ぎ、切れた……」
私が障壁を張った場所以外、岩肌が完全に消滅している。
防げたはいいものの、一気に魔力を消費してしまった。残量はあるけど、一気に消費するのに慣れていないから、貧血になった時のような症状が出る。
「ま、また来る……!」
「今度は私が防ぐ!」
二発目は極太ビームではなく、散弾のように沢山の魔力弾が飛んできた。
アルカの魔術でそれを防ぎつつ体勢を立て直すためにいったん後退する。
幸いこれで攻撃は止み、何とか私たちは態勢を立て直すことが出来た。
敵が来るなら確実に正面からなので、クレアとノエルが前衛、そしてアルカが中衛あたりにいて、私が後衛。
邪魔になりそうな荷物をいったん置いて、武器を構え、攻撃にすぐ対応出来るように意識を研ぎ澄ませる。
臨戦態勢で改めて先へ進んでいくと、少し先に剣を引きずりながら歩くグラディオが見えた。この間吹き飛ばした腕は、完全に治っている。
ただこの空間にいるだけでも気分が悪いのに、その元凶であろうグラディオを前にすると、やはり恐怖で足が竦む。前よりも強い殺気を感じる魔力だ。けど、前とは少し違う。グラディオの持つ魔剣は、彼が放っているもの以上の魔力を放っている。
あれは魂を喰らう魔剣——相当な量の魂を喰らってきたのだろう。
「アレを防ぐとはお見事。どうやら少し侮っていたらしい。それに、双炎の舞姫と死神を連れてくるとは……。本当に、人脈だけはあるようだな。しかし、連れてくる人間を間違えたな」
双炎の舞姫に死神……クレアとアルカの二つ名だろうか。二つ名がつくほど、二人は強く有名なのだろう。
「前戦ったのも半年前。あの時と同じと思わないことね」
クレアは双剣を構え、炎を纏わせる。そこに私が聖属性を付与すると、炎は赤から白に変わった。
「ほう、聖炎か。しかし聖女の力があろうと、貴様本人の実力は大差ないと思うがな」
グラディオは剣を構えると、地面を蹴って一気にクレアとの距離を詰めた。
回避が間に合わないような速さで、クレアは咄嗟に攻撃を防ぐが、いともたやすく弾き飛ばされる。
確かにグラディオとクレアでは体格差もあるが、この力の差はそんなものではない。圧倒的に、グラディオが強すぎる。
クレアはすぐ受け身を取って、今度はこちらからだと魔術を放ちながら距離を詰め、目にもとまらぬ速さで双剣を振るう。
グラディオは技巧よりパワーなタイプなのか、器用に色んな方向から攻撃を放つクレアの攻撃に対し、防御に徹している。そもそも、クレアの攻撃を前に反撃する隙すら無く、そして私たちが彼女に助太刀する隙も無い。どちらかが倒れるまで続く、そんな戦闘だ。
アルカやノエルならともかく、私にこの戦闘に関与する余地など全くない。恐らく、防御系の魔術を使うことすら邪魔になるだろう。
完全に私が足手纏いだ。
「相変わらずの技と速度……素晴らしいが、そろそろ疲れるころ合いではないのかね? その戦闘スタイルは一人で戦うことが前提。支援はむしろ邪魔になる。しかし貴様一人で私を倒すことは出来ない。さあ、どうする?」
グラディオは反撃こそしないものの、どうやら余裕な様子だ。ほぼ防戦一方とはいえ彼はまだ一度もダメージを受けていないし、疲れる様子もない。
「——そう言えば、今度は死神の魔術に合わせて交代するだろうな」
クレアの行動を読むようにグラディオが言うと同時に、アルカが魔術を放ち、クレアはそれを避けるようにその場を離れてグラディオと距離を取った。
しかしそれが分かっていたかのように剣で魔術を斬り、そのままクレアめがけて魔術を放つ。
咄嗟に私はクレアの周囲に障壁を張り、彼女を魔術から守る。そしてグラディオに聖なる剣を五本放つと、それに追従するように、クレアもグラディオに接近した。
「ちっ、なぜ魔族の貴様がこれほど聖魔術を扱える。厄介だな……。しかし、使いこなせているわけではないのだろう? 発動の度に顔が歪んでいるぞ」
グラディオは魔術を障壁で防ぎつつ、クレアと剣戟を交わし、アルカと私に魔術を放つ。
彼の使う魔術は魔族特有の少し特殊な技であり、魔術で防ぐなら圧倒的に高純度高密度の魔力障壁か、聖属性の障壁が必須である。アルカがずっと攻撃に徹しているのは、グラディオの攻撃を防ごうとすると大きな隙が出来てしまうからだ。
正直私も継続して使い続けるのはキツい。魔術の継続行使自体はさほど難しくないのだが、如何せん属性が悪い。
強力な魔術で終わらせられたらいいのだが、ここでは場所が悪いし、何より隙が無い。
私が強力な魔術を使うそぶりを見せれば、すぐさまヘイトはこちらに向くだろう。それを止められるかは、正直怪しい。
大きな隙が出来たタイミングでノエルが一気に攻撃に出るという単純な作戦なのだが、まずその隙が作れない。
こうなったら、一か八か——いや、誰かひとりがやられたら実質的な敗北になるこの戦闘でそれはダメだ。とにかく、小さくても魔術を何度も的確に打ち込むしかない。
「……聖炎もなかなか厄介だな。それに、確かに実力を上げているようだ」
「ええ。こっちも、あんたを殺すために毎日修練に励んでんの、よっ!」
クレアはグラディオの横なぎを伏せて避けると、そのまま足払いで姿勢を崩し、剣を突き立てた。
聖炎を纏った剣は腕に防がれてしまったものの、防いだ腕をそのまま切り落とした。
その瞬間にノエルの件に聖属性を付与し、それを合図にクレアが後ろに跳躍して、ノエルが前に出てグラディオに剣を振り下ろした。
グラディオは辛うじて魔剣でノエルの剣を防ぐ。ガキィンと甲高い金属音と共に、魔力の波動が周囲を震わす。
ノエルはすぐさま剣を引き、何度もグラディオに剣を振るう。片手を失い、さらに意識外からの攻撃で大きな隙を作ってしまったグラディオは、後退しながらノエルの剣を防ぐ。
一歩、また一歩下がっていき、もう一歩——そこにアルカが土魔術で壁を張る。
ふいに壁にぶつかったグラディオは姿勢を崩た。
「終わりです」
ノエルはがら空きになった左の脇腹に剣を叩きこんだ。決まったと思ったが——
「ふぅ、所詮は付与術か……」
グラディオは脇腹に魔力を集中させ、無理やり剣を防いだ。圧倒的な魔力に阻まれ、剣は肌を切り裂く直前で完全に停止している。
「しかし、付与された聖属性であろうと、弱点であることに変わりはないようですね。その腕も、それでは回復できないのでは?」
グラディオの切り落とされた左腕は、止血こそされたものの、白い炎に阻まれて、再生できないままいる。やはり、いい弱点にはなっているらしい。今なら隙もある。
集中しろ、これで決められないと私は負ける。
杖を囲むように十本の聖俗死絵の剣を生成し、グラディオめがけて一気に射出した。狭い場所なので、結局はどれも正面からの攻撃。そして、ノエルが避けられるように放つとなると、狙う位置が絞られてしまう。けれど、一本でも当たれば——
「ぬああああああ、無駄だああああ!」
グラディオは魔剣に黒いオーラを纏わせ、それを剣に向けて打ち出し、すべてピンポイントに当てて相殺した。
「ノエル、下がって!」
やはり、グラディオは強い。あの状況で、あんな的確に魔術を相殺するとは。
「「ちっ、場所が悪い!」」
私とクレアの言葉が被る。
この坑道のような道では、先の攻撃で広がったとはいえ、戦うにはあまりにも狭い。
「あーもうこうなったら仕方ない。ルナちゃん、障壁!」
「わ、わかった!」
私はアルカに言われた通り全員に障壁を張ると、彼女は詠唱を初め、真上に魔術を放った。
アルカの放った魔術は着弾すると同時に光の柱となり、大穴を開けた。
飛竜一匹程度なら余裕で入れそうなサイズだ。軽く地形が変わる程の威力だが、詠唱の長さやこの威力を考えると、実戦では使えなさそうだ。
「やっぱり、戦うなら地上だよね」
そう言うとアルカは魔法で私たちをふわりと浮かせ、地上に運んだ。
もはや、やっていることの規模が違う。しかし、このレベルの魔術が使えるアルカですら、グラディオに敗北している。
逆にこれは絶望が込み上げてくる。私はこんな強力な魔術は使えない。当然、魔法なんて高度な技術もない。使えても、せいぜい魔法陣を書いてそこから水を出す程度だ。
「流石は死神、魔術の規模が違う」
「それが私の取り柄だからね!」
さらにアルカは鎌状の杖を地面に突き立てると、何かを詠唱して、悪霊のような何かを呼び出した。
見た目はステレオタイプなゴーストだ。可愛らしい見た目で弱そうに見えるが、とんでもない魔力を感じる。
「さて、改めてやりあいましょうか」
「いいだろう。これで私も本気が出せるというもの、付き合ってやるとしよう」
グラディオは跳躍して地上に上がると、剣に魔力を込めて攻撃を始めた。
「さて、これからは私のターンだ」
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