27

 濃い魔力に当てられて狂暴かした魔物を倒しつつ、私はノエルと先へ進んでいた。

 神殿だったとは思えないほどきれいに整備された坑道のような道で、私の知っているダンジョン部分に比べて進みやすくなっている。

 しかし、私の記憶だとダンジョンは途中で——この坑道に行きつく前に行き止まりになっていたはずだ。新しく作られた場所か、都合上省かれたか。どっちにしろ、知らない場所なので警戒して先へ進む。


「これは……。流石に開けるのはヤバいよね……奥から危険なにおいがプンプンするよ」


 進んでいると、最奥に鉄製の無骨な扉があった。明らかに怪しいし、絶対何かある。それに、誰かいる気配もする。それも、とても強力な。


「そうですね。ここは戻って報告しましょう。あとは、ベテランに任せた方がいいかと」

「うん。じゃあ引き返して——っ、いや、ダメ、引き返せないかも」

「ご主人様?」

「後ろ、すっごい強い気配が近づいて来てる。二人分しかわからないけど……戦うのも、覚悟した方がいいかも」

「ええ。話し合いで解決できればいいのですが……」

「とりあえず、ちょっとだけ戻ろう」

「ええ。ご主人様は後ろに」


 私はノエルの斜め後ろに立ち、何かあればすぐ魔術で迎撃する用意をする。

 暗い道で、私が魔術で照らしている範囲もさほど広くはないので、もしかしたら見えないところから攻撃されるかもしれない。

 警戒しながら戻っていると、向こうも私たちに気付いたのか、「止まれ!」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……ノエル、ごめん、私が前に出る」


 いや、きっと違う。けど私が聞き間違えるはずもない。私は杖を構えながら、前に進む。


「それ以上進んだら斬る!」


 確かめたいが、これでは止まらざるを得ない。

 私は立ち止まり、言葉を返す。


「分かった、私は止まる。だからそっちから来て」


 ……なにも反応が返ってこない。だが、何やらヒソヒソ話しているのが聞こえる。

 それから少しして、彼女はこちらに近づいてきた。

 煌めく剣を持ち、白を基調とした聖騎士のような衣装に身を包む黒髪の少女。大人しい印象を受ける顔立ちに、私と同じくらいの身長。まだ距離は空いているけど、はっきりわかる。紛れもなく彼女は詩音だ。


 しかし、どうしてここに?

 詩音も死んだ……いや、けどあの子の姿は変わっていない。なら、召喚だろうか。あの姿といい、そうとしか思えない。

 ……時期的に、詩音は今高校に入学して、テストがどうとか部活がどうとか、そんな時期のはずだ。

 その詩音が、目の前で私に剣を向けている。


「詩音……」

「どうして私の名前を?」


 そうか、彼女から見たら、今のわたしは赤の他人だ。言っていいものだろうか。実はお姉ちゃんだよって。けどこんな姿じゃ信じてもらえるかわからない。私が家でずっとネトゲをしていたのは詩音も知っているけど、私のこのキャラを見せたことはない。

 気付くわけがないのは分かっているけど、大好きな妹に剣を向けられるのは辛いなぁ……。


「詩音ちゃん、大丈夫。その子は魔族だけど敵じゃないわ。武器を下げて」

「そうです。その方は私たちのお友達なので大丈夫です!」


 この声——セレネとアリサがそう言うと、詩音は大人しく剣を下げた。どうやら二人は詩音に信頼されているらしい。私は剣を向けられたのに。


「……ねえセレネ、なんでここに詩音がいるの?」

「それは、また明日詳しく説明する時間をちょうだい」

「明日? わかった。詩音とアリサも来てくれるよね?」

「は、はい、もちろんです……」


 詩音がここにいる理由について色々想像はつくけど、考えていると怒りが湧いてくる。またあの子の顔を見られたのはすごく嬉しいけど、背景を想像すると素直に喜べない。本当に複雑だ。せっかく再会できたのに……。


「うちの応接室でもいい? たぶん、話聞かれたりしないだろうし」

「そうね。じゃあ、そこで」


 セレネも珍しくいたって真面目に——深刻に答えた。


「それと聞きたいんだけど、詩音たちはなんでここに?」

「詩音ちゃんの実践訓練よ。ちゃんと、生きて帰って貰わないといけないでしょ?」

「なるほどね。ちゃんと、面倒見てあげて。あとこの先、絶対危ないから気を付けて——」


 忠告して引き返そうと思ったら、ゴゴゴゴと地面を削るような音がしたと同時に、とんでもない殺気がこちらに流れてきた。

 ——いや、これは殺気じゃない。魔力だ。圧倒的な魔力に、恐怖を抱いている。

 私は咄嗟にセレネの後ろに走る。


「ノエル、こっち来て!」

「も、申し訳ありません、足が……」


 あまりの恐怖に、ノエルは足がすくんで動けないようだった。アリサもその場にへたり込んでいる。

 ノエルを近くに運ぼうと彼女の元へ駆け寄ろうとするが、すでにノエルの前には人が立っていて、私は足を止めた。

 彼には見覚えがあった。そう、セレネと出掛けた時廃教会にいた魔族だ。


「おや、あの時の吸血鬼ではないか。確か、ルナだったか。噂には聞いていたが、人脈だけは随分とあるようだ。だが、実力は伴っていないようだな」

「それはどうかな。私も、日々成長してるから」


 そんなことない。私の成長なんて、言ってしまえば中学生がちょっと勉強して知識を身に着けた程度のものだ。戦闘における真の強さなんて、知ってすらいない。


「そうか。では、完全に実る前にこのグラディオが刈り取っておくとしよう!」


 そう言うと、グラディオは何とか武器に手を掛けていたノエルの腹を殴り、昏倒させた。


「聖なる光よ、かの者を守り給え!」


 アリサがへたり込んだままノエルの周囲に障壁を展開させ、それと同時にセレネは矢を放つ。

 こうして、突然戦闘は開始してしまった。

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