26

 奥の方に進むと、急に気配を察知するのが難しくなった。薄っすらわかるのだが、それ以上にこの場に充満している魔力が濃すぎて、それにかき消されて気配を探れない。


「ねえノエル、ここ魔力濃すぎない?」

「確かに、私でもわかる程の魔力……。ご主人様、出たほうがいいかもしれません」

「危険な感じ?」

「はい。最近一部のダンジョンが活性化し、危険な魔物が地上にまで溢れていたそうです。ここは何も問題がなかったはずですが……」

「ちなみに、どれくらい危ないの?」

「そうですね……。もしフロストウルフに襲われると危険、ホーンラビットに襲われると面倒という感じでしょうか。私であれば対処は出来ますが、ご主人様を守れるかはなんとも」


 ノエルが魔物相手にどれくらい戦えるのかは知らないけど、強さ自体はさほど強いわけではないのだろう。けど、ノエルがそういうなら引き返した方がよさそうだ。


「じゃあ、仕方ないし帰るかな」

「ええ、そのほうがいいです」


 私たちが引き返そうとした瞬間に、狙っていたかのようにホーンラビットが突進してきた。


「ノエル危ない!」


 私は咄嗟に障壁を展開してホーンラビットからの攻撃を防ぎ、反射的に魔術で生成した氷の剣を飛ばす。

 氷の剣は一直線に飛んでいき、ホーンラビットの脳天に突き刺さった。

 ギュッと断末魔を挙げ、ホーンラビットはばたりと倒れる。殺す気はなかったけど……やってしまったものは仕方ない。せめて、この子の死体は有効活用しよう。今夜はホーンラビットの丸焼き、角はアクセサリーにでもすればいいか。


 ——しかし不思議だ。魔物相手であれば、さほど罪悪感を感じないらしい。いや、ホーンラビットも結構可愛いので少しは申し訳ない気持ちもあるけど、あの時と比べれば大したことはない。けど、やっぱり殺したのだから、最低限有効に使おう。


「……これなら、先に進めそうですね」

「意外と魔物相手なら戦えるね。うーん、受ける依頼の難易度上げてランクも上げて行こうかな」

「であれば、実戦的な剣術や魔術を教わってからです」

「そっか……わかった、そうする」

「では、まずこの遺跡で訓練しましょうか」

「はーい!」


 私は訓練も兼ねて、さらに遺跡の奥へと進んだ。

 道中何体か私が中心に魔物を倒したけど、やはり罪悪感は薄かった。ただ、殺してもあまり感情が動かない自分に、少しだけ嫌悪感を抱いた。



  ◆◇◆



 王宮の一室から庭の手入れをするメイドを見ながら、詩音は考える。

 ここに来てそろそろ一週間。毎日剣を振るわされ、魔術というゲームみたいな不思議パワーの練習をさせられ、そしてこの世界の情勢や、世界に存在する魔物の知識を叩きこまれる。

 休む暇などなくとにかく修練に勉強、気が休まるのはご飯の時間と、夜お風呂に入ってから寝るまでのほんの少しの自由時間くらい。


 本当に忙しい。毎日死ぬほどの疲労と痛みに襲われるけど、疲労のお陰か朝はスッキリ起きられる。

 ご飯も美味しいし、メイドさんはよくしてくれるし、色々教えてくれる先生も、手取り足取り詳しく教えてくれる。それに、目標が出来たおかげで、案外鍛えるのも楽しい。


「……今日は実戦かぁ」


 外を見ながらぼそりと呟く。


「よし、がんばろ!」


 頬をパンと叩いてそう呟く詩音の目は、ここに来た時よりは輝いていた。



 冒険者ギルドの建物には、酒場が併設されている。

 そこは冒険者に向けられた場所であり、冒険者は成人男性が多いことから、メニューは味が濃く量もそこそこにある肉料理系のものが多い。ただ、ある程度栄養も考えられているので、鍛えるのであればここの料理はちょうどよかったりする。それに、腹も膨れるので時間のかかる冒険の前にはうってつけだ。


 そんなザ・男飯といった感じの料理を前に、詩音は狼狽える。

 同じく見慣れない料理を前に、共にダンジョンに向かうアリサも、目を丸くしていた。


「す、すごい大きい肉……」

「何と言うか、豪快ですね……。教会ではあまり見ない料理です」

「でしょうね。美味しいのに、貴族連中ははしたないとか思ってるみたいだから。勿体ないわよね~。大きい肉にかぶりつくのがいいっていうのに」


 一方で二人の正面の席に座るセレネは、慣れた様子で骨付き肉にかぶりつく。見た目だけであればアリサと同じくらいの年の可憐な少女だが、案外豪快らしい。

 それに倣って、詩音も骨付き肉にかぶりつく。


「……ん~、味が濃いからお米が欲しくなる」

「お米ねぇ、別な店に行けばあるけどそこじゃこういう料理がないし……。あ、今度振舞うわよ? アリサにも」


 そんな話をしながら、これから向かうダンジョンの探索に向けて腹を満たしていると、近くに座っていた大柄で強面の男が近づいてきた。


「おうおう、見た目の割に豪快じゃねぇか」

「へへ、ほふひふほふひははは!」

「何言ってるかわかんねぇが満足そうだな! でぇ、聖女様に英雄セレネ様がこんなところに現れるとは珍しいな」

「ごくっ……その子のまあ、新人研修みたいなものよ」

「へぇ、ここのギルドで新人、それも女たぁ珍しいな。よし、お前が無事に帰ってきたら宴だ! ガッハッハ!」

「あんた、どうせ宴を開く理由が欲しいだけでしょ」

「あたりめぇだ。ダンジョンの活性化のせいで騎士団に仕事取られて、最近はチョロい依頼か宴しかやる事がねぇんだよ。ってわけだ、無事に帰ってこいよ」

 男は「ガハハ!」と笑いながら席に戻っていった。



 ご飯を食べ終えた詩音たちは、受付で依頼を受けてギルドを出た。今回受けた依頼は、低級ダンジョン——神殿跡地の調査だ。といっても遺跡跡地はもはや観光スポットのような扱いになっているので、何もないのだが。なので普段は掲示板に張り出されない、いわば体裁を保つための特殊な依頼だ。


「さて、詩音ちゃんとアリサちゃんに警告しておくわ。神殿跡地は敵対する魔物が出ない安全な場所だけど、ダンジョンの魔力を吸収してる魔物だから、絶対襲われないとは限らないわ。だから、ちゃんと警戒すること。それと、襲われたらしっかり詩音ちゃんとアリサちゃんで連携して戦うこと。私はあくまで監督、本当に死にかけるまで手出しはしないわよ」

「訓練通りにやればいいんだよね……」

「ええ。大丈夫、詩音ちゃんは一週間で相当成長したんだから、訓練通りにやれば無事に帰れるわ。アリサちゃんも、連携はりっかり取れるわよね」

「はい、任せてください!」

「じゃあ、移動しながら戦術の確認ね」


 詩音たちは教わった戦術を復習しながら遺跡跡地に向かった。

 ダンジョン周辺は本来危険な場所が多いのだが、遺跡跡地周辺はいたって平和であり、危険な魔物の影すら見えない。

 空には飛竜が飛んでいるが、人は捕食対象ではないので強いだけで危険はないし、他の魔物も好戦的だが弱いものばかりだ。


 割とピクニック気分で移動し、そして跡地に入ってからも、武器を構えて警戒はしつつも、雑談しながら先へと進む。

 跡地内もいたって平和そのもので、驚くほど何も起こらなかった。

 なので戦闘ではなく素材の知識を身に着けるために跡地内にある素材を採取しつつ、先へと進んでいく。

 初めての遺跡で道を間違えることはありつつも順調に先へと進んでいき、そして詩音は、慣れない自分でもわかる程魔力が濃い場所にたどり着いた。


「……二人とも、警戒して。ここからは危険よ。魔物に襲われても大したことはないと思うけど……何があるかわからない」


 セレネに言われ、詩音は聖剣を強く握る。アリサも杖を構え、すぐ魔術を使えるように準備する。

 前線に出るのが初めてな詩音とアリサですら、ここが異常であると気付いていた。警戒して進む。


「っ、アリサ、奥の方からヤバい気配がする。たぶん、すごく強い……」

「魔力で強化された個体でしょうか……」

「ううん、魔物じゃない、と思う……。うっすらなんだけど、人っぽい感じがする」

「二人とも、魔族かもしれないわ。できれば倒したいけど、戦うなら逃げることも視野に入れなさい」

「……わかった」


 詩音は剣を構えながら道なりに進む。すると雰囲気がガラッと変わり、一本道になった。道は一応整備されていて、道幅もそれなりにある。高さもそこそこで、人工的に作られたような場所だ。


「詩音ちゃん、ここからは私も参加するわ。ここ、たぶん新しく出来た場所よ。ダンジョンの魔力で消えかかってるけど、最近作られた形跡がまだあるわね。もしかしたら、この道を作った魔族がいるのかも」


 セレネは虚空から弓を生み出すと、それを手に取る。

 普段明るい——というか、先生として教えてくれるとき以外は、天真爛漫な少女のような彼女がこうも真剣なので、これから本当に危険な戦いになるのかもしれない。

 詩音は剣を握る手を震わせながらも、さらに先へと進んでいった。

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