29

 翌日、私がアルカに魔術を教わっていると、門の前にやたら豪勢な馬車が止まった。

 そこから出てきたのは王国騎士団数人と、勇者パーティ(仮)だった。

 しかしお堅い雰囲気ではないようで、全員私服だ。


 セレネはお気に入りらしいガーリーな黒いワンピース、アリサは白いオフショルダーのセーターワンピにニーソ、そして詩音は明らかに日本から持ってきたであろう地雷系の服。皆違って皆可愛い。一番可愛いのは詩音だけど、やっぱりセレネも安定して可愛い。アリサは、なんというか意外だ。普段は聖女の格好をした子供って感じだったけど、もともと大人しい雰囲気だからか、普段より大人びて見える。

 まあつまり、皆可愛い。


 私はいったん魔術の練習を中断して、彼女たちのもとに駆け寄る。あの感じなら、正式な場というわけでもなさそうだし、礼儀作法とかは気にしなくていいだろう。そもそも気にする相手でもないけど。


「こんにちは、ルナちゃん。色々話があるんだけど、今日は時間大丈夫かしら?」

「やっほセレネ。全然大丈夫だよ。あぁでも、着替えたいから、先に応接室で待ってて! ノエルたちもアレだから、セレネ案内任せていい?」

「ええ。アリサちゃん、詩音ちゃん、こっちよ」


 二人の案内はセレネに任せ、私たちは部屋に着替えに戻った。

 今日は詩音に合わせて地雷系で行こう。ゲーム時代の結構可愛いのがあるんだよね。

 黒いブラウスにグレーのスカート。ちゃんとガーターリングや厚底ブーツもある。色合いは違うけど、ほぼ詩音と姉妹コーデだ。髪はツインテールにしよう。本当はメイクもしたいけど、待たせてるからやめておこう。


「お待たせ~」


 応接室に入ると、セレネとアリサ、そして微妙に警戒している様子の詩音が待っていた。

 ああ、可愛いな。抱きしめたい。久しぶりだね、不安にさせちゃったねって、よしよししてあげたい。けど、姿が違うし昨日に至っては剣を向けられたから、させてくれないだろうな。ちょっと寂しい。

 さてどう説明したものか、そう考えていると、先に詩音が口を開いた。


「セレネ先生、この人が、お姉ちゃんなの?」


 私も、ここにいる皆も、驚いて目を丸くする。


「ええ、そうよ……。本当は隠しておくつもりだったんだけどね」

「なんで……」

「だってあなた、琴音ちゃん——今のルナちゃんのことを知ったら、きっと生き急ぐでしょ?」


 詩音がここにいる理由はなんとなくわかる。あの剣といい服といい、勇者として召喚されたといったところだろう。


「でも……」

「名を売って見つけられる前に死んじゃったら、きっとルナちゃんは悲しむわよ」


 私はこくこく頷く。


「そうだよね。でも、なんであそこにお姉ちゃんがいたの? それに、あの魔族とか。もしかして、お姉ちゃんも……?」

「私はたまたま見つけちゃっただけ。本当はあんなのとは戦いたくもないんだけど——」

 失言だった。こんなことを言えば、詩音が何を言うかは想像がつく。

「そっか。じゃあ、アレは私が倒すから安心して。勇者として、ちゃんとお姉ちゃんもこの国も守るから」


 詩音は強い子だ。いつも私の後ろにいるのに、私に何かあると一番に守ってくれるのは詩音だった。特に私が絡むと、いつも妹とは思えないくらい強くなる。ガタイがよくて気性の荒い野球部の先輩に「悪かったよ……」と言わせるほどだ。

 強いは強いけど、それが原因でいつか詩音が本当に怖い思いをしそうで怖い。


「ダメ、戦わせられない。詩音、グラディオ相手に足震わせてたじゃん」

「でも私は勇者だから。戦うのが、私の役目。それに、お姉ちゃんずっと言ってたじゃん、もし来世があったら病気も怪我もせずに生きたいって。だから——」

「確かに言ってたし今も変わらないけど、詩音がケガするくらいなら、私が戦った方がマシ」

「私勇者だよ。魔族と戦うんなら、私が一番じゃん、次はもうあんな姿見せない。ちゃんと戦う。それに私だってもう十分訓練してる。たぶん、お姉ちゃんより強い」

「そうかもね。確か聖剣って、使用者の能力向上の加護みたいなのもあるんでしょ? でもね、どれだけ能力があっても、最後は実戦経験の差だよ」


 私も魔術の差や身体能力の差であれば、クレアより上だ。それは、種族差もあるので覆らない。しかし、クレアはおろかノエルにも勝てたことがない。二人は実戦経験があるので、私がどれだけこざかしく戦おうと、すべてそれ以上の技で捻じ伏せられる。

 グラディオは剣で戦いながら、魔術で遠距離攻撃をピンポイントで相殺するような実力者だ。たぶん、詩音がどれだけ強かろうと、最後は実戦経験の差で負ける。

 私だって経験豊富なわけじゃない。けど、詩音よりは経験も知識もあるはずだ。


「戦うんなら、私たちに勝てるくらいになってからにしなさい」


 なんて言っているけど、正直勝てるかなんてわからない。詩音は才能がある。軽く触って人並み以上になれる、正真正銘の天才だ。たぶん、詩音はすぐ私なんか目じゃないくらい強くなるだろう。

 だとしても、姉として行かせられない。勇者なんてこの世界の人間の勝手な都合だ。


「ルナちゃん、決闘する気じゃないでしょうね」

「なわけないでしょ。私は詩音を殴らない——こともないけど、あの子はそんなことで決意曲げるほど弱くないから。私たちで先にグラディオを殺す」


 詩音は決めたことは絶対曲げない子だ。やると言ったらやる、目標は絶対達成する。そういう子だから、私が何を言ってももうグラディオとの戦いを辞めることはないだろう。ここで決闘して勝ったところで、どうせ詩音は勝手に戦いに行く。そういう子だ。


「ちょっと、ルナちゃん! 気持ちはわかるけど、なんでそこまで……」

「こっちもね、詩音がケガするとこ見たくないのよ。痛いってわかってるから。それに詩音、あんた痛いの苦手じゃん。同級生の男子にかるく肩パンされて泣くくらいだったじゃん」

「そんな小学生の頃の話持ち出さないでよ! そりゃ嫌だけど、家族の命が掛かってるところで怖いとか痛いの嫌とか言ってるほど子供じゃないし! もういい。セレネ、アリサ、私たちも行くよ」

「待ちなさい。詩音ちゃん、行くには準備が足りな過ぎるわ。今の状態じゃ絶対勝てない。それこそ、無駄死にして終わりよ。冷静になりなさい。ルナちゃんもよ。戦うのはいいけど、その前に冷静になって、しっかり準備してから戦いなさい」


 セレネの言う通りだ。まだ情報が少なすぎるし、長期戦になった場合の準備なんて何一つできていない。

 けど、何が何でも詩音より早くグラディオを殺す。その決意は変わらない。

 

 こうして私はせっかくの再開にもかかわらず姉妹喧嘩して、久しぶりとも元気だったとも言えないまま、彼女たちと別れた。

 それから、私が詩音たち勇者パーティー(仮)と会うことはなかった。

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