23

 それから数日。詩音は実戦に駆り出されることはなく、毎日実戦に向けた訓練と勉強をさせられていた。

 剣を持つのは初めてだ。剣道なんてやったことがないし、ならば当然剣で殺しあったこともない。剣だって普通に持ったら重たいし、剣術もよくわからない。

 しかし——


「くっ、勇者とはいえ、剣を取って数日の少女に負けるとは……」


 詩音は、騎士団の男に普通に勝てる実力になっていた。もちろん余裕で勝てるわけではない。覚ええたばかりの強化魔術がないと、重い剣を振るうこともままならないし、攻撃を見切る事が出来ても防げないし避けられない。


「はぁ、はぁ……魔力制御、疲れる……」

「剣術も魔力操作もまだまだ甘いですが、たった三日でこれほど……流石は勇者ですな!」


 アリサ曰く、詩音には膨大な魔力がある。平均でも人間の数十倍の魔力を持っているという魔族よりも多く、それこそ魔王や精霊王、天使や真祖にも匹敵するらしい。それだけの魔力があるからこそ、無理やり身体能力を上げて力で成人男性も捻じ伏せられたが、それでは負担が大きすぎる。


「それじゃあ次。今度は詩音ちゃんとアリサちゃん、二人で連携を取って戦うように。相手は……そうね、アリサちゃんもいるし、私とそこの君で。今回は魔術による遠距離攻撃もありでいいわ」


 息を整える暇もなく、詩音はまた剣を構える。そしてその後ろで、アリサも「頑張りましょうね!」と、杖を構えた。


(騎士の人は分からないけど、確かセレネ先生は弓使い。しかも王国有数の戦士……。頑張らなきゃ)


 詩音は剣の柄をきゅっと強く握る。


「では、はじめ!」


 合図とともに、詩音は炎魔術を放ってそれと共に騎士との距離を詰める。セレネに教わった基本だ。魔術の対応をしていれば、当然隙が出来る。対人戦においてはそうやって隙を作るのが定石らしい。

 しかし、それを教えたのはセレネだ。弓使いであるセレネは、背後から矢を放ち、ありえない軌道で炎を射抜いた。

 矢が当たった炎はその場で爆散し、視界が奪われる。魔力を込めすぎたせいか、残留する時間が長い。


(見える……)


 視界は炎に包まれているのに、なぜだか騎士の動きが見える。今ここで踏み出して剣を振るえば、確実に届く。直観的にだが、そう思った。

 アリサの聖女の魔術があるし、炎だって自分の魔力なら多少は問題ない。

 詩音は剣を構え、炎を突っ切って騎士に叩きつける。

 突然の攻撃だが騎士は攻撃を防ぎ、蹴り飛ばして距離を取る。そこにすかさずセレネは矢を放つ。


 遠距離攻撃はアリサが防いでくれるから気にする必要はない。まだアリサと一緒にこういう形式の訓練をしたのなんて片手で数えられるほどだが、それでも彼女の実力は分かっている。

 矢を気にせず、騎士とだけ向き合う——それが出来ればいいが、まだ詩音は戦闘経験の浅い、ただ魔力が多いだけの少女だ。矢に気を取られ、圧倒的な力でやられる前にやる——それが出来ず防戦一方になってしまい、体力がどんどん削られる。


 いったん攻撃に出なければやられる。けれど経験を積んできた騎士相手に、素人の詩音が好きを見つけられるわけもない。魔術を使えば隙を作れるが、そうすれば身体強化が途切れるだろう。ならいっそ——


「どりゃあ!」


 全力で魔力を込めて騎士の剣を弾き、よろけたところに蹴りを入れて騎士を飛ばす。

 騎士は何とか剣を地面に突き立てて速度を落とし姿勢を立て直すが、すかさず詩音が距離を詰めて聖剣を叩きこんだ。

 これであとは近距離で戦えないセレネだけだが——


「詩音ちゃん、確実に仕留めるのは偉いけど、毎回隙が多すぎるわ。それと、前衛なのに後衛の様子に気を配れないのはダメね。魔術師ありきの戦闘でそれじゃ、自分を守り切れないわよ」

「がっ——」


 セレネが喋り終わると同時に、心臓に激痛が走った。そして訳も分からないまま、詩音は意識を失った。



  ◇◆◇



 冷たい風に頬を撫でらて目を覚ますと、詩音の視界には風になびく金色の髪と、雲一つない澄んだ青空が映った。


「あれ、私……」

「模擬戦で心臓を射抜かれて気絶しちゃったんですよ」

「そっか、それで——っ!」


 心臓がずきりと痛む。意識を失う直前の、あの死をも覚悟した痛みは簡単に、鮮明に思い出せた。


「大丈夫です、この結界内では死にません。まあ、すごく痛いですけど」

「……アリサは、平気なの?」

「いえ、とてもつらいです。でも、痛いだけですから。実戦で勝てないと、痛いよりも辛いことになりますからね」


 アリサは何か覚悟を決めたような、真剣な声音で言った。きっと、何か経験したのだろう。

 痛いよりも辛いこと——それが何を意味するのかは、詩音にも理解できた。けど、詩音には別に守る義務なんてない。

 こんなに痛い思いをするくらいなら、もう戦いたくない。けど、話しで聞いた限りでは、戦わなければ今度は今住んでいるこの場所すらなくなってしまう。


 あの時はどうでもよかったからこそ国を救えと言われてすぐ頷いたけど、こうしていざやるとなると怖いものだ。


「強いね。私は耐えられそうにないや」

「詩音ちゃんがもし戦いたくないなら、どこか逃がしてあげるわよ。けど、訓練は続けなさい。この世界じゃ、力がないとすぐ死ぬわ。もちろん楽には死ねないわ」

「…………」

「でもまあ、詩音ちゃんに身を守る力、なんて言ってもピンとこないだろうから、一つ目標をあげるわ」

「目標?」

「ここ最近、何人か転生者がこの世界にやってきてるわ。ちょっと時空の壁が歪んでるせいでね」

「そこにお姉ちゃんもいるってこと?」

「どうでしょう。けど、あなたの名前を聴けば喜んで探しに来るような子はいるわよ」


 誰とは明言しなかったものの、それが姉の事であることくらいは分かった。セレネも、完全に隠す気はないのだろう。


「さて詩音ちゃん、目が覚めたなら訓練の続きをするわよ。けどその前に、反省会ね」

「……わかった。けど、反省会はこのままやりたい」

「いいわよ。じゃあまず詩音ちゃんの戦い方だけど——」


 それから詩音はセレネにいろいろと指摘された。そのことを詩音はたった小一時間である程度形にして戦闘に落とし込んだ。

 戦う理由が出来てモチベーションが上がったこともあってか、そこからの詩音の成長は著しく、実戦に出しても問題のないレベルになるまではすぐだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る