22
「ここが勇者様のお部屋になります。もし必要なものがあれば、何なりとお申し付けください」
色々な説明を受けた後、詩音はこれから住むことになる王宮の部屋に案内された。
すでに最低限の家具が備え付けられているその部屋は、詩音の部屋の倍の広さはある。
「それでは、また夕食の際にお呼びいたします」
案内をしたメイドは深々とお辞儀をして部屋の扉を閉じた。
一人になってすぐ、詩音は聖剣を壁に立てかけ、ベッドに倒れ込む。
(勇者ねぇ……)
色々聞いたものの、まだいまいちピンと来ていない。
勇者として王国の村々を襲う魔族を倒し、そして突如暴走したダンジョンやその周辺に現れる魔物と、ダンジョンの調査をする。漫画みたいな話だ。
全く知らない世界の、全く知らない人たちのためにそんな危険を冒す義理なんてない。けれど、ふと「いっそ、戦って死ねた方が楽なのかな」なんて考えてしまう。
大好きな姉が死んでから、詩音は一人になった。親は少しの間は仕事を休んでいたものの、すぐ復帰して相変わらず家を空けがちだった。友達はいるが、完全に心を開いている友達というのは一人もいない。
「はぁ……」
なんだか面倒なことに巻き込まれたけど、この方がいいのかもしれない。
この先どうしようか——そんなことを考えていると、こんこんとノックの音が聞こえた。
「どうぞー」
「失礼します」
部屋に訪ねてきたのは、小柄な小学生くらいの、金髪の少女——聖女アリサだった。
「アリサちゃんだっけ。どうしたの?」
「その、勇者様……シオンさんの事が少し気になって」
「私が?」
「はい。その、少し心配で……」
「あはは、心配って何が?」
「その、シオンさんが、いまにも消えちゃいそうな感じがしたので……」
アリサはまだあったばかりで、そんな心配されるような仲ではない。しかし、アリサは本気で心配しているような表情をしている。
なぜ目の前の少女はこんな顔をするのだろう。会ったばかりの少女に心配されるほど、酷い顔をしていただろうか。
「散々だな~って思って」
「散々、とは?」
「去年ね、すっごい大好きなお姉ちゃんが死んだの。それだけでもキツいのにさ、なんか励ます雰囲気で露骨に下心出してくる奴とかいて。それでようやく新しく友達出来たと思ったらいきなり変なところに呼ばれるし……なんか、もういいかなって」
別に聞いてほしいわけでもなかったのだが、不思議とアリサ相手だとすらすらと言葉が出た。
「それなら、知らない世界で適当に戦って死んだほうが、もう楽じゃん」
「……ただのお伽噺ですけど、東にある島国を興した人は、この世界にはない知識を持っていたそうです」
「はあ」
「だから、その、案外お姉さんもこちらの世界に居たりするんじゃないでしょうか」
「あはは、確かにあるかもね。もしそんなことがあるんなら、お姉ちゃんを探す旅にでも出ようかな。まあ、そんなことしなくても、私が勇者として有名になれば一瞬で見つけてきてくれそうだけど」
詩音は楽しそうな口調で語ってはいるものの、所詮それが夢物語でしかないとわかっているからか、目が全く笑っていない。
「……まあ、お姉ちゃんが本当にここにいるかは知らないけど、何も目標がないよりはマシか」
詩音はベッドから降りると、立てかけた聖剣を取って、アリサの前に立った。
「今から戦いにでも行けばいいかな。とりあえずその、魔族ってのを倒せばいいの?」
「あ、いえ、それはまだです。シオンさんがどれだけ強くても、いきなり戦わせるわけにはいきませんから。今日は、ひとまず、拠点になる王宮の案内です!」
「ここ、やっぱり広いの?」
「そうですね。私でも迷子になる程度には」
「不安だなぁ」
「大丈夫です、迷子にならない程度に案内するので! では、行きましょう!」
アリサは心配そうだった表情から一転、目を輝かせてうれしそうに詩音の手を引っ張り、部屋から出した。
「隣はわたしの部屋です。まあ、用意されているだけでほとんどクローゼットのような感じですけど。あとは執務室ばかりなので、次に行きましょうか。あ、そういえばお昼ご飯は食べましたか?」
「まだ、だけど」
「じゃあ先に食堂に行きましょう。ご飯は……そうですね、わたしが作ります!」
「聖女って料理とかもするの?」
「いえ、王宮の料理は少々胃に来ると思うので」
「濃いの?」
「ええ。なので、軽いものがいいかなって思ったんですけど、どうですか?」
「確かに、そのほうがいいかも。お気遣いありがと」
もともとたくさん食べるタイプでもなかったうえ、姉が亡くなってからさらに食べる量が減ったせいで、あまり重い食事を摂れない。なんなら、食べられる量も減った。
聖女ともなるとそんなことまでわかるのか、と感心しながら、詩音はアリサについて行く。
「アリサちゃん、聖女って見ただけで色々わかるの?」
「いえ、シオンさんについては誰でもわかると思いますよ。ちゃんとご飯食べてましたか?」
「ううん。どうせ一人って思うとめんどくさくて、全然」
「やっぱり。今日からはちゃんと食べるんですよ。食事の面倒はわたしが見ますから!」
「なんでそこまでしてくれるの?」
「なんとなく、放っておけない感じがしたので」
「勇者だから?」
「出会って早々あんな顔を見せられたら誰でも放っておけなくなりますよ」
「そっか……。気にかけてくれてありがとね」
なんとなく、彼女は本心から気にかけてくれているような気がする。年下のはずなのに、すごい包容力を感じる。なんとなく、姉に似た雰囲気を感じた。
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