38
魔族グラディオが死に、魔剣ゼーレヘレスが破壊された。
最後とどめを刺したのは、同じ魔族でありながら、人間の王国で暮らす、吸血鬼のルナ。
魔族でありながら聖剣を振るったルナは、代償としてグラディオを殺すとほぼ同時に意識を失った。
戦闘が終わった平原は、何事もなかったかのように、静寂に包まれた。
グラディオは両断され魔剣の影響で爛れた肉塊と化し、当の魔剣は破壊され、ただの鉄屑と化した。
魔剣に自らを食らわせるまでに追い詰めた勇者詩音は眠り、とどめを刺したルナは血を流しながら意識を失っている。
一度は四肢を失ったクレアとノエルは、傷こそ治ったものの、外観だけで内側はまだ治りきっておらず、人を運ぶことは出来ない。
「……アリサちゃん、いったん私が馬車を呼んでくるわ。だから、その間皆の治療をお願い。それから、アルカは周囲の警戒。魔族が襲ってきた場合は撤退を最優先に」
そう指示を残して、セレネは城壁に向かって走っていった。
それから彼女が戻ってくるまで人が来ることはなく、アリサたちは死体と残骸を回収し、無事全員で生還したのだった。
◇◆◇
気が付けば、私は自室のベッドで眠っていた。
辺りを見渡すと、すぐ隣の机にノエルが突っ伏して眠っていた。
「おえう————」
あれ、上手く声が出せない。というか、体を何とか起こせたけど、腕足が動かない。
目が覚めて意識がはっきりするにつれて、体中に痛みが走る。特に内臓と頭が痛い。
あまりの痛みに再びベッドに倒れ込むと、その音でノエルが目を覚ました。
「ご主人様!」
余ほどうれしかったのか、頭が割れてしまいそうなほど大きな声で叫んだ。
その声に釣られて、屋敷のみんなだけでなく、詩音やセレネ、アリサが私の部屋に駆け込んで来た。
「お姉ちゃん!」「ルナさん!」「ルナちゃん!」
特に三人は嬉しそうに私のベッドに飛び込み、抱き着いてきた。
「うっ」
「いくら何でも無理し過ぎよ! あんなに戦うの嫌がってたのにボロボロになって、半月も眠ったままで……私が、私がこんなところに連れてきちゃったせいで、ルナちゃんが……」
「そうです! 私の魔術ですらすぐに治せない傷なんて異常です!」
「ほんとだよ! いくら私のためって言っても限度があるじゃん! 自分がどんな怪我したか自覚してんの⁉」
どうやら私は二週間も眠っていたらしい。その間に完治しなかったせいで、未だに声をうまく出せず、体中は痛く、ところどころ動かせない部位がある。
まあ、あれだけの無理をしたのだから当然か。ただでさえ聖属性は相性が悪いのに、聖剣の力が流れ込んできたのだ。
そりゃ体も壊れるわ。
聖剣は魔を滅するために作られた剣だ。普通の魔族なら、浄化され跡形もなく消滅するらしい。そうでなくとも、持てば手が焼ける。それでも私が使えたのは、聖女の素質があったからだろう。
矛盾した体質だ。まあ、そのおかげで詩音を助け、国の危機すら救ったっぽいから結果オーライなんだけど。
けど、本当に痛すぎて辛い。
「……詩音さん、説教は後です。とりあえずルナさん、ノエルさんの血を吸ってください。そうすれば自然治癒力も多少は上がるので、治りが早くなるはずですから」
「ほうはんは?」
「はい。資料を探すのに苦労したんですよ。どうやら、吸血鬼というのは血を吸う事で魔力回復や自身の治癒を行えるようです。他にも色々ありますが、今のルナさんにはこれが一番重要です」
そういえば、あの戦闘の最中で、そんなようなことを理解した気がする、
私はこくりと頷き、ベッドに上がって首筋を差し出してくれたノエルにキバを立て、ちゅうちゅう血を吸う。
やっぱり、ノエルの血は美味しい。甘くて幸せな味。身も心も癒される。
けど、なんというか、皆に見られながら血を吸うのは恥ずかしい。
しかもノエルはなぜか「んっ……はぁ……あっ、ぁああ、っあ、ご主人、様……」なんていやらしい声を漏らしているし、痛いのか私の背中に手を回して、爪を立てる勢いで服を握ってくる。
なんかノエルがエッチだ。スケベだ。いや、どっちかというと私がエッチなことしてるんだろうか?
背徳的な気分になりながらノエルの血を吸っていると、少しずつ痛みが和らいでいった。
自分でも完治には程遠いという事くらいわかるけど、だいぶマシになった。
あれから毎日吸血を続け、アリサ監修の療養食を食べて、一週間ほどで杖を突いて歩ける程度には回復した。
それでも、階段の上り下りはノエルがおぶってくれないと無理だし、お風呂にも自分で入れない。幸いトイレが魔術の力で二階にも設置できる最新式だからよかったけど、結構暇だ。
そんな、まだ満身創痍の状況なので、我が家には毎日アリサがお見舞いに来て、詩音に至っては王宮に『お姉ちゃんが好くなるまで帰らないから』と言って、家に住み着いている。嬉しいことだけどね!
「シオンさん、今日もジャンケンです! 今度こそ負けませんから!」
「私も参加します」
「ふん、妹である私に勝てるとか思わないでよね。さーいしょーはグー——」
ただ、私の部屋で看病を賭けたじゃんけんをするのは本当にやめてほしい。声が頭に響くことはなくなったのだが、シンプルに恥ずかしいのだ。
「今日はわたしの勝ちです! ルナさん、今日はわたしが食べさせてあげますからね。ふー、ふー。はい、あーん」
「あ、あーん……」
アリサって確かまだ十一か十二歳だったよね。聖女とはいえ、こんな小さい子に食べさせてもらうって恥ずかしいな。
味にも気を使った療養食だから美味しいは美味しいんだけど、それどころじゃないよもう。
食事が終わると、アリサは忙しいのか「では、また明日来ますね」と頭を下げ、教会の方に帰っていく。そうすると、次はノエルだ。子供には見せられない光景になるので、詩音はこの時だけ部屋を出る。やはり、見ているのは恥ずかしいらしい。
「では、血を」
ノエルは服を胸の蕾が見えてしまいそうな程はだけさせ、私に首筋を近づける。
「いただきます」
「っ、あっ、慣れ、ても、この感覚……んっ、すぅ~、はぁ……はっ、はぁ……」
「もうちょっと、吸わせて……」
「いい、ですが……わたしも、我慢が……っ」
血を吸い終えて魔力の回復を終えると、私はノエルをぎゅっとして、『いつもありがと』とささやく。
「……その、生殺しにしてるみたいで、ごめんね?」
「い、いえ。メイドの務めですから……」
私は血を吸っているから、結構満足出来ている。けど、彼女は違う。どうも仲のいい間柄だと、吸血にちょっとした催淫効果があるようで、いつもノエルは頬を紅潮させ、足をもじもじしながらシャツのボタンを閉める。
可愛い子が好きとは言えそういう対象ではなかったはずなのだが、彼女を見ていると流石に私にもクるものがある。
「ほんとにごめんね。詩音、入っていいよ」
「お、終わったんだね。調子は?」
「魔力不足での倦怠感はだいぶ無くなってきたけど、後はもうゆっくりリハビリするしかないって感じかな」
「よかった。じゃあノエルさん、お風呂までお願い」
「わかりました。行きますよ、ご主人様」
ノエルは私をお姫様抱っこすると、詩音に扉を開けてもらって、浴室まで運んでくれた。
体が痛いので、服を脱ぐのも難しく、それすら手伝ってもらっている。なので、最近は簡単に脱げるほぼ奴隷装束のような服ばかり着ている。あまり寒くない地域なので、脱ぎやすさを考えると、あの服……というか布が一番なのだ。
ノエルに脱がせてもらってからは、彼女に少し体重をかけ、ゆっくり浴室に入る。
魔石のシャワーで体を流して、肩を借りてゆっくりと浴場に浸かった。
体を起こしているのも少し疲れるので、今は肩まで疲れるところに行ったら、ノエルの足の間に座って、彼女に体重を預けて座っている。天然ものの大きいおっぱい枕もとても心地よい。
「んあああぁぁぁ、いぎがえるうううううぅうぅ~~~~」
浄化の魔術が掛けられた聖水にも等しいお湯は、若干ながら回復促進効果がある。肉体へのダメージの回復に大した効果はないが、疲労が取れる。
聖剣を使ったダメージは絶大で、未だに倦怠感が少し残っているのだ。
「ふあぁ……」
なので、お風呂に入ると気持ちよすぎて一気に眠くなってしまう。
「ご主人様、お風呂で寝てはダメですよ」
「うん、わかってる……」
わかってはいるんだけど、すごく眠い。
「ふわぁ~あ……ダメだね、ほんとすぐ疲れちゃう」
「仕方ないよ、まだ完全には回復してないんだし。もう、この際ちょっと多めに魔力吸って回復とかできないの?」
「出来るけど、ノエルの負担が大きくなるから」
「そっかー。私の血は?」
「吸いたいけど、あんまりむやみに吸えないから。眷属になっちゃうかもだし、詩音の血となると相性もあるから」
詩音は勇者だ。そんな彼女の血を吸えば、もしかしたらまた聖剣を持った時のようなことになるかもしれない。
「そっかー。じゃあほかの人は?」
「うーん、アリサとかセレネならいいけど相性あれだろうし、他の人はいやかなー」
吸血鬼と言っても、私の中身は人間だ。血への抵抗は前より少ないとはいえ、他人の血を飲むのは流石にちょっと気持ち悪い。
「そりゃそっか。じゃあ、地道に治すしかないのかぁ」
「まあ、ゆーて私暇だから。ゆっくり治していくよ。それに、こういう生活は慣れてるから」
「……今度は、私もちゃんと看病する」
「うん、お願いね」
私の人生の半分以上はベッドの上だ。それに今は看病してくれる美少女なお姉さんと詩音がいるんだから、余裕で乗り切れる。
今世は本当に幸せだ。
吸血姫の巻き込まれ英雄譚 おるたん @cvHORTAN_vt
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。吸血姫の巻き込まれ英雄譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます