18
襲撃事件の翌日、セレネがお見舞いに来てくれた。
いつものほほんとした、見ていて癒される笑顔を浮かべる彼女だが、今日ばかりは深刻そうな顔をしている。
「ルナちゃん、お加減はどう?」
「うん、昨日よりは回復した。けど、倦怠感がなかなか抜けないかな」
「……魔力回復に体力使ってるからね。しばらく安静にしてたら治るわ。それより……ごめんね。私たちのせいでとんでもない目に合わせちゃって」
「ううん。戦うことになるかもしれないってのは、ある程度覚悟してたし。どっちかというと、私が殺したって事実が……うぷっ」
ダメだ、今でも思い出すだけで吐き気がする。
すぐにセレネが治癒魔術を掛けてくれたおかげで事なきを得たが、やはり当分はなかなか苦労しそうだ。というか、治癒魔術って吐き気を抑えられるのか。
「けど、実感したよ。私、いろんな意味で弱いんだね」
「平和な世界から来たんだから、仕方ないわよ。……強くなりたい?」
「……どうだろ」
強くなりたいと思わないことはない。けど、強くなった果てにあるのは戦闘だ。身を守れるようになりたいとは思うけど、そもそも戦いたくない。
「まあ、ゆっくり考えればいいわ。そうだルナちゃん、お詫びも兼ねて、一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「そう。昨日の事もあったし、家に守衛を置かない?」
「それはすごいありがたい申し出だけど……給料出せるかな。私無職だし、長寿みたいだし」
一応計算したのだが、少なくとも私とノエルだけなら余裕で人間の一生分はある。けど、これ以上増えたら分からない。
「そこは私が給料を出すから大丈夫」
「え、でも、それは流石に申し訳ないというか……」
「私たちからのお詫びみたいなものだから」
「でも……ホントにありがたくはあるけど……」
彼女はどうしてそこまでしてくれるのだろう。いや、もしかしたら彼女たちなのか。
私がこの世界に来た時からそうだ。大きな屋敷に広い土地、家具や服装もゲームと同じものが上質な素材で用意されていたし、装備類だって、鍛冶屋を覗いた感じ騎士が持つものとか、下手したらそれ以上の品だ。
姿も物凄い美少女で私の大好きな吸血鬼だし、その肉体も健康なうえ、なかなか才能もある。
そんな至れり尽くせりなサービスに加え、ゲームで持っていたのと同じだけの通貨。
「流石に、いろいろしてもらい過ぎてる気がする」
「まあ、確かに普通の子と比べたらそうかもね。けど、ルナちゃんは本来あんな思いするはずじゃなかったんだから。それに、もしかしたら今後——」
そこでセレネは言いよどむ。何となく、彼女の言いたいことは察せた。要はあれだけの事をしてもなお足りない事態になるかも、とかそんなところだろう。
この世界には魔族も魔物もドラゴンもいる。何なら神とか邪神とか、魔神みたいなものだっている。神様みたいなのは今活動してるかは不明だけど。しかし、そんな世界なら何が起こってもおかしくはない。
「…………っ」
ふと嫌な光景が脳裏に浮かび、私は咄嗟にセレネの手を握る。
「ルナちゃん……。大丈夫、私が極力サポートするし、絶対にあんな目には合わせないから。だから、そのためにも守衛を置かない? そうすれば危険は減るし、ルナちゃんも自分の実を守れるだけの力を付けられると思う」
「やっぱり、私は自分で戦えるようにならなきゃダメなの?」
「まあ、そうね。最後に自分の身を守れるのは自分自身だから」
その理屈は分かる。例えば片手剣——何なら素手での交戦距離になると、相手の攻撃を防ぐのも反撃して撃退するのも、私自身だ。けど、やっぱり戦うことを考えるのは怖い。
またあの痛みを味わうかもしれない。そして、あの痛みを与えることになるだろう。
体が震える。吐き気が込み上げてくるし、罪悪感で胸が痛い。
自分で言うのもなんだけど、私は心優しい少女だ。妹の友人関係のいざこざで姉として男の子をぶん殴った事があるけど、ガチ泣きされたせいで数日罪悪感に苛まれた。ヤるときはヤるけど、後になってやりすぎたと後悔するタイプだ。
「まあ、守衛として傍に置くだけ置いてみない?」
「……じゃあ、お願いします。あ、ちなみにだけど、女の子だよね?」
「ええ。優秀な剣士の女の子よ。一応聖騎士になれる実力があるわ」
聖騎士は剣術に加え、魔術適正や聖剣、精霊剣と言った伝説級の武器を扱う適正もある正真正銘の実力者だ。それに加えて人格者でないといけないらしいので、信用できる。そんな子をうちによこしてくれるなんて、セレネはいったい何者なんだろう。
とにかく、昨日の事もあったので、守ってくれる人が来るのは本当にありがたい。
私が戦えるだけの実力を付けられる——というのは、多分練習相手になってくれるとか、そういう事だろう。まあ今のところ考えてないけど、気が向いたら、付き合ってもらえばいいか。
——これで、今度こそ平穏無事な日常を送れるかな。
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