第30話 コユミのお悩み相談
「大丈夫ですか、ハンターさん? もう狂拳さん、目の前で残虐な八つ裂きをするもんですから、この子が固まってるじゃないですか。絶賛放心中ですよ」
「そうなの? そりゃあ悪かった。気が付くと一心不乱でやっているからさ」
〈狂拳先輩にとっては、あの虐殺は息するようにやるようなものだからな……〉
〈コレ、女の子がPTSDになったりしない? 目の前でおぞましいものを見せられてさ〉
〈《クリワイ》に参加している以上、そういうのは覚悟しているだろうからないんじゃない? ……ないよね?〉
〈狂拳先輩は歩く精神汚染体だからなぁ……否定は出来ん〉
〈リバーノース:狂拳先輩をまるでえげつない存在のように扱うのはやめないか(ビンタ)!! 実際事実だけど!!〉
何故こうなったのかというと、私達が渓谷を目指す為に荒野を横断していた時だった。
そこでローグマンティスという巨大カマキリに襲われた女の子がいたので、私は救助(とついでにローグマンティスをバラバラに)しようと乱入。
槍を空手で習った受け流しで逸らしてから、身体全部を解体した訳だ。
もちろんドロップされたアイテムは回収済みである。
「まぁとにかく……本当に大丈夫ですか? 立てます?」
「う、うん、大丈夫……」
呆然としていたものの、その女の子ハンターがよろっと立ち上がった。
見た目の身長からして、小学高学年か中学辺りか。
お下げの銀髪と幼そうな顔つきが特徴的で、さらに薄紫色のマフラーや胸当てといった軽装を身に纏っている。概ね小動物みたいな印象だ。
……ていうか《クリワイ》って、確かC〇RO:Zだったような?
もしこの子が見た目通りの年齢だったら、色んな意味でアレなような……。
って、明らかに基準を超えていない私が買ったのだから今更か。
うん、気にしないでおこう。
「もしかして、狂拳先輩と……コユミちゃん? あの有名な配信者の……」
「その通りですが、もしかして配信見てくれてるんでしょうかね? だとしたらめっちゃ嬉しいんですが!」
「一応……何か『顔面破壊ハンター』とか『お前サッカーな!!』とか、物騒な扱いされているらしいけど。笑い方も汚いって……」
「言われてますよ、狂拳さん」
「私に聞くな」
まさかこの子に物騒扱いされるとは。
心外とまでは言わないが少し複雑だ。
「あと『靴を舐めてもいいですか?』とかも……確かコユミちゃんが言っていたような」
「ああ、紛れもなく私の台詞ですね……って、それは忘れて下さい! あれは不可抗力で言っただけでして!!」
〈まだ引きずっててワロタ(笑)〉
〈コユミちゃんは狂拳先輩の舎弟兼下僕だからなぁ。そらぁ靴を舐めたくなるわな〉
〈コユミちゃんの靴舐めプレイ、いつ実装されますか!? ぜひとも見たいのですが!!〉
「しませんてぇー!! 何で皆さん、そんなに私をおちょくるんですかぁー!!」
「…………」
コユミがリスナーをじゃれ合っている横で、女の子ハンターがじっと見つめていた。
ただ好奇心とかいうよりも、どこか複雑そうな表情にも見える。
「どうしたの?」
「いや……あの、さっきは助けてくれてありがとう……ございます。狂拳先輩がいなかったら、ボク間違いなく串刺しになってて……」
「いいよ、別にお礼なんて。それよりもこんな荒野で何してたの? ソロプレイ?」
「……そんな感じ。じゃあ、ボクはこれで……」
そう言って、女の子ハンターがよそよそと私達の元へと離れようとする。
それを止めたのは、今さっきリスナーとじゃれ合っていたコユミだった。
「ちょっと待って下さい。あなた、お名前は?」
「えっ? エリだけど……」
「じゃあエリちゃん、その方角からしてあなたは渓谷に向かっているんじゃないでしょうか? 今その渓谷には新種ドラゴンがいて、その首を狙おうとする大勢のハンターが皆殺しにされているんですが」
「知ってるけど、そのドラゴンには興味はなくて……むしろ戦闘は避けたいというか」
へぇ、それは意外。
渓谷に向かうハンターはもれなく新種ドラゴン狙いかと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。
それを聞いたコユミがエリという女の子に近付き、目線に合わせるように腰を屈めた。
「でしたら私達と一緒に行きませんか? 私達もその渓谷に用事がありますし、何なら護衛だって務めますよ」
「護衛だなんて……そんな事をしなくても……」
「大丈夫ですよ。エリちゃんのような可愛い女の子は放っておけないですし、何よりここで出会ったのも何かの縁だと思うんです。どうです? エリちゃんがよろしかったら」
〈だそうだぜ、お嬢さん。ここはコユミちゃんの好意に甘えなよ〉
〈リバーノース:お嬢さんみたいな可愛い女の子は大歓迎だぜ?〉
〈ロリ美少女……ムフフ……〉
……ヤバッ……。
コユミはともかくとして、リスナーのコメントから不審者臭がプンプンすんだが。
もし私がエリの立場だったら、嫌すぎて断っているところだよ。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「よし来ました! それなら早速、眷属さん達に乗りましょうか! 振り落とされないように気を付けて下さいね!」
ただエリの方は根負けしたのか、コユミの誘いに乗る事となった。
その子がコユミの後ろにしがみつくように眷属に乗り込んだ後、すぐさま渓谷に向けて出発する。
眷属が荒野を駆けてからしばらく経った後、私はエリに尋ねる事にした。
「確かアンタ、新種ドラゴン目当てで渓谷に向かっている訳じゃないって言ったよね? そこに何があんの?」
「……えっと、そこにはどのフィールドにも生えていない珍しい果物があるって、そう情報屋から聞いた事がある。だからその果物を採取しようって向かってたら、ローグマンティスってクリーチャーに襲われて……」
「果物ねぇ。それを《ビルド》して回復薬にするとか?」
「ううん……実際に味わって食レポする。そういう内容の配信をしてるから」
「えっ、エリちゃんも配信者なんですか!? 私達よりも年下っぽいのに偉いですね!」
同じ配信者だからか、かなりがっつくコユミ。
それでエリがビクッとしながらも、ぎこちなく頷く。
「う、うん……まだ初めて間もないけど。だからまだ同接0人で……凄く伸び悩んでて」
「ああなるほど……配信は滅茶苦茶多いので、初心者の方のものが埋もれがちになるんですよね。配信あるあるです」
〈こんな可愛くて同接0人とか嘘やろ……〉
〈まぁ、宣伝とか配信回数とかで人気が左右するからな……配信の闇というやつだよ〉
〈それで消えていった好きな配信者がどれほどいた事か……アカン、思い出したら涙が……〉
伸び悩んでいるね……。
だからコユミとリスナーを複雑そうな顔で見ていたのか。
私は配信にあまり興味ないが、同接0人は確かにしょげてもおかしくはない。
空手を習っていた時でも、実力がどうたらで酷く悩んでいた同年代とかいたっけ。
「ボク、狂拳先輩やコユミちゃんほどの人気ないから……。だから果物の食レポで反応なかったら、配信やめようかなって……。でもそうしたら何か後悔しそうで……」
「どうしても配信を続けたいんですね?」
「……まぁ……配信が好きだから」
「なるほどですね。とにかく続けたい理由があるんでしたら、私はやめるべきではないと思うんですよ。『やめて後悔する』より『やって後悔する』。エリちゃんは始めたばかりですから、まだまだチャンスはありますって」
「それはそうだけど……。でもボクにはコネが……」
「あるじゃないですか。今ここにコネが」
「えっ?」
うつむいていたエリがコユミへと顔を上げる。
対してニッコリ微笑むコユミ。
「今、あなたは数十万のリスナーに見られてるんです。現地で食レポを披露すれば、その分ファンになってくれる方が出てくるはずです。配信者を引退するかしないかは、その食レポの後に考えてもいいんじゃないでしょうか?」
「……でも、コユミちゃんにも配信の仕事が……」
「今回は渓谷の新種ドラゴンと戦う事くらいですから、心配いりませんよ。その後に、いつでも食レポをやっても問題ないですし」
〈リバーノース:コユミちゃんの言う通りだ。その食レポとやらを拝見してもらいたいものだし、何よりエリちゃんめっちゃ可愛いしな〉
〈確かに。俺もエリちゃんの食レポ見てみたい〉
〈今エリちゃんの配信見つけたから、コユミちゃんのと同時視聴する事にしたよ! 登録も済ましといたぜ!〉
〈俺も同時視聴する事にしますた! これからもよろしくね、エリちゃん!〉
「ほらっ、リスナーさんもこう言っている事ですし。お互い配信者同士、頑張っていきましょうよ」
「……コユミちゃん……」
……なるほど。
コユミも配信者だから、配信者の気持ちがよく分かるんだ。
同業者を見下す事も哀れむ事もせず、ただただ心身に寄り添っている。
それがコユミの良いところなんだろう。
そういうのがない私からすれば、実にリスペクトすべき点でもある。
そりゃあ、同接や登録が万以上いく訳だ。
まぁ、それはそれとしてだ。
ちょくちょくコメントで見る『リバーノース』という名前。
私の記憶が正しければ……、
『コユミちゃんの配信に参加してコメントしてます!! 「リバーノース」って名前でして!!』
私の記憶が正しければ、それカワセンのネームじゃねぇか!!
名前を覚えていなかったら、ただのオタクにしか見えなかったぞ!?
それくらい馴染んでいたからな!?
仮にもアンタ教師なのに、お嬢さんみたいな可愛い女の子とかエリちゃんめっちゃ可愛いとか言っていいのか!?
恩師のロリコン的な姿を見せられて、私はどういった反応すればいいんだ!?
「あれ、どうしました狂拳さん? 頭を抱えて」
「いや……何でも……」
〈リバーノース:何か考え事してるとか? にしてもエリちゃん可愛いなぁ。ぜひとも推しにしたいし登録しておこっと♡〉
クソが!! 恩師のハートマークとか見たくなかったよ!!
せめて知らない振りをしなければ……戦闘に集中出来る気がしないぞこれ!!
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