第32話 VSオーガ

 ――グウウウウウウウウ……。


 ついに姿を現した新種ドラゴン――オーガは、まるで獲物を狙う眼光で私を睨み続けていた。

 しきりに出す唸り声が、この静かな渓谷に響き渡る。

 

〈オーガ? コイツ鬼なのか?〉

〈いやドラゴンじゃないのか? ブタゴリラにオークって名付けられるくらいだし、《クリワイ》のネーミングがちょっと変わってんだろ〉

〈見た目そんなに大きくないな。前に狂拳先輩が殺ったタラスクよりも全然小さいじゃん〉

〈ドラゴンというか、体型からしてドラゴニュートって感じ〉


 コメントが流れている様子が見て取れるが、私にはそれを気にする余裕はなかった。


 感じるのだ。

 コイツからプンプン漂ってくる、ただ者ではない覇気のようなものを。


 空手をやっていたせいか、そういう強者の雰囲気というものが漠然と感じる事がある。

 コイツは間違いなく……タラスク以上の存在かもしれない。


〈まぁ、狂拳先輩なら一撃だろ!! 先輩、殺っちゃって下さい!!〉

〈殺っちゃって下せぇ!!〉

虐殺クリーク!! 虐殺クリーク!! 虐殺クリーク!!〉


「うっとおしい。悪いけど少し黙ってろ」


〈ヒイイイイイ!!〉

〈ご、ごめんなさい!!!〉

〈すいやせんでしたぁ!!〉


「いやいや、リスナーさんに黙ってろはさすがにアカンでしょう……」


 私は呆れるコユミへと声をかける。

 振り向く余裕はないので、オーガから視線を外さないままでだ。


「コユミはエリを頼む。コイツは私1人でバトるよ」


「もしかして……結構ヤバい展開?」


「結構ヤバい展開」


 そう話をしている間、低く構えをとるオーガ。


 もう体勢からして、そんじょそこらの敵とは違う。

 とかそんな事を思った瞬間、奴が身体をバネにして接近してきた。


 ――オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオ!!!

 

「ッ!」


 指に生え揃った刃如き鉤爪が振るわれてくる。


 私が咄嗟に避けた後、通りすぎていったオーガが急停止しつつジャンプ。近くの崖に引っかかった。


 すぐに崖を蹴り私に飛びかかってくるので、それもまた回避。

 すると奴が再びジャンプし、別の崖に引っかかる。


 まるで地形をうまく利用しているかのようだ。

 しかもその速さは、従来のクリーチャーの比ではない。


〈速っ!!? 画面が追い付いていないんだけど!!?〉

〈今までのクリーチャーで、こんなスピード出た奴いなかったぞ!!〉

〈これもしかして……相当ヤバい奴!?〉

〈リバーノース:気付くのが遅いな、舎弟の同志よ。俺は戦う前から、コイツのヤバさを肌で感じたものだ。コイツは紛れもなく強敵だよ〉

〈何か偉そうな事を言ってる人がいるんだけど……〉

〈イタいだけだろ、ほっとけほっとけ〉

〈リバーノース:酷い……(泣)〉


 タラスク以上の殺し合いになるとは言ったものの、これは予想外だ。


 となると今まで通り遊んでいられないな。

 高笑いなんてする余裕はないかも。


 ――オ゛オオオオオオオオ!!!

 

 崖に引っかかっていたオーガが再び飛びかかり、鉤爪を振るってくる。


 私はそれを避けてから拳を振るうも、オーガが後ろに飛んでかわしてしまう。

 そのまま距離を離しながら対峙する私達。


〈あー、今当たりそうだったのになぁ!!〉

〈いやいや、こんなにも速いんだからしょうがないって〉

〈ていうか、このクリーチャーの速さを見抜いているっぽい狂拳先輩ヤバくね?〉

〈確かに……普通攻撃喰らっておかしくないのに、かわしてるとかチートじゃん……〉

〈狂拳先輩、ほんと何者なんだ……?〉


 ――ハァアアアア……。


 吐息をこぼしながら目を細めるオーガ。


 コイツ、やる。

 今まで相手をしてきたクリーチャー、ひいては現実の空手経験者よりもはるかに強い。


 多くのハンターがなす術もなく返り討ちされたのも、当然と言うべきか。


 ――グオオオオオオオオオオオ!!


 でも、もう

 迫り来るオーガの攻撃に対して、私はさっきまでのように回避行動を取らなかった。

 

 逆にその腕を払って、勢いを受け流したのだ。


〈〈〈おおおおお!!?〉〉〉


 そして受け流した事で、オーガの腹が目の前に来る。

 

 これを私が見逃すはずもなく、すかさず正拳突きを一発!

 オーガの腹に拳がめり込み、奴をのけぞらせる!


 ――グオオ!!?


 そうして後方へと吹っ飛ぶオーガ。

 すぐに地面に着地したものの、それなりに効いたのか腹を押さえてうめいている。


〈うおおおおおおお!! ついにオーガに一撃加えた!!〉

〈しかもオーガの攻撃を受け流すとか、すげええええええ!!〉

〈普通に盾で防御するよりも相当ムズイだろ……よく出来たな……〉

〈つうかあれだろ!? オーガのスピードに付いてこれるようになったって事だろ!? チートじゃんマジで!!〉

〈リバーノース:ついに極めたようだな。ああやって攻撃を受け流す事で、回避よりもすんなり反撃を入れやすい。そしてそれを実現させる為に、戦闘中にオーガの速さに順応していった。狂拳先輩……さすが俺が見込んだ女だ〉

〈だから何でお前は偉そうにしてんだ!!〉

〈イタい奴は引っ込めー!!〉

〈リバーノース:だから酷いって……(泣)〉


 そういえば、カワセンとの組み手もこんな感じだったなぁ。


 寸止めといえ目にも止まらない速さで技を繰り出してきて、それを回避したり受け流したりするやつ。

 同級生が「こんなのかわせないよー!!」って嘆いていたが、私は必死に食い付いて技を見極めたっけか。


 オーガとの戦闘は、まさにその状況と一緒なのだ。


「狂拳先輩……すごい……」


「ええ……私でもああ出来るか自信ないですよ……」


 ――グウルウウウウウウ……。


 2人の声が聞こえたかと思えば、オーガの唸り声ですぐかき消されてしまう。


 形相が歪んでいるので相当お怒りらしい。 

 よほど攻撃を入れられた事自体がご立腹か。


 もっとも、それでビビるなんてアホな事はしないけどね。

 やっと勘が戻ってきた事だし、ここから楽しんでいけるはずだ。


「アンタ相手に《暴甲龍の衝撃波》を使うまでもないな。遠慮しないでかかってきなよ」


〈……狂拳先輩カッコいい……キュンとしちゃった♡〉

〈狂拳先輩……♡(トゥンク)〉

〈私、女性なのに狂拳にときめいちゃいました。責任取って下さい〉

〈リバーノース:狂拳先輩なら抱かれてもいい……♡♡〉


「…………」


 ヤベェ……チラッとカワセンのコメントを見ちゃったよ。

 全身から悪寒が……いや落ち着け落ち着け……目の前に敵がいるんだから集中しないと……。


 ――オ゛オ゛オオオオアアアアアア!!!


 一方でオーガが尻尾を大きく振り上げ、地面へと叩き付けた。


 それによって地面が畳返しのように宙に跳ね上がったが、何とオーガがそれに飛び乗って蹴り上げる。

 奴は宙に浮いた地面を使って、私に接近したのだ。何てトリッキーな。


 ――オ゛オ゛オオオオンン!!!


 オーガが身体を宙回転させ、尻尾を鞭のようにしならせてくる。

 

 これはさすがに受け流せないので回避行動をすると、尻尾がさっきいた場所を叩き割ってしまう。


 そこからすかさず着地し、肩の棘によるショルダータックルをしてくるオーガ。

 対し私はその棘を受け流し、肩に膝蹴りを叩き込む!



 ボキッ!!



 ――ガアアアアアアアアア!!


 そんで脱臼した肩を押さえている隙に、腹部に再びクリーンヒット!

 オーガの口から、うめき声と血反吐がほとばしる!


 ――グウアアアアアアア!!


「ハハッ、良いねぇ良いねぇ! やっとお前の悲鳴が聞けたよ!!」


 私は満足感からそう叫んでいた。

 最初コイツの強さには圧倒されてしまったが、慣れてしまえばこっちのもんってやつだ。


 このまま一気に奴をぶっ殺しておこう!!


〈おおおお!! どんどん押しているぞ!!〉

〈一方的にやられた例の切り抜きとは大違いだな!!〉

〈やれぇ!! 行けぇ!!〉

〈狂拳先輩やっちまええええええ!!!〉


 ――ガアアアアアアアアア!!!


 血を吐きながら怒りの遠吠えをしたオーガだが、そのまま襲いかからずに崖へと飛び移った。

 

 しかもその崖から反対側の崖へと、その反対側の崖から私の背後へといった感じに、不規則に飛んでいく。


 どこから攻撃を加えるのか分からなくなるようにしているようだ。

 現に目で追うのもままならなくて、視界から奴が消えるというのがザラだ。


〈うわうわうわ……!! オーガがぐるぐる狂拳先輩の周り飛んでやがる……!!〉

〈大丈夫かな、狂拳先輩……〉


「……スゥ……」


 私はというと、オーガを目で追うのはやめた。

 あんまりキョロキョロしていると、かえって無防備になるからだ。


 こうなりゃあ、一か八かだな。


 そう思いながら目を閉じて、一切の動きをなくす。

 暗闇の中で音が響くという、奇しくもダイブする前に見た動画と同じ状況だ。


 

 ダッ……! ダッ……! ダッ……!


 

 奴の移動する音が聞こえてくる。

 まだこちらには接近していないようだ。


 いつ来てもいいように全神経を集中させて。

 いつでも攻撃出来るよう足に力を込めて。



 ダン……!!



 後ろにいる!

 今だ!!


「ハアアアアアアアアア!!」


 ――オ゛オ゛オオオオオオオンンン!!


 私が回し蹴りを繰り出せば、予想通りオーガが迫ってきている。


 私の足と奴の爪。

 先に相手に届いたのは……




 私だった。


 ――ガアアアアア!!?

 

 回し蹴りがオーガの顔面に直撃し、片方の角を折ってみせた。


 そしてそのまま奴が吹っ飛び、奥にあった崖に激突。

 瓦礫の中に紛れたソイツは、満身創痍だったのかもう動かなくなっていった。

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