第31話 ついに渓谷へ

「……着きましたね。あれが目的の渓谷です」


 コユミがそう言った後、私達を乗せた眷属が停止した。


 前方において、切り立った巨大な谷のようなものが存在する。

 あれがいわゆる渓谷であるらしく、写真でしかそういったのを見た事がなかった私は少し興味を抱いていた。


「何か外国にこういうのありそうだよね」


「これからヤバいクリーチャーに会うってのに緊張感ゼロですね。とにかくここから慎重に行きたいので、徒歩にしたいと思います」


 コユミが眷属を消した後、おもむろにエリに振り向く。


「ところでエリちゃん、差し支えなかったら防具と武器を教えてくれませんか? 性能を把握しておきたいので」


「うん……まず防具は《フライモス》ってクリーチャーから作った《フライモスファッション》。着るとスピードが速くなる。それで武器は《ダークダガー》。ダークリザードの牙から作った」


 エリの手元から、そのダークダガーという武器が出現する。

 

 逆手持ちの黒い短剣といった見た目で、特に目新しいところはない。


 そもそもダークリザードは以前に倒した事があるので、そこまで珍しい武器って訳ではないのだろう。

 コユミと違って武器強化に勤しんでいないのがよく分かる。


「食レポが目的だから、あくまでダガーは自衛目的。基本クリーチャーに出会ったら、ネンチャクダマとかエンマクダマとかで止めてから逃げてる」


「なるほど。でしたら戦闘は私達に任せて下さい。私達が責任もって、その果物のところまでお守りしますんで。狂拳さんもそれでいいですよね?」


「私としてはクリーチャーとバトれば文句はないけど。という事でよろしく」


「…………」


 一応軽く挨拶しようと思ったのだが、何故か目を逸らしてしまうエリ。

 何か怯えているようにも見えるが……。


「どうしました、エリちゃん?」


「……さっきの狂拳先輩の虐殺が目に焼き付いてて。失礼なのは分かっているけど」


「言われてますよ、狂拳さん」


「だから私に聞くなって。まぁ、確かに怖くなるのはしょうがないし、戦闘になった場合は目をつぶった方がいいよ。コユミの後ろに隠れたりとかさ」


「……うん、なるべくそうする」 


「悪く思わないでね。ただこれだけは言うけど、私も可能な限りアンタの事は守るよ。私の横で死なれても寝覚めが悪いしね。それだけは約束するからさ」


 そう言って、エリの頭にポンと手を置いた。

 自分なりに筋を通す為の行為だったが、何故かキョトンとしながらエリが見上げてくる。


「…………」


「何?」


「……さっきのはごめん。こんなにも狂拳先輩が優しかったなんて……」


「そう? 別に優しいとかじゃ……」


「コユミちゃんが靴を舐めたいって言ったの分かる気がする……」


「いや何でよ」


 照れ顔をしながら何言ってんだ、この子は。

 

 どうして誰も彼もが靴を舐めたがるんだ、ほんと。

 配信界隈ではそういうワードが流行でもしてんのか?


〈まさかエリちゃんからも言われるとは……狂拳先輩恐るべし!!〉

〈靴舐め発言キター!!〉

〈キマシタワー!!〉

〈堕ちたね……ムフフ……〉

〈リバーノース:狂拳先輩×エリちゃん……てぇてぇ……しゅき♡〉


 そんでカワセン……アンタはなんつーコメントを打っているんだ!!


 私の顧問だった時のカワセンは、厳格で面倒見がよかった人格者だったぞ!?


 そんな恩師がてぇてぇとかしゅきとか書いててさ、私はどんな顔すればいいんだ!? 

「笑えばいいと思うよ」ってか!?


「狂拳先輩、顔をしかめてる……どうしたの?」


「……あっ? ああいや、とりあえずそろそろ渓谷に……ってコユミ、何で頭抱えてるの?」


「……いやぁ……まさかエリちゃんからも靴舐め発言出るなんてと……恥ずかしくて恥ずかしくて……」


「「…………」」


 頭から煙が出そうなコユミを、私とエリが何とも言えない目をしながら眺めていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 コユミが悶々から立ち直った後、すぐさま私達は渓谷へと足を踏み入れた。

  

 今、私達がいる地点は深く切り立った崖の真下そのものだ。

 その先を進んでいくにつれて、私達はあるものを発見する。


「落とし物がいっぱいありますね……」


 鎧、剣、食べ物、回復薬、そして何かしらの用途があるらしきアイテム。

 それらのハンターが持っていただろう所持品が、この渓谷に散乱していたのだ。

 

 何回も言っているが、ハンターは殺された際にペナルティとして装備や所持品を落としてしまう。

 どれほど新種ドラゴンに殺されたのか、この所持品の数を見れば容易に想像がつく。


「これ全部ハンターのでしょ。相当やられてんじゃん」


「でしょうね。それに……」


 ――キュウオオオオ!!!


 頭上から甲高い鳴き声が発したと同時に、コユミがフェンリルケインを振るった。

 襲いかかった張本人の首が刃で裂かれ、胴体もろともゴロゴロ転がっていく。


「この通り、ハンターの落とし物を食べる《スカベンジャーホーク》もいる訳ですし。十中八九おこぼれ狙いでしょう」

 

「名前まんまじゃん」


 襲いかかってきたのは、人間より一回り大きい怪鳥だった。


 よくよく見れば、所持品を食べるのに夢中で私達に気付いていない奴がいたり、上空にソイツらしき影が複数飛んでいたりしている。

 特に気にならないものの、人によってはおぞましい光景かもしれない。


「エリちゃん、大丈夫ですか? 怖いとかあります?」


「ううん……それよりも本当にありがとう。ボクの為にここまでしてくれて……」


「いえいえ、どうって事ないですよ。とにかく先に、新種ドラゴンを倒して安全を……」


「いや待った」


 コユミの言葉を私がさえぎる。

 理由は、目の前から何かが走って来るからだ。


「ハァハァハァハァ……!! 逃げないと……逃げないと……!!」


 日差しがあるので、すぐに正体が判明。

 なんて事のない、ただの男性ハンターだ。


 ただその身に纏っている鎧がボロボロで、怪我でもしているのか片腕を抑えている様子。


「ハァ……ハァ……ヒィ!! 嘘だろ、もうこんなところまで!! どうして俺の事を付きまとって来るんだ、化け物!!」


「化け物? コユミどう思う?」


「恐らく襲われた恐怖で錯乱して、私達をドラゴンだって思っているんでしょう。リスポーンかログアウトをすれば、すぐに正気を取り戻せますが」


「や、やめろ!! もう俺は戦いたくないんだ!! 見逃してくれよぉ!!」


 その男性ハンターが、ガンキマリな目をしながら剣を差し向けて来た。

 なるほど、これは正気じゃない。


「どぉどぉ、落ち着いて下さい。私達は敵じゃないですって、どぉどぉ」


「馬かっつうの」


「そっちが殺る気なら……!! うおおおおおおおお!!!」


 もはや説得の余地がないのか、襲いかかってくる男性ハンター。


 全く……仕方がない。

 私は護衛を果たす為に接近しつつ、差し向けられてきた剣を蹴り落とす。


「なっ!? グワッ!!」


 そんで、男性ハンターの頭部目掛けて裏拳。

 手加減はしてやったので、そのまま吹っ飛ばされて倒れるだけだ。


〈狂拳先輩の裏拳!! ありがとうございます!!〉

〈ありがとうございます!!〉

〈ブヒィ!! ありがとうございます!!〉

〈キャー♡♡ ありがとうございまーす♡♡♡〉

〈リバーノース:ありがとうございます!! ブヒヒン!!〉


 ……リスナーさん方、何で裏拳を受けていないアンタらがありがとうございますとか言ってんだ?

 

 あとカワセンはもう諦めた。

 アレはただのキモいリスナー。そういう事にしよう。


「く、くそっ!! 俺の事おちょくってんのか、化け物め!!」 


「ちっ、正気に戻らないか。本気でやらないと駄目かも」


「上等だ!! こうなりゃ、リスポーンされるまで戦って……」


 男性ハンターが立ち上がろうとした……その時だった。

 何かが上から降ってきて、男性のすぐ横に着地したのだ。


「えっ、ヒッ……」


 男性が見上げた先にいるのは、紛れもなくクリーチャー。


 頭部の側面と鼻先に、鋭い角を生やした爬虫類状の頭部。

 両肩には棘があり、逆に背中にはズラリと並んだ背ビレ。


 褐色の体表に覆われた筋肉質な体つきに、後部の長い尻尾。

 そして私達人間の2倍ほどの身長。ドラゴンと言うか……竜人?


「う、うわあああああああああ!!!」


 そのクリーチャーを目の当たりして、全力疾走で逃げ始める男性ハンター。


 しかしクリーチャーが俊敏な速さで男性に接近し、鋭い爪で男性を掻っ切る。

 男性は悲鳴を上げずにして消滅していった。


 ――グルルルルウ……。


 そして「次はお前らだ」とばかりに、クリーチャーが私達へと振り返る。

 その目には敵意の感情がギラギラだ。


「……どうやら、目的のドラゴンはコイツのようだね」


 確信を持った私は、戦闘の構えをとる。


《オーガ》。

 それがこのクリーチャーの名前だ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 オーガの外見モチーフは、ウルトラマンにおいて有名な怪獣ゴモラです。

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