第33話 その時、スペシャルな事が起こった
『いいか辻森。空手の真髄……言わば真の空手において必要なのは「心の目」だ。視界に頼るのではなく、心の目で相手の攻撃を見抜き、その隙を突く。ぜひともお前には、その心の目を習得してほしいんだ』
カワセンから空手を習っていた時、あの人にそう言われた事があったのだ。
たかが1生徒にそんな事を習わせる必要がある? とは思ったものの、カワセンがどうしても言うので渋々引き受けたものだ。
で、結局その心の目は宝の持ち腐れにはなったが、まさかこんなところで使うとは。
カワセンは生死を分けた戦いでも想定していただろうか?
……まぁそれはさすがにないか、多分。
――……ウゥ……。
それはともかく、オーガが崖に寄りかかりながらぐったりとしていた。
完全に戦意は失っている。
つまりこの戦いは、私の勝ちだ。
〈……うおおおおおおお!! 今の見た!!? 今の見た!!?〉
〈目をつぶったのにオーガに蹴りを入れたぞ!!? 心眼でも持っているのか!!〉
〈そういうスキル的な心眼ならまだしも、これ素だよな多分……。すげぇなんてもんじゃないぞ!!?〉
〈常連は知っていると思うが、この人のスキルってタラスクのやつだけだからな……。しかもスキルなしで完封とかマジ化けもん……〉
〈先輩カッケエエエエエエエ!! あんなカウンター、誰にも真似出来ねぇだろ!!〉
〈やっぱ最強だな、狂拳先輩!!〉
〈狂拳!! 狂拳!! 狂拳!! 狂拳!! 狂拳!!〉
「さてと、トドメ刺すか」
〈まさかの賞賛コメガン無視!!?〉
〈コユミちゃんでも「皆さんの声援のおかげです!」とか言うのにwww〉
〈まぁ、こういう人だからなぁ……予想は付いていたけど〉
〈リバーノース:全く、お前達は分かっていないな。狂拳先輩にとっては、俺達など勝手にわめいているギャラリーで、先輩は別にギャラリーを盛り上がらせる為に戦闘している訳じゃない。そこが配信者との大きな違いで、彼女の強みでもあるんだ〉
〈相変わらず先輩を知ったような口ぶりが気になるけど、この人の言う通りかもな〉
〈鼻に付くけどね〉
私は満身創痍のオーガへと近付いていった。
オーガは抵抗はおろか動き1つも見せてこない。
もう覚悟は出来ているという事か。獣にしちゃ潔い奴。
「こうするのもハンターの務めだからね。悪く思わな……ん?」
最後まで言おうとした時だった。
そのオーガが、急にふらりと立ち上がったのだ。
まだ戦う気力でもあるのかと思いきや、何故かオーガがじっと私を見つめてきて、さらにガクッと膝を付き始まる。
これ……もしかして
「コユミ、何なのか分かる?」
「いえ……クリーチャーがそんな事をするのは初めて……って狂拳さん! オーガ! オーガの身体が!」
「えっ?」
コユミからオーガに振り向くと、何とソイツの身体が光り出したのだ。
しかも粒子状に分解して、あろう事か私の身体へと吸い込まれていく。
そうしてオーガが跡形もなく消えてしまい、粒子も完全に私と同化してしまった。
〈……え? え? オーガが狂拳先輩に吸収された?〉
〈……吸収された……ね?〉
〈……えええええええ!? こんなの見た事ないぞ!? 何がどうなってんの!?〉
〈オーガ「狂拳先輩の中あったかいナリィ……」〉
〈↑そう言ってる場合じゃないだろ!? 噴きそうになったけどさ!!〉
「大丈夫ですか、狂拳さん!? 変なところとかあります!?」
「あっうん、特に変わったところは……多分だけど」
すぐに身体を確認するも、特にこれといった異常は見当たらない。
何が起こったのか怪訝に思ったものの、そこに何故か説明ウインドウが出てきた。
『《オーガ》があなたの実力を認め、自身の全てをスキルとして差し出しました』
・《獣身一体》
『尋常ではない身体能力を発揮する、指からエネルギー状の爪を放出するなど、《オーガ》のアビリティをそのまま実現させる事が可能な《スペシャルスキル》。魔石から得られる《ユニークスキル》とは一線を画している』
「……コユミ、スペシャルスキルって何?」
「えっ、スペシャル……? いや聞いた事は……」
〈スペシャルスキル? 何じゃそりゃ?〉
〈ユニークスキルとは別物なのか?〉
〈というかクリーチャーが粒子化してスキル獲得って、聞いた事も見た事ないんだが……。一体何があったってばよ……〉
〈こっちが聞きたいわ……〉
〈何か色々とありすぎて脳が沸騰しそうだ……〉
コユミもリスナーも知らないと……エリも言わずもがなだろう。
……にしても、オーガのアビリティそのままか。
アイツは俊敏に崖とか伝っていたが、まさか私にも同じ事が出来たり?
――ギャアア!! ギャアアア!!
その時、1体のスカベンジャーホークが私に向かい、鋭い嘴を向けてきた。
私が避けると上空へと飛び上がるが……アイツを練習台にしてみるの手か。
牽制のつもりだったとはいえ、私に襲いかかってきたのだから反撃してもいいだろうし。
「ちょっとスキルを試してみるわ」
「えっ、試すって……あっ、狂拳さん!」
私はある事を試す為、崖へと向かっていった。
どうせ無理だろうという疑寄りの半信半疑だったのだが、いざ地面を蹴ってみると、
「えっ!?」
「えっ?」
「はっ?」
コユミやエリはもちろんの事、私ですら驚いてしまう。
ジャンプした途端、オーガよろしく高く飛び上がったからだ。
〈〈〈ファッ!!?〉〉〉
さらに目の前の崖をも蹴れば、またたく間に上空のスカベンジャーホークへと接近してしまう。
……すげぇ、マジでこんなにもジャンプ出来るとか。
そんで確か「指からエネルギー状の爪を放出する」だったっけか。
その通りに手を振ってみると、何と本当にエネルギーの爪が出てきて、スカベンジャーホークを泣き別れにしてしまったのだ。
――ギャアアアアアア!!
〈〈〈ファアアッ!!?〉〉〉
そのまま私は、真っ二つになったスカベンジャーホークと共に着地。
しばし自分の手を見ていたが、そこにコユミとエリが駆け込んできた。
「狂拳さん、さっきの一体何なんだったんですか!? いや確かにプレイ中には身体能力上がりますけど、いくら何でも限度ありますって!!」
「今さっきの狂拳先輩、オーガみたいだった……。もしかしてアイツが入り込んだ事と関係あるの……?」
「多分……一応、オーガのアビリティを獲得したって説明があったけど」
〈オーガのアビリティって、要はアイツと同じ事が出来るの!?〉
〈うわぁヤベェ!! ちょーヤベェ!!〉
〈いつの間にか、後ろを取られたってあってもおかしくないよな……〉
〈いないと思うけど、狂拳先輩に喧嘩売ろうと思っている奴はやめた方がいいぞ!! 絶対に返り討ちに遭うって!!〉
〈リバーノース:未だにスペシャルスキルの意味は分からんが、とりあえずヤバいってのは分かった。まさに鬼に金棒だな〉
確かにこのスキル、めっちゃ限度がありすぎだ。
以前獲得したユニークスキルに対してはテンションが上がったが、こちらは圧倒というか唖然が浮かんでくる。
……でもまぁ、獲得したのならアレコレ考えても仕方ないか。
慣れてしまえばこっちのもんだし、追々使い方をマスターしておこう。
「……しかしこれって……」
「ん、何コユミ?」
「いえ……ただでさえクリーチャーじみていた狂拳さんが、完全にクリーチャーになっちゃったなぁって……。失礼な発言で申し訳ないんですが……」
〈わざわざ失礼とか言ってる時点で、失礼に思っていない件〉
〈コユミちゃんが、俺達の思った事を代弁してくれた件〉
〈挙動がクリーチャーだもんな。今後、強力なクリーチャーが出てきたら「バケモンにはバケモンぶつけんだよ!!」ってな感じになりそう〉
〈リバーノース:コイツ人間じゃねぇ!!〉
「…………」
何か不当なレッテルを張られているような。
そんなに化け物じみていただろうか、自分って?
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