第21話 交渉は計画的に

「いやぁ、拠点に着いたらそうなるだろうなぁと思いましたけど、やっぱり狂拳さんかなりの人気者ですね!」


「分かってて連れて来たんかアンタは……。こちとら女の子とかにキャーキャー言われて、めっちゃ疲れたんだけど……」


「女性はカッコいい同性に憧れるものですよ。リアルとかで経験ないですか?」


「経験ねぇ……経験に入るのか知らんけど、長距離走やっている時に後輩の女子がちょくちょく見に来る事があったような」


「めっちゃあるじゃないですか。狂拳さん、同性にモテていると思いますよ? 現に今でも女性の目線が凄いですし」


 コユミが向いている方を見ると、女性ハンターが遠巻きにこちらを眺めているようだ。

 しかも頬を赤らんでいて……そういうのは男のアイドルにすべきじゃないかな? 


「私が人気なのかどうかは知らないけど、クリーチャーとバトればそれで十分だわ。その為に《クリワイ》をやってるんだし」


「ほんとそういうのに興味ないんですねぇ。てかもう焼けているみたいですし、いただきましょうか」


「ああうん」


 たわいもない話をしている内に、ようやく頃合いになったらしい。

 

 焚火ポイントで焼いたオークの肉……とコユミが差し入れしてくれたゲンキノコだ。

 何でもゲンキノコを直で食べると美味しいというので、それをオークの肉と共に串に刺して焼いていたのだ(なお、串はオークの肉を取り出す時に何故か出て来た)。


 ほどよく焦げ目が付いたオークの肉とゲンキノコ……結構美味そうだな。


「いただきます。……あっ、うまっ。うん、美味いな」


 いや実際に美味いわコレ。


 噛むたびに出てくるオークの肉汁と脂。そしてこの香ばしさ。

 そこにゲンキノコの歯応えが加わってめっちゃ美味。VRの中で食べているとは思えないな。


「美味いですよね、ほんと! 私、このオークの肉が大好物なんです!」


〈モグモグ食べるコユミちゃんかあいい〉

〈分かる。めっちゃ推し〉

〈僭越ながらスクショしてもよかですか?〉


「どうぞどうぞ! こんなみっともない顔でよければですが!」


 コユミもまた、オークの肉とゲンキノコをハムハム食べている。

 頬が膨らんでいて、まるでハムスターみたいだ。


「それよりも情報収集の為にここ来たんだよね。具体的にどうやんの?」


「おっ、よくぞ聞きました。狂拳さんは《情報屋》というのはご存知で?」


「情報屋? 確か《クリワイ》を調べた時に見たような気がするけど……」


「情報屋というのは、まだネットに挙げられていない情報を掴んでいる人達の事です。元々情報を集めるハンターが前身で、そんな事をしている内に共通の目的を持った仲間が増えていって、情報共有をしているらしいんです。今じゃあ、拠点に必ず1人いるんですよ」


「ふーん、そんなのがいるんだ」


「『新しいネタは情報屋に聞け』と言われているくらいには信用度がありますね。もっともがめついところがあるので、上手くいく保証はないんですが」

 

「がめつい?」


「出会えば分かりますよ。とにかく肉を食べ終わったら、その人を探しに行きましょうか」


 オークの肉とゲンキノコを完食した後、すぐに情報屋を探す事にした。


 その間、色んなハンターが見えてくるが、一方でこういうVR世界にありがちなNPCはいない。

 未知の大陸が舞台だからそういうキャラは配置されていないとは聞いたが、いないのは少し奇妙にすら思える。


 それよりも情報屋にはがあるので、一目見ればすぐに分かるという。

 集まっている群衆の中を入り込んだりテントの中を入り込んだりしながら探し続けた結果、コユミが不意に足を止めた。


「赤いバンダナ……いました、あれが情報屋です」


 彼女が指差すのは、木箱の上にドカッと座り込んだ壮年の男性ハンター。


 頭頂部には赤いバンダナが巻き付けられているが、あれが情報屋の証であるという。

 すぐにその人の方に向かった後、コユミが話しかけていった。


「コホン……こんにちでーす! 新しい情報を聞きに参りましたー!」


「ん? ああ……誰かと思えば、あの有名なコユミちゃんじゃねぇか。それに《紅蓮の狂拳》までも」


「常時コラボしていますからね。それよりも新しいネタというのはありますでしょうか?」


「なくはないな。アンタらには……そうだなぁ、仲間が発見したという新種のクリーチャーが適任だな。未だハンターとの戦闘経歴がないんだそうだ」


 誰も見た事がない新種のクリーチャー……そりゃあ興味があるな。


「コユミ」


「はい! ぜひともその話を……」


「ただし……分かっているよな? こっちも商売なんだから、くれる物をくれないと」


 手でクイクイと手招きをする情報屋。

 

 さっき言ったように《クリワイ》では貨幣が存在しないので、クリーチャーの素材をよこせって事だろう。

 なるほど、コユミの言っていたがめつい云々はこういう事らしい。


「そう来ますか。それでは……この《邪獄蛇の牙》は?」


「んー……もう一声だな」


「でしたら、フェンリルケインを作る際に余った《白牙狼の毛皮》を」


「もう一声!」


「じゃあ、フェンリルの近くにあった《ミスリル》を!」


「駄目だね、もう一声!!」


「んー困りましたねー。中々首を縦に振らないとは」


「この情報はちっと高いもんでな、強大なクリーチャーの素材を交渉材料にしときゃいいって訳じゃねぇのさ。そもそもアンタの同接で一瞬で拡散するんだから、当然の値段ってもんだ」


「んぐ……それはそうなんですが……」


〈あー、確かに俺達には筒抜けだしね〉

〈情報屋もそれが分かっていて、簡単に情報を渡さないからなぁ。ほんとアコギな商売するもんだよ〉


「金も払わねぇで情報を流すお前らに言われたくねぇわ!! とにかく交渉が難航している事だし、ここは手を貸した方がいいんじゃねぇのか? 狂拳さんよ」


 と言って、私を促してくる情報屋。


 確かにコユミと一緒にいる事だし、それくらいの事はして当然か。

 私は交渉材料になりそうな素材を取り出し、情報屋に渡そうとした。


「交渉に使えるのか分からないけど、こんなんでよければあげるよ」


「……はっ?」


「……えっ? ……狂拳さん、それって……」


「前にタラスクを倒した時に出た《暴甲龍の魔石》。コユミも見てたじゃん。どうせ拳1つだけで戦えるから売ってしまおうかなって」


「いやいやいやいやいやいやいやいや!!! 《暴甲龍の魔石》ってアカンでしょういくら何でも!! そんなスキルを獲得出来る貴重の中の貴重品を渡すなんてどうかしてますって!!」


「ホントだぜ!! バカかアンタは!! さすがにがめついとかアコギとか言われる情報屋の俺でも躊躇するわこんなの!! 他のにしろ他のに!!!」


 うわっ、バカって言われたわ。

 いらないから渡そうかなぁって思ったのだが、ここまで猛反対されたらやめといた方がいいか。


「じゃあ《暴甲龍の鎧甲》とか《暴甲龍の鋭牙》とかを全部……」


「って、それもタラスクのやつじゃん!! いくら何でもこういうのは大切にしろよ!! 断捨離でもしてんのか!! さすがにこれらにも使い道はあんだろ!!?」


「使い道って言われてもねぇ。精々、鈍器くらいしか思い付かないんだけど」


「殴るなよ!!! いや、武器が使えないのは知っているけど殴るなよ!!! ていうか鎧甲だけで十分だわバカタレ!!!」


〈狂拳先輩がめっちゃバカバカ言われてるんですが……〉

〈そりゃあ、あんなレア素材をドバドバ渡されたら情報屋でも腰抜かすわなwww〉

〈さすが狂拳先輩! 考えている事が俺達とひと味違うぜ!!〉

〈狂拳先輩って、割りと天然ボケっぽいところあんだなぁ。嫌いじゃないわ!!〉


 何か全方位から総ツッコミされた件について。

 ともあれ息切れした情報屋が《暴甲龍の鎧甲》を受け取った事で、私達は情報をもらえる事となった。


「全く……アンタへのツッコミで喉がカラカラだぜ……」


「私のせいにされてもなぁ」


「とにかくこれで交渉成立した事だし、情報を与えてやるよ。そのクリーチャーはな……」


 そう私達に対し情報を口にしようとした……その時、


「うわああああああああああ!!!」


 後方から尋常ではない悲鳴がして、つい私達が振り返ってしまう。

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