第18話 お勤めご苦労様です!!

 バイトが終わってから口座を確認した後、ツイックスのアカウントにメッセージが届いた。

 差出人は言うまでもなくコユミであり、〈今日も一緒にプレイしませんか!?〉という簡単なものだった。


 好都合だ。

 私は彼女に聞きたい事があるので、二つ返事で〈おk〉と送った。


 そして約束の時間。


 職場から家に帰った私は、そのまま自室に向かい《クリワイ》世界……もといもぬけの殻になったダンジョン跡近くへとダイブ。

 夜空の下、ステータスで時間を確認しながら待っていると、近くに《ワープ》特有の白い光が出現する。


「アカネさん、お待たせしました!!」


 そこから現れたのがコユミだ。


《ワープ》は重要な場所だけではなく、フレンド登録をした仲間のいる位置に対しても作用する。

 私もその気になれば、コユミの元へと《ワープ》が出来るが……それはそれとして、


「コユミってさ、小柄な割には胸あんだね」


 こちらに向かって来た時、鎧から見えるコユミの胸元がユサユサ揺れたのだ。

 さすがにFカップの姉さんほどではないが、Eくらいはあると見た。


「ええっ! そんな感じになっちゃいました!? まぁ、リスナーの方々にたまに言われるんですが……」


 私の言葉を聞いた途端、顔真っ赤にして胸を押さえるコユミ。

 ちょっと可愛いかもとは思った。


「ちなみにリアル設定?」


「リアル設定です、盛ってません。そういうアカネさんって……わざと小さくしてるとか?」


「素だよコレ。運動とかの邪魔にならないから、めっちゃ助かるんだけど」


「……胸にこだわらないなんて……何というイケメン……」


「何でよ」


 本当の事を言ったのに、イケメン扱いなのはこれ如何に。

 それよりも聞きたい事があるので、すぐに彼女に問いかける事にした。


「ところで今のコユミ、配信モードになってる?」


「いえいえ、なってないですよ。でなければアカネさんだなんて言わないですし」


「そっか。いやさっきアンタ、収益を振り込んだってメッセージしたじゃん? それでバイトが終わって口座を確認したんだけど……」


「けど?」


「……振込額が50万って、あれちゃんと合ってる? 余計に入れてたりしてる?」


 そう……私が口座を確認した際、何と50万近くが振り込まれていたのだ。

 

 その時に私がどうなったと思う? 口があんぐりと1分くらい開けていたんだぞ。

 後ろに並んでいる人がいなかったからよかったのだが、もしいたとしたら迷惑行為だよ全く。


「まさか! ちゃんと計算して振り込みましたって! もしかして不満でした?」


「不満とかそうじゃなくて……コユミの月収100万だったりする? 5割から逆算するに」


「スパチャとか切り抜き料とか含むとそうなりますねぇ。もっとも個人勢なので、企業勢ほどじゃないんですけど」


 ……配信者って凄いんだな。

 特にコユミがこれくらいなら、もっと有名な奴は大金持ちに違いない。


 私もバイトをやめて配信者にでもなろうか。


「ただアカネさんが私の配信に出て下さるおかげで、収益が少しずつ上がってきているんですよね。その分もちゃんと支払うので、楽しみにしておいて下さい!」


「いや、そこまでやんなくても……別に生活に困っている訳じゃないし」

 

「とんでもない! アカネさんは今じゃ《クリワイ》配信界隈における生ける伝説なんですよ!! それ相応のお金を払わないと私が困りますって!!」


「生ける伝説」


 おかしいなぁ。

 私は別に配信に興味がなくて、純粋に《クリワイ》の戦闘を楽しんでいただけなのに。


 何があってこんな事になったのやら……って、コユミと一緒にプレイをするって自分が言ったんですよね。

 はい私の責任ですねこりゃ。


「それよりも配信するんじゃなかったっけ? 準備した方がいいじゃないの?」


「おっと、そうですね、少々お待ちを……と言いたいですけどアカネさん」


「ん?」


「強制はしないんですけど、せっかく配信に出ていますし『どうも《紅蓮の狂拳》です! 動画を見てくれてありがとう!』とか挨拶してみては? もしかしたら人気が上がるかもしれませんし」


「それ、私がやっているところ想像出来る?」


「…………」


「…………」


「……すいません、この話はなしで」


「賢明な判断だよ」


 何せコユミみたいなテンションで挨拶する自分を想像した瞬間、鳥肌が立ちそうになったのだ。

 今さっき配信者になろうかとか思っていたが、絶対無理な話だろうなぁ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして準備を整えた後、コユミのライブ配信が始まっていった。


「リスナーの皆さん方、こんにちで~す!! 本日も皆さんおなじみコユミと……」


「ぐれんのきょうけんです」


「でお送りしたいと思います!! 今回も楽しんでいただければ幸いで~す!!」


〈うおおおおおおお待ってたぞおおおお!!〉

〈コユミちゃああああああん好きだあああああああ!!〉

〈コユミちゃんこんにちでーす!!〉

〈初めまして!! ツイックスから来ました、よろしくお願いします!!〉


 いつもみたく、私達の近くにはリスナー達のコメントが流れている。

 ここまでは配信によくある光景だが、


〈狂拳先輩もお勤めご苦労様です!!〉

〈ご苦労様です!!〉

〈舎弟一同、先輩を待っておりました!! お勤めご苦労様です!!〉

〈お勤めご苦労様です!!〉

〈初めまして狂拳先輩、お勤めご苦労様です!!!〉

〈お勤めご苦労様です、狂拳先輩♡♡〉


 何という事でしょう。

 私に対しての反応が、ヤクザのソレになってしまったのだ。


 というかコレ、コユミに挨拶する時と私に挨拶する時のテンションまるっきり違くね?

 よほど訓練されているんか、この人ら?


「新規者さんもいるみたいですね、嬉しいです! それで早速なんですが、皆さんの知っての通り《クリワイ》世界の全容は運営ですら把握出来ておりません。もちろん私も例外ではないですし、ネットも同様です。ですので今回は情報収集を行う為、《拠点》に向かおうと思っております!」


〈おお、拠点か〉

〈いわゆる箸休め回かな〉


「狂拳さん、拠点はさすがに知ってますよね?」


「知ってるよ、それくらい」


 拠点というのは、まぁファンタジーで言う酒場のようなものだ。


 以前にも説明した通り、《クリワイ》の世界全容は運営もハンターも把握出来ていない。

 なのでネットにすら出ていない新しい情報なんてザラだし、それをしらみ潰しに探すなんて砂漠の中の種を探すようなものだ。


 そこでそうした情報収集の為に、ハンターは常に拠点へと集まる事がある。

 拠点は運営が掌握した土地を中心に設置される簡易基地であり、この《クリワイ》全土にいくつも存在するという。


「今マップを開きますね。……んっと、どうもあの森を抜けた先にあるみたいです。まだ行った事もないので《ワープ》は使えません」


 マップを表示させた後、コユミがダンジョン跡の奥にある森を指差す。

 

 確かに見た感じかなり広く、すぐに抜けられるとは思えない。

 が、四の五の言ってられる余裕もないか。


「じゃあ、さっさと森を抜け……」


「あっと、歩きだとかなり時間かかると思いますよ。なので今回はある移動手段を使います」


「移動手段? 馬みたいな?」


「まぁ、それに近いですね。《白牙狼はくがろうの眷属》!!」


 コユミが唱えた瞬間、彼女の周囲に巨大な氷が2つ形成された。

 その氷が徐々に形を変えていったと思えば、すぐに人間1人乗れるサイズの狼へと変化する。


〈えっ!? これ何のスキル!?〉

〈見た事ないんだけど!!〉

〈あー、新参者は知らんのか。これはコユミちゃんがフェンリルの魔石を取り込んで得たスキルで、元々はフェンリルの特殊能力なんだよ〉

〈はええ……そんな事も出来るんだ〉


「はい、ご説明ありがとうございます! この眷属さん達は、私がフェンリルの魔石を取り込む事で獲得したものでして。戦闘の補助をしてくれるだけじゃなく、背中に乗って移動する事が出来るんです! いやぁ、フェンリルと戦った甲斐があったというものですよ!」


「へぇ、凄いじゃん」


「というか狂拳さんもタラスクの魔石があるんですし、それで新しいスキルを獲得出来ますよ? 森を抜ける前にやってみます?」


「あーいいや、気が向いた時にするわ」


「むー、スキルが見たいのに残念です」


〈コユミちゃんに同意〉

〈タラスクのスキルなんだし、かなりの攻撃的になるだろうなぁ〉

〈それでも安易にスキルを獲得しない狂拳先輩、流石っす!!〉

〈ますます尊敬します!!〉


 何やら妙な事を言っているリスナーは放っておいて、私はコユミと同じように眷属の背中に乗り込む。

 氷で出来ている割には冷たくはなく、乗り心地も悪くない感じだ。


「それでは出発します!! 振り落とされないよう気を付けて下さい!!」


 ――ウオオオオオン!!


 私達を乗せながら、森へと向かう2体の眷属達。


 なるほど速いなこりゃ。


 私が感心している間にも森の中をスムーズに駆けているし、しかも大きな木の根のような障害物もジャンプで飛び越えている。

 すぐにでも森を抜けてしまいそうな勢いだ。


 しかしなぁ、やっぱりクリーチャーが来ないとなぁ。 

 こう、あちらから現れて戦闘OKって感じにならんと面白くないというか……。


「むっ! 止まって下さい!」


 そんな事を思っていると、コユミが眷属達を止めていく。


 理由は一目瞭然。

 目の前に巨大な怪物がいて、通路を陣取っているからだ。


 ――ブホオオ……ブホオオンン……!


「《オーク》ですね! 凶暴性の強い厄介な相手です!」


〈うわっ、よりによってオークかよ!〉

〈俺、コイツに1乙されたんだよなぁ……〉

〈大丈夫かコレ!?〉


 オークと言えば猪の獣人を思い浮かぶだろうが、未知の生態系の怪物という事でかなり姿が違う。


 猪の頭部はそのままに鋭く巨大な下顎の牙、ゴリラの体型のようなナックルウォーク。

 そもそも頭部の口が、猪にしてはかなり裂けている。


 猪に似たクリーチャーなのでオークと名付けられた感があるが、それはともかく。

 本日のいの1番の対戦相手が現れて、私は思わず口角を上げた。


「コユミ、コイツは私がやる」


「大丈夫ですか!?」


「ああ、終わらせるから」


 私は眷属から降りてオークと対面する。

 さぁて、どこから手を付けようか……。

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