第29話 無名配信者 Side

 とある広大な荒地。

 太陽が照り付けるこの地に、ひっそりと1人の女性……というより少女のハンターがいたのだった。


「じゃあ、この辺で食レポ開始するね……。まずは《カジリンゴ》を焚き火で香ばしく焼いて、表面の皮がちょっと剥がれるくらいに焙ったらいただきます……。ハムッ、うん美味しい……。焙られた事でより甘さが倍増してベリーグッド……」


 少女の名は《エリ》。

 お下げをした長い銀髪と青い瞳、小学高学年を思わせる幼い容姿が特徴的の、いわゆるロリっ子である。

 

 彼女もまた《クリワイ》における配信者であり、一風変わった内容で配信に挑戦している。

 ……が、そんな彼女が深くため息を吐いた。


(同接0人……やっぱり戦闘が売りの《クリワイ》じゃ、無理……なのかな)


 実はエリには特筆とした戦闘能力を持っていない。

 というよりも彼女は戦闘を苦手としており、クリーチャーとの邂逅もなるべく避けているのだ。

 

 では彼女の配信目的は何なのかというと、それはズバリ「《クリワイ》内の食べ物を食レポする」というもの。


《クリワイ》の食べ物に味があるのを知った彼女は、そこに着目。

 元々食べる事が好きなのもあり、採取した食べ物の食レポを配信に映そうと思ったのだ。


 それで今に至る訳だが、結果は同設0人という辛い結果が残るのみ。


《クリワイ》をプレイしたのを機に配信を始めたので、そういうコネとかも一切なし。

 なのでエリの動画が、他の有名なものによって埋もれてしまう訳である。


(やっぱり……ボクには無理なんだ。今度から配信やめて普通にプレイしようかな……)


 リスナーが来てくれない事に精神的に参ってしまい、エリは配信断念を考えるまでに至ってしまった。

 そのままトボトボと荒野を歩こうとした時、彼女の近くからミシッという音が発する。


「えっ……?」


 エリが振り向くと同時に、近くの地面が突如として弾けたのだ。

 さらにそこから巨大な怪物が這い出て、その全貌を露にする。


「えっ、何……? 《ローグマンティス》……?」


 怪物――いやクリーチャーの頭上には、エリが呟いたその名が刻まれていた。


 赤銅色の体色をしたカマキリといったところだが、その大きさはエリを軽く超えてしまっている。

 

 両眼が黄色に輝いており、エリをじっと見据えている。

 さらに左腕が通常のカマキリと同じく鎌なのに対し、右腕は鋭い槍状に変化しているようだ。


 ハッキリ言ってヤバい。

 なるべく戦闘を避けるエリの本能が、そう叫んでいる。


 ――ギイイイイイ!!


「うわっ……うわっ!」


 鎌が振り下ろされたので、慌てて回避するエリ。

 すかさず彼女はアイテム一覧を開き、あるものを取り出す。


「え、えい……!」


《ネンチャクダマ》。

《ビルド》で《ネンチャクムシ》と《木の実》を組み合わせたものだ。

 

 それをローグマンティスの複数ある脚に投げつけると、ベチャリとトリモチのように張り付く。

 ローグマンティスが剥がそうと暴れるが、拘束力が強いおかげで簡単には出来ない様子。


(今のうちに……!)


 すぐにエリが背を向けて逃げ始めた。

 それから《ワープ》で安全な場所に移動しようとしたのだが、



 ブチブチブチッ……!!



「……えっ?」 


 引き千切るような音がしたので振り返ると、何とローグマンティスが自力で脱出したみたいだった。

 それからほどなくして、ローグマンティスが接近し右腕の槍を差し向けてくる。


(あっ、マズい……)


 自身に向けられる槍に対し、エリは思わず固まってしまう。

 そのまま串刺しにされる運命が待ち受ける……




 かと思われた。


「よっと」


 突如、その槍がいきなり現れた腕に叩かれた。

 それによって槍が逸らされ、エリのすぐ横へと刺し貫く。もちろんエリは無傷だった。


「大丈夫、アンタ?」


「……はい?」


 放心状態のエリが見上げると、1人の女性が立っている。

 槍を払った腕はその女性のものらしい。


 後ろに束ねた真紅の長い髪に、全身を纏った黒い軽装。

 そしてエリとは比べ物にならない、モデルじみた高身長。

 

(紅蓮の狂拳……先輩?)


 配信を行っている故、エリはすぐに女性の正体を知った。

 彼女こそが、まさに流星の如く現れて人気を勝ち誇ったハンターだと。


「ダメージはなさそうか。とりあえずこの子はコユミに任せて……」


 ――ギイイイ!!!


「あっ……」


 その紅蓮の狂拳に対し、ローグマンティスが鎌を振り下ろそうとしている。

 思わず声を上げるエリだったが、狂拳は何とノールックで鎌の腕を捕まえてみせた。


「ほいっと!」



 ブチイ!!



 そして何と、至って普通の事ですよと言わんばかりに腕を引き抜いてしまう。

 透明な体液と共に悲鳴を上げるローグマンティス。


 ――ギイアアアアアアアアアア!!?


「ハハ、やっぱりこういうのが面白いねぇ! とりあえずバラバラにしてっと!!」


 ――ギイイ!! ギイイイイイ!!!


 反撃を行おうとしたローグマンティスだったが、そこに狂拳が蹴りを入れつつ馬乗りになる。

 そして彼女が、片腕、胴体、羽、脚と次々と引き千切っていく。


「アハハハハアア!! バラバラすんの楽しいじゃん!! ダハハハハハハハ!!!」

 

 ――ギガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


「……………………」


 間近で起こる凄惨な解体ショーと狂気の高笑いに、エリは青ざめた顔をするしかなかった。

 彼女が今抱いているのは、人間が持っていてもおかしくない普遍的な感情。


(こ、この人……イカレてる……)


 そう、『ドン引き』だった。

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