第10話 アカネの初ダンジョン攻略

 私とコユミを包み込んだ白い光が消えていく。

 やがて視界がハッキリすると、今まであった湖がそこになかった。


「見えてきました! あれがダンジョンの入り口です!!」


 あるのは岩々に囲まれた巨大な穴。

 

 なるほどそれらしい見た目をしている。

 物々しい雰囲気も纏っていて、いかにも入ると危険だって感じだ。


「今さっき言ってたけど、未だ攻略出来たハンターはいないんだっけ?」


「ええ、なので続々とハンターが入ってくる事があるんですよ。……ほら、現に今でも」


 コユミが示す通り、ダンジョンへと入ろうとする1人の男性ハンターがいる。

 その男性は、近くのコメントを眺めながら実況しているようだ。


「そいじゃ早速、高難易度ダンジョンに入ろうと思いまーす!! なぁに、俺の手にかかればこんなものだよ!! ハハハハハハ!!」


〈アイツ《タクヤ》か。それなりの腕があるんだよな〉

〈先客いたのか。まぁ当たり前だけどさ〉


 その男性が意気揚々とダンジョンの中に入り込む。

 すると……、


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!! ヤバい!! ヤバいこれって!! 死ぬ死ぬ死ぬ!! やめて無理無理無理……イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!! アアアアアアアアアアア…………」


〈…………掘られたな()〉

〈↑違うそうじゃない〉

〈入って早々悲鳴とか、このダンジョンヤバくね?〉

〈さながらハンターホイホイか……〉


 ダンジョンは初めてなのでよく分からないが、どうもこういった事態はリスナーでも想定外らしい。

 それだけ強大なクリーチャーがいるのだろう。まぁ私には関係のない話ではあるが。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


「全く躊躇しないんですね。ところで狂拳さん」


「何?」


「さっき聞き忘れていたんだけど、どうしてクリーチャーを残虐に倒したがるんですか? 一種のストレス発散とか?」


「あー……」


 そうコユミが尋ねるので、私は目線を上にあげる。

 

 元々対象年齢高めの残虐ゲームが好きだからという理由があるが、それを外部者リスナーが見ているところで言うのもなぁ。

 その私の仕草に対して、コユミが申し訳なさそうにした。


「あいや、別に言えないのでしたら大丈夫です! 人間、誰しも言えない事が……」


「いや平気。まぁ強いて言うなら……趣味だね。うん趣味」


 こう言えばコユミも納得するだろう。

 そう思っていたら、


「クリーチャーの腕を引き千切るのが趣味だなんて、初めて聞きましたが……」


〈コユミちゃん、ドン引きで草〉

〈まぁ虐殺が趣味だなんて言われたら怖いわな〉

〈でも、ハッキリ堂々と公言する狂拳パネェっす!〉

〈狂拳先輩流石っす!!〉


 あれっ、何か理解が別ベクトルにぶっ飛んでいるんだが……。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 という訳で、私とコユミはダンジョン突入を決意する。


 まず入口から入り込むと、中は案外暗くはない。

 どうも壁の中に《光石こうせき》という採掘アイテムがあって、それから発する光によって照らされているらしい。

 

 中はいわゆる洞窟と言った様相で、人間が大勢進めるほど広い。


「ダンジョンの中ってこうなってんだ……」


「私も初めて入った時ワクワクしましたねぇ。ちなみに狂拳さん、ダンジョンの成り立ちって知ってます?」


「クリーチャーの死骸から溢れ出たエネルギーに引かれて他のクリーチャーが集まって、そいつらが巣などを作る事でダンジョンが形成されていく……だっけ?」


「そうそう、だからダンジョンの発生はランダムなんですよねぇ。そのせいで運営さんも把握出来ていないらしくて」


「それも知ってる」


 ネットでググって知ったのだが、何でも運営が適当にダンジョンを配置している訳ではないらしい。


 この《クリワイ》の世界自体、高度なAIによって原始時代から生態系を構築していったもので、そこに住むクリーチャー達も生存競争と進化を繰り返しながら発生したとされている。


 なのでダンジョンも運営の意図に反して勝手に生まれるし、運営ですら知らない新種クリーチャーも誕生する事もある。

 挙句の果てには《クリワイ》世界全土も把握していないので、私達ハンターはそうした世界を知る為の情報源として扱われている節があるのだ。


 こんな有り様なので、一部では「ゲームと言うより、ある種の異世界では?」と囁かれているが、運営としては嬉しい誤算なので放任しているらしい。

 むしろそういったコンセプトを売りにしているのだから、実に豪胆というか何というか。


「……まぁ、私はゲームでも異世界でも問題ないけど」


「何か言いました?」


「いや……っとちょっと待った」


 私達の目の前に何か転がっている様子。

 目を凝らしてみると鎧に剣に回復薬……どうも、先ほど突入したハンターの所持品らしい。


 ハンターが死亡するとペナルティとして所持品を落としてしまい、さらにはリスポーン位置に戻されてしまう。

 確か自身のベースキャンプがリスポーン位置だったか。


 ――そして私達がそれを眺めていると、上から液体が垂れるのを発見した。


「……!」


 頭上を見上げると、天井に何か巨大な物が張り付いているようだった。


 まず口があって、そこから液体の正体である唾液を流している。

 さらにそれが自発的に私達の前に降り立ち、黒光りする大蛇という全貌を露にしたのだ。


 ――ジャアアアアアアアアアア!!!


〈《アイアタル》だ!! 〉

〈コイツ、別のダンジョンで最下層に出た奴だろ!? めっちゃ強いボス級じゃん!!〉

〈そりゃあ、さっきのタ何とかがやられる訳だ!!〉

〈やべぇやべぇ!! コユミちゃんはともかくとして、狂拳はマズいんじゃね!?〉

〈狂拳聞け! ソイツは武器に対して耐性を持ってるんだ!! 属性攻撃とか使わないとジリ貧だぞ!!〉

〈ここはコユミちゃんに任せた方がいいんじゃないの!?〉


 焦りのコメントが殺到するのが見えた。

 ダンジョンは下に行くごとにクリーチャーが強大になっていく傾向にあるので、その下層にいた巨大蛇に驚愕しているのだろう。


「こ、これはリスナーさん方の言う通りですね! 私が対処しますので、狂拳さんは後方に……」



 バゴオオオオオオオオン!!



「えっ?」


〈えっ?〉

〈えっ?〉

〈えっ?〉

〈ホワイ?〉


 が、私はその強大とかいうアイアタルの頭部を殴り付けた。

 アイアタルは後方に飛ばされ、壁に叩き付けられる。


 ――ジャアアアアアアアアアア!!

 

 ……これだよ……これだよこれ!


 現実では味わえない戦闘の実感! 攻撃する瞬間の相手をボコっていますという感覚! 

 こういうのが好きなんだよマジで!!


「さっさと終わらせるかっと!!」

 

 そんな訳で私は起き上がろうとするアイアタルに向かい、さらに拳を叩き付けた!!

 口から牙と血が飛び散るので、さらに殴る! 殴る!! 殴る!!!


「ハハハハハハハハァ!! ハハハハァー!!」


 ――ジャア!! アガアア!! グゲジャアア!! ジャギャアアアアアアアアアアア!! 


 いいねぇ、殴られるたびに飛び出るこの悲鳴!! 最高じゃんか!!

 そしてこのグジャグジャに潰れていくアイアタルの頭部! こういうのを見たかった!!


 ――ガア……カア……。


 ただ殴っている内に悲鳴が弱々しくなって、やがて素材をドロップしながら消滅していった。

 もう終わりか。呆気ないな。


「おーい、コユミ終わったよぉ。よかったら素材いる?」


「……………………」


「あれ、どうしたの?」


 私がコユミに振り返るも、彼女は時が止まったかのように呆然としていた。

 よく見ると、近くのコメントも流れていないようだが、


〈すげええええええええ!! 武器に耐性あるアイアタルを倒しちまったあああああ!!〉

〈武器に耐性あるってガセだったのか!?〉

〈いや、もしかしたら狂拳の拳が強すぎるんだ!! それでアイアタルが耐え切れなかったと!!〉

〈狂拳先輩すげぇ!! こりゃ尊敬しちゃいますわ!!〉

〈パネェっす先輩!! どうか俺を舎弟にして下さい!!〉

〈俺も!!〉 

〈俺も!! どうかこき使って下さい!!〉

〈狂拳カッコいい……♡ 推しにさせて下さい!〉

 

 すぐに何か凄い事になっているのだが……まぁ、強力なアイアタルを倒したからなのかな。

 私としてはどう言われようが気にしないけどさ。それよりも、


「コユミ、アンタ大丈夫なの?」


「……アッハイ、大丈夫デス。素材ハ全部アゲマスヨ、ハハハハハ」


 壊れたおもちゃみたいになってるんですがそれは。

 この子、本当に大丈夫か?

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