第27話 ジョギングの最中に
「フッ……フッ……フッ……」
休日の早朝、私は日課のジョギングをしていた。
この為に毎朝6時には起きているが、まぁもう慣れっこだ。
最初の時は眠くてキツかったのだが。
そのジョギングの最中に公園を見つけた私は、ある事をしようとふらりと立ち寄る。
人がいないのを確認してから、私は一呼吸を入れる。
「……フン!」
始めたのは空手でよくある演武だ。
要は次々と技を見せるやつ。
高校入学を機に空手をやめた私だが、こうして暇を見つけては演武をするようにしている。
といっても大きな掛け声なしの軽いものだが。
実際に声を出したら騒音被害になるし、そもそも変人扱いされるし。
「フッ……! ハッ……! ……フウ……」
正拳突き、前蹴りと次々こなしていった後、終わりの合図としてまた一息を吐いた。
それからすぐにジョギングを再開しようと思ったら、そこに人影が舞い込む。
「辻森? お前、辻森か?」
「ん? ……あっ、カワセン?」
「おお、やっぱり辻森か! こんなところで会えるなんて奇遇だな! 久しぶり!」
「おひさー」
この大柄の厳つい男性は、
中学時代に私が所属していた空手部の顧問で、簡単に言えば師匠である。だから
そのカワセンとこんなところで再会するとは、ちょっと意外かも。
「カワセン、確か家って隣町だったよね? 引っ越しでもした?」
「ああ、つい最近別の中学に転任してな。そういうお前は高校でも空手してるのか? さっきの演武からして」
「いんや、今は帰宅部。バイト優先したいからさ」
「そっか……いくつもの大会で総なめしてきたお前なら、優秀な空手家になれると思ったんだが」
「私はそういう名声とかどうでもいいんで」
「ハハッ! そういうところはほんと相変わらずだな!」
カワセンの笑いに、私も釣られてフッと笑った。
カワセンは気さくだし相談にも乗ってくれる。
教師の中では、一番尊敬出来る人とも言っていいくらいだ。
「……あっ、そういえばお前って《クリワイ》やっているのか? 配信者に人気のゲームなんだが」
「まぁやっているけど……それがどうしたの?」
「ああ……まずはこれを見てほしいんだが」
そう言って、カワセンがスマホの画面を向けてくる。
『来いよ豚どもぉ!! ハハハアハハハハハ!!』
『ブビャアアアアアアアアア!!!』
そこに映っているのは、笑顔でオークを虐殺している赤髪の女性ハンター。
……言うまでもなく私である。
知らないのも無理ないけど、私ってこんな笑い方をしてたんだ。
こりゃあドン引きだわおい。本人の私でもドン引きだわ。
「このハンターは《紅蓮の狂拳》って言ってな、ヨーツベ界隈では屈指の人気を誇っているんだ。《クリワイ》をしていない人でも動画を見ているって話も聞くぞ」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
「……単刀直入に言うが、これお前じゃないのか? 声はもちろんの事、戦闘の構えとかも俺が教えたものと瓜二つだし」
「…………」
ハイ、バレましたわー。キレイにバレましたわー。
そうだよね。
私の構えや技はカワセンの影響なんだし、中学の3年間はカワセンの指導を受けていたんだ。そりゃバレますわな。
「……そうだよ、当たりだよ。私としては配信をするつもりなかったんだけどさ」
「やっぱりそうか!! いやぁ、お前すっかり人気者じゃないか!! ハハハハハ!!」
「そうらしいねー、ハハハハハ……」
「ハハハハハ!! ……狂拳先輩、握手して下さい!!」
「いきなり何言ってんすか……」
急にかしこまったように頭下げて手を伸ばしてきたよ、この先生。
思わず口調が改めちゃったよおい。
「実は俺、狂拳先輩の舎弟になっているんすよ!! 休日には配信見たりするし、切り抜きも漏れなく確認してまして!! だからせめて握手を!!」
「仮にも元生徒に何言ってるんだ……。ていうか配信見てるって事は……」
「ええ!! 毎回という訳じゃないですけど、コユミちゃんの配信に参加してコメントしてます!! 『リバーノース』って名前でして!!」
「いや分かるかよ。ていうか、カワセンが誰かをちゃん付けするとかないわ」
つまりリスナーの中にカワセンがいたって事か……マジかよ。
凄い複雑だ……相手が恩師だから余計に……。
「とまぁ、冗談はさておき」
「全く冗談では済まされないんですが」
「多くの人に絶賛されてもどこ吹く風なお前の様子、相変わらずで安心したよ。お前、大会で優勝してもてはやされても軽く受け流していたしな」
「そういう性分なんで。生憎だけど」
「いや、責めている訳じゃない。こういった人気が上がっていくにつれて、大抵の人間は天狗になる。その点、お前は周りの声に囚われず自由気ままに生きている。実に立派なもんさ」
「立派ねぇ……まぁそう言ってくれて嬉しいよ、ありがと」
「フッ、言葉が全然籠もっていないところも相変わらずだな。それでこそ辻森って感じだが」
あまりそう言われて実感出来ないしね。
そんな私を見てカワセンがおかしそうに笑った後、おもむろに自分の腕時計を見た。
「おっと、早く帰らないとカミさんに怒られる。悪い、ジョギングの後に朝食をとる事になっていてな」
「ああ、私と同じだったんだね。じゃあ、私もこれで」
「ああ、気を付けて帰ろよ!」
私はカワセンと別れながらジョギングを再開する。
このまま家に帰るつもりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……やっぱりアイツが《紅蓮の狂拳》だったか。そういう人を惹きつけるところは健在って感じだな」
走り去っていく朱音の後ろを見届ける川北剣八郎。
彼は朱音の姿が見えなくなってもなお、その公園に留まり続けていた。
「しかし帰宅部になってしまったのか……。そのまま続けていたら、優秀な空手家になっていただろうに……ほんとに残念だ」
そう独り言ちるのだが、これは世辞ではない。
川北が顧問とする空手部の中で、朱音はひときわ優れた才能の持ち主だったのだ。
彼女は小学の頃から空手教室に通っていたらしく、そこでも多くの同年代を相手に勝ち続けたという。
ちなみに入った理由は「運動にもなるから」という思わずズッコケそうなもので、空手を極めたいという同年代とは一線を画していた。
それが空手部に入った事で、まるで花が満開したかのように才能が開花。
川北の教えやスタイルをメキメキと取り込み、ついには多くの未成年空手が集うジュニア空手大会で優勝を獲得していったのである。
まさに、そうした星の下に生まれたとも言っても過言ではない。
現にその後も、あらゆる大会を優勝し続けたのだから。
もし彼女が空手を続けていたら、川北……いやそれ以上の逸材になっていた。
そう川北自身は思っているのだ。
「まぁ、生き方には人それぞれってものがあるからな。名声とかまったく気にしないアイツらしいよ」
それから彼は1本の木を見つけた後、その前へと立つ。
精神を整える為に深呼吸を1つ。
しっかり地面に付くように足をどっしり構えた後、拳を前に突き出す。
「フン!!!」
ブワッ!!!
弾丸如き速さで繰り出された正拳突きによって、空気が押し出されるような音が発生する。
そんな拳を喰らい、目に見えて大きく揺れ出す木。
そのまま折れてしまいそうな勢いだったが、やがて何事もなかったかのように直立不動へと戻っていく。
「……いやいや、木を折ったら弁償させられるがな。加減しておいてよかったよほんと……」
苦笑の表情を見せながら、川北が公園を去っていった。
実は川北剣八郎――この男は単なる教師ではない。
教師になる前は、何と空手界隈に名を轟かせた伝説の空手家だったのである。
拳は放たれるだけで骨を砕き、蹴りは太い樹木すらへし折る。
世界中の
そして辻森朱音は、その川北の戦闘能力を強く引き継いでいる唯一の存在。
故に加減を必要としない《クリワイ》の世界において、クリーチャーを虐殺出来るほどの異常な力を発揮しているという訳である。
……もっとも朱音自身は川北の武勇伝をあまり聞いた事ないので、自身の異常さをちっとも実感していないのだが。
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