第2話


「お父様!」


ノックと同時に部屋に入ればお父様は書類に追われているようだった。


「どうしたんだ?。何かあったのか?」

「お話があります」

「今か?」

「今すぐ聞いていただきたいのです」


お父様は渋々といった様子だったが了承してくれたため、早速本題に入ることにした。


「アランと結婚させてください」


「は?」


お父様は言葉の認識に時間がかかっているようで、後ろに控えていたアランは固まっている。


「結婚って……リディアはまだ17歳だろう?」

「えぇ、なので婚約からになりますが」

「いや、そういうことではなくてな……まさか、アランに何か吹き込まれたのか!?」


お父様はアランを睨みつけるが、当の本人は私の言葉を呑み込めず苦労しているようだった。


「私がアランに何か吹き込まれると思いますか?」

「むしろ吹き込まれていてくれ。執事任命の初日で婚約の申し出は我が娘ながら怖いぞ。まだ顔を合わせてから10分程度しか経っていないだろう」

「時間が重要なのですか」

「そういうことではなくてな」

「…この胸の高鳴りを抑えることはできないのです」

「詩的に言えばいいという問題ではないぞ」


お父様は頭が痛いと言わんばかりに額を抑えている。

アランは未だに混乱したままのようだ。


「忘れたのか!お前は王妃候補なんだぞ!」

「候補ならまだ辞退できるでしょう!」

「…リディアがあまりに優秀だったことと、王妃教育が厳しすぎたせいでもう候補がリディア以外残っていないのだよ」

「……え?」


そんなの初耳だ。

確かに家庭教師の先生たちは厳しい人だったし、マナーの授業は大変だったが辞めることができるなら教えてほしかった。

いや、今はそれよりもアランとの婚約が先決だ。


「そもそもアランは婚約について何と言っているんだ?」

「え?」


後ろを振り返りアランを見れば、彼は突然話を振られて驚いたようだ。

言葉を選んでいるのか少し考えてから口を開いた。


「えっと…婚約については今初めて聞きました」

「ん?」


お父様は改めてこちらを見てくる。


何ですか、その異物を見るような目は。

それが娘に向ける眼差しですか。


「アランが不憫だとは思わないのか」

「お言葉ですが、望んでもいないのに王妃候補にさせられた娘の方が不憫だと思います」


そう言い返せば部屋が嫌に静かになる。

お父様も思うことがあるのか何も言えないようだった。


「…まぁ、ここで何か言っても王妃候補である現状が変わらないのは私も分かっています」

「それなら…」

「しかし私は諦めません。アランとの結婚のためにも、私にはやるべきことが沢山あります。今日はこの宣言のために来ただけですからそろそろ自室に戻らせていただきます。お仕事中に失礼しました」


それだけ言い残してお父様の部屋を出た。

後ろから追いかけてくる足音はアランのものだろう。

振り返らず自室に戻れば、追いついたらしいアランが扉を閉めてから詰め寄ってきた。


「お嬢様!初日でこんなことを言うのも失礼かと思いますが、何を考えていらっしゃるのですか!?」

「本当に初日に言うことではないわね」


閉めた扉の前でしゃがみ込んでしまったアランに同情する。

まぁ、私が元凶なんですけどね。


「…解雇されたらどうしよう」

「安心して、それは私がさせないから」

「え?」

「だってアランを解雇したら他の人がアランの代わりに来てしまうでしょう?」

「それはそうですが…」


腑に落ちない様子の彼を慰めるためにもソファに移動するよう声をかける。

尻尾を下げたまま哀愁を漂わせて移動してくる様子に流石に申し訳なさが出てくる。


「あの、そんなに落ち込まなくても…」

「…何も私を利用しなくても良かったじゃないですか」

「利用?」

「王妃候補をやめたかったのではなくて?てっきりそのために私と婚約したいと言ったのかと」

「…私そんな非道なことすると思われているの?」


アランの言葉にティーカップを落としかける。

そんな風に思われていたなんて。

確かに王妃候補という肩書は面倒だし、逃げ出したい気持ちもあるけれどそこまで酷いことはしない。


「それ以外にさっきの宣言にメリットありました?」

「あるある。あなたと結婚できるでしょう」

「…あの、そのお話ご冗談じゃなかったのですか?」

「冗談だったらお父様の所には行かないわよ」

「……本気なのですね」


アランは信じられないという表情を浮かべている。


「もちろん、あなたが良ければの話だけどね」

「私は…」


アランは何かを言いかけて口を閉じた。

多方面のことを考えて回答に迷っているのだろう。


「今すぐ無理に答えを出す必要はないのよ。私もそれは求めていないわ」

「…お気遣い感謝します」

「でも私側から遠慮はしないから覚悟しておいてね」

「お手柔らかにお願いします」


そう言ってアランは微笑んだ。

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