第21話


「お綺麗ですよ、リディア様」

「それは結婚式の時に言ってちょうだい…」


結局抵抗しても今日は訪れたわけで、私は朝早くからドレスを着せられていた。

いつものような動きやすい服ではなく、完全に外行きの服だ。

アランと一緒に買いに行った服だからまだギリギリ大人しくしているものの、そうでなければ魔法を使って抵抗していたに違いない。

今までは想いを寄せる相手がいなかったから招待に応じていただけだし。


「リディア様、そろそろお時間です」

「本当についてきてくれないの…?」


泣きそうになりながらそう言えば、アランは困ったように眉を下げた。

困らせていることは分かっているが、悪あがきをせずにはいられなかった。


「お化粧でさらにお綺麗になられているのですから、そのようなお顔なさらないでください」

「せめて尻尾を触らせて…」

「ドレスに毛が付いてしまいますので駄目ですよ」

「アランの毛をつけていけるのなら本望よ」

「何をおっしゃっているのですか」


真面目に答えたつもりが一刀両断されてしまった。

時間が迫っていることによる焦りなのか、じっとしていられない。

部屋を意味もなく徘徊していれば、アランが私を呼び止めた。


「リディア様」

「何よ、ついてくる気になったの?」


アランを振り返れば、彼の右手は5つの黒色の肉球とふさふさとした白い毛に覆われた手に変化していた。

きゅっと縮こまったり、開かれたりする手に自然と飛びついてしまう。


「はわぁ…!もふもふ!!」

「これぐらいなら問題ないでしょう」

「触ってもいい?」

「どうぞ」


両手で慎重に触れば、アランは目を細めた。

人間と同じようにマッサージ効果があるのか、尻尾も穏やかに揺れている。

ずっとこうしていられるな、と思いながら触り続けていると、ゆっくりとアランが口を開いた。


「大分落ち着かれたようですね」

「え?」

「先ほどまで緊張で震えていらしたので」


アランに指摘され、やっと自覚する。

確かに今ならお城に行っても大丈夫そうだ。


「ありがとう、アランのおかげよ」

「いえ。私はこれぐらいしかできませんので」


アランは謙遜するが、私にとってはかなり大きなことだった。

誰かに励ましてもらったのなんて久しぶりだった。


「馬車のご準備も整っておりますので、そろそろ玄関に向かいましょうか」

「えぇ」


アランと一緒に玄関に向かえば、そこにはすでに他のメイドも待機していた。

その仰々しい空気に先ほどまで忘れていた緊張を思い出してしまう。

テオード殿下のことになるとめっぽう弱くなってしまう自分に唇を噛む。


「リディア様」


今日はよく名前を呼ばれる気がする。

彼を見上げれば、彼は真剣な眼差しで私を見つめ返した。


「全てに強い生き物なんて存在しません。誰しも弱みはございます。どうか、ご自分を貶さないでください」

「アラン……」

「我々はリディア様のご帰宅をお待ちしております」


深々と頭を下げるアランを見て、心が軽くなるのを感じた。

そうだ、テオード殿下が苦手だから何だ。

彼は私に直接的な害を加えていないではないか。

それに、私は私らしくいればそれでいいんだ。


「それでは行ってまいります」

「お気を付けて行ってらっしゃいませ」


アランや他のメイドたちに見送られながら、私は馬車に乗り込んだ。

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