第14話

「先に作られた嘘から話しましょうか。公にされたのは『リディア・ウィルソンは不審者に誘拐されたものの、隙を見て逃げ出したため無事だった』という内容だったわ。心配はされたものの、私の無事に皆安堵してくれたわ」

「それが作られた嘘なんですか?」



「そうよ。この事件の真実は……私が犯人を惨殺してしまったの」



部屋に重い沈黙が降りる。


アランは何か言おうとしているようだったが、その口からは何も出てこない。

ただ息を吸って吐いてを繰り返しているだけだ。


私はそんな彼を見ていられなくて窓の外に視線を移した。


「どうにか逃げようと体内中の魔力を外に出したの。そうしたら私を閉じ込めた馬車が森に入った時、森が魔力に反応して味方になってくれた。木の根やツタが伸びてきて馬車を森の奥に引きずりこんでね」

「……」

「馬車の扉が男たちに開けられて、いよいよ殺されると思ったら恐怖で頭が真っ白になって、気づいたらツタで潰されてぐちゃぐちゃになった肉片が目の前に転がっていたの。そこからはあまり覚えていないのだけど、気がついたら私は王宮の医務室のベッドで寝ていたわ」


顔を上げれば、アランはこちらを見つめていた。

その瞳に恐怖の色がなかったことに少し安堵した。



「これが、私に起こった事件の真相」



そう言い切れば、今度はアランが口を開いた。


「私から1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、私に答えられる範囲なら」


アランは震える手で緑色のループタイを触り、紅茶を飲んでから再び口を開いた。


「リディア様は人を殺めたことを後悔していますか?」

「それは難しい質問ね。当時は自衛のために相手を殺したけれど、今思えば私が直接手を下す必要はなかったと思うわ。でも当時は必死だったし仕方なかったわね」

「…そうですか」

「なーに、私が今も怖がっているとでも思ったの?」


挑発するように微笑んでアランを見れば、彼は慌てて首を振った。


「違います。ただ今日輩に襲われた時、相手の首を絞めることに対して躊躇なさらなかった点に違和感を感じてしまい…」

「そういうことね。今日の奴らはアランに怪我をさせたからちょっと痛めつけようとしただけよ。別に殺す気はなかったわ」

「……本当ですか?」

「当たり前じゃない。無闇に殺しなんてしたくないわ」


欠伸をかみ殺しながらそう言えば、アランは気づいたように時計を見た。


「もうこんな時間ですか。夜更かしは身体に響きますし、そろそろ寝られてはいかがです?」

「うーん…じゃあ寝る前にここに来て」


私が座っているソファを叩けば、彼は不思議そうな顔をしつつも素直に隣に座ってくれる。

私はそんな彼の尻尾を何も言わずに掴んだ。


「ぅえ!?」

「アランの尻尾っていつ触ってももふもふね」

「ちょ、触る前に一言くださいよ」


抗議の声を無視してもふり続けると、諦めたのか大人しくなった。

彼の大きな尻尾に手櫛をかけながらもふもふを堪能する。


「さっきの話を聞いてどう思った?」

「正直に申し上げると、リディア様が今を生きてくださっていて安心しました」

「それはどういう意味?」


尻尾を抱きしめると、ピクリと反応してから再びゆらゆらと動き出す。

それは彼が言葉を選んでいる思考の動きにも見えた。


「生き物を殺すのには精神的な疲労だけでなく、身体的な疲労も伴います。そのどちらにも折れることなく、むしろ強くなられて今を生きられていることに私は本当に安心しました」

「…過去を忘れられなくても?」

「忘れる必要なんてありませんよ。でも怖くなったら私をお呼びください。いつでもお話を聞きますよ」


そう言って尻尾を私に巻き付けてきた。


「これいいね・…ものすごく落ち着く」

「それは良かったです。眠たいのでしたらそのままお眠りください」


ぎゅっと抱きつくと、優しく背中を撫でてくれる。

その手が心地よくてすぐに眠気が襲ってきた。


「おやすみなさいませ、リディア様」


その声を最後に意識は夢の中へと消えていった。


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