第34話


次の日、早朝から医者に診察をしてもらい馬車が来るまで部屋で待機することになった。

テオード殿下は朝から公務があるようで一度も顔を見ることはなかった。


熱は下がっていないが暇なことには変わらず天井を眺めていると、小さくノックが聞こえた。


返事をすると城で働いているメイドが顔を覗かせた。

どうやら気を利かせてくれたようで、顔見知りのメイドを派遣してくれたようだ。


「失礼します。馬車のご準備ができましたのでお迎えに上がりました」

「わざわざありがとうございます」


ゆっくりと体を起こすと、背中を支えてくれる。

それから手際よく点滴の針を抜いてくれた。

支えてもらいながらベッドから立ち上がるも、上手く足に力が入らずふらついてしまう。


「車椅子をお持ちしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。そこまでご迷惑をかけるわけにはいきません」


そうは言ってみるものの、足取りは覚束なくて1人で歩くのは難しそうだ。

メイドに支えてもらい、何とか廊下に出る。


「リディア様!」


ようやく廊下に出るも小鹿のように足を震わせていると、遠くから誰かに呼ばれた。

顔を上げると、見覚えのある人物がその長い灰色の髪を揺らしながらこちらに走ってきていた。


「アラ……」


彼の名前を呼びかけるも最後まで言葉にならない。


狐耳や狐の尾が見えなくなっていることはまだ理解できる。

アカデミーでも見た魔法だ。

獣人が城にいるなんてバレたら何をされるか分かったものではないため、姿を変えているのだろう。



しかし、そんなことよりも気になってしまったのは彼の姿だった。



「お迎えが遅くなってしまい申し訳ありません」



いつもよりも丸みを帯びた体に、低くなった身長。

極めつけは普段と比べて数段高くなった可愛らしい声だ。


そう、彼は何故か女性化していた。

それもかなりの美人だ。

元々外見は整っていたのだが、女性化したことにより別の方面の美しさに拍車がかかっている。


「アラン……よね?」


アランは屈託のない笑顔を浮かべると私に手を差し出してきた。


「私のことをお忘れになってしまわれるほど体調が悪いのですね。本当に、変わることができたらどれほど幸せか」

「いや、え、…うん?」


体調の悪さなんて吹っ飛んでしまうほどのインパクトに言葉らしい言葉が出てこない。

その間にもアランはメイドに10日分の治療費を渡し、お礼を述べていた。

私も慌ててお礼を伝えれば、メイドは業務に戻っていった。


「…で、その姿について質問していいの?」

「ここでは答えにくい質問も多いのでとりあえず馬車まで行きましょう。失礼しますね」

「え?」


何に対しての断りなのか聞こうとすれば、いつの間にか背中と膝の裏に腕を回される。

いつの間にか床から足が離れ、所謂お姫様抱っこをされる。


「ちょ、ちょっと待って。これは恥ずかしい…」

「しっかり掴まってください。落ちてしまいますよ」

「怖いって!?」


急いで首元に手を回すと、アランは満足気に微笑んで歩き出した。





結局そのまま馬車に乗り込み、向かい合う形で座る。

アランが御者に合図を送ると馬車はゆっくりと動き出した。


熱のせいで脳が理性的な思考を放棄しているのか、目の前の美女化したアランから目を離すことが出来ない。


「それで、どうしてアランは女性の姿をしているの?」

「まず最初に誤解を解いておきたいのですが、私の生物学上の性別は男です」

「そんなたわわなもの実らせておいて?」

「何てこと言うんですか」


頭を抱えながら深い溜め息をつくアラン。

頭では分かっていても本能的な言葉は止まらない。


「ほら、くびれからお尻にかけてのラインとか美しいじゃない。太もももいいわね。気になっていたのだけれど、その姿の時って子供は孕めるの?」

「リディア様!体調が悪いのでしたらお静かに安静になさってください!!」

「アランの方がうるさいわよ。頭に響くわ」

「これ私が悪いのですか!?」


唇の前に人指し指を置いてシーッと言えば、不服そうな顔をして口を噤んだ。

その顔すらも整っている。


「…唇柔らかそうね」

「絶対そんな神妙なトーンで言うことではありませんよね」


いつの間に目くらましの魔法を解いたのか、アランの頭とお尻辺りから狐の耳と尻尾が現れた。

無意識に尻尾に手を伸ばそうとしたところで、例の空気が曲がる様な気持ち悪さに襲われる。


「っ!?」


こみ上げる吐き気を抑えるために口元を手で覆うも、気持ち悪さは増す一方だ。


「リディア様!?」


耐えきれず馬車の中で吐いてしまった。

しかし10日も固形物を食べていないからか、出てくるものは全て液体だった。


アランは慌てて近づいてくれるも吐瀉物で汚すわけにはいかず、空いた方の手で距離を取る。


「だ、め…よご…、れちゃ、」

「何をおっしゃっているのですか!そんなことどうでもいいですよ」


アランは吐いている間ずっと背中をさすってくれた。

おかげで少し楽になるも意識が薄れかける。


私、こんなに体力なかったっけ…?


「……ごめんなさい」

「大丈夫ですから少しお眠りください」


アランは優しく微笑むと、私の頭を自分の肩にもたれかけさせた。

それからゆっくりと背中を叩き始めた。

一定のリズムで背中に伝わる振動と、心地よい体温に意識はどんどん沈んでいく。


「お休みくださいませ」


アランの言葉に返す前に私は意識を失った。


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