第35話


目が覚めた時、1番に視界に入ったのは見慣れた天蓋と心配そうにこちらを見つめているアランの顔だった。


「リディア様!」

「ん……」

「良かった…。このまま目覚められなかったらと気が気ではありませんでした」


涙目で見つめられ、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。

それと同時に、先ほどのことを思い出して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


アランの手を借りて体を起こすと、すぐに水の入ったコップを手渡してくれた。

ありがたく受け取りゆっくりと喉を潤すと、乾ききった体に水分が染み渡るようだった。


「ありがとう」

「いえ、とんでもありません。それよりもお体の方はいかがでしょうか?」

「まだ熱はあるみたいだけど、随分良くなったわ。それにしても……あの、アラン」

「はい」

「色々ごめんなさい。服を汚しただけではなく、汚いものまで見せてしまって…」

「お気になさらないでください。リディア様が少しでも楽になられたのであればそれで十分ですから」


アランは私を安心させるように微笑んでくれた。

それが嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。


「私、今回はどれぐらい寝ていたの?」

「意識を失われたのは昨日のことです。一晩眠られただけですのでご安心ください」

「そっか……」

「少し体温を測らせていただきますので失礼致します」


アランは私の額に手を当てると、眉を下げた。


「まだ高いですね。もう少し休まれた方がいいかもしれません」

「また寝たきりなの?」

「お暇を感じないよう、私がお傍におりますので」


私がため息をついている間にもアランは手際よく薬を用意してくれている。


「お父様はお変わりない?」

「あー…少しお気を病まれております。元気になったらぜひ一度顔を見に行きたいと仰っておいででした」

「そうね、落ち着いたらこちらからも顔を出したいわ」


ベッドに横になると、アランが掛け布団をかけてくれた。


「何か必要なものはございますか?」

「……何で今日は女性の姿ではないの?」

「そんなにアレが気に入ったのですか?」


困惑したように質問を返される。


そう、今のアランの姿は普段の男性の姿に戻っていた。

個人的にはどちらも好きなのだが、女性の姿の方がレア度が高いに違いないだろう。


「気に入ったというか、あの姿なら多少のことは許されると思って」

「なんですか多少のことって!…いや、怖いのでやはり言わないでください」


早口で自己解決しながら窓を開けて空気の入れ替えをしてくれたアランをベッドの隣に置いてある椅子に座るように促すと、大人しく座ってくれた。

どうやら今日は本当に付きっきりで看病をしてくれるようだ。



「昨日聞き忘れていたけれど、どうして女性の姿になっていたの?」


純粋な興味として聞いていることが分かったのか、アランは少し考えてから口を開いた。



「実は狐の獣人は生まれた時の特性として全ての性に化けることができるのです」


「特性?」


聞き慣れない言葉に首を傾げると、アランは丁寧に説明を始めてくれた。



「獣人には特性と呼ばれる特技のようなものがあります。これは魔法とは違って獣人なら誰もが有しており、生まれた時の種族によって決まります。代表的なものですと水中で呼吸ができたり、空を飛ぶことができたりするという特性がありますね」


「初めて聞いた話ね」


「獣人にとって特性は切り札のようなものですので口外することを嫌う傾向にあります。特性という存在自体聞いたことなくても無理はありません」


「アランは特性を明かすことに抵抗はないの?」


「リディア様の学びの糧になることができるのなら本望でございます。そして先ほどもお伝えした通り、私は全ての性に化けることができます。これは種族としては狐の特性に当たります」


「そういえばアランの魔法も狐としての特徴に影響を受けていたわよね?」


「そうですね。やはりこの要素を消すことは難しいですから」


困ったように眉を下げて笑うアラン。

その表情からはあまり自分の特性が好きじゃないことが伝わってくる。


「魔法を取っても特性を取っても、結局は他者を騙すことや嘘をつくこと、時には信頼という言葉が狐の獣人には絡んできます。ですから私は自分のことをあまり好きになれないのです」


「アラン……」


「しかしリディア様にお仕えするようになってから、徐々に狐である部分も認めることができています。これも全てリディア様のおかげです」


アランは私に向かって深々と頭を下げた。



「ですのでこれからもこのアラン・ヴォールペをお使いください」



下げた頭の角度は一定のまま動こうとしない。

私はベッドから上半身を起こし、アランの頬に手を伸ばして顔を上げさせる。


「アラン、私はあなたのことを使っているつもりはないの。そう感じさせてしまったのなら私の力不足ね、ごめんなさい」

「え、あの、…そういう意味で言ったわけでは…」

「大丈夫よ、分かっているから。でも私はあなたと主人と執事という関係性というよりかは友人や家族のように接したいと思っているの。それではダメかしら?」

「…いいのですか?」

「寧ろ私からお願いしたいの。だから嫌なことがあったら嫌だと言って頂戴?あなたにも選ぶ権利があるのだから」


そう言うとアランは少しだけ目を大きく開いたあと、泣きそうな顔をしてから再び頭を深く下げる。

それからもう一度顔を上げると、私をまっすぐに見つめて口を開く。



「ありがとうございます、リディア様」



彼のその純粋な言葉に全てが詰まっているように感じた。

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