第25話


「どうかされましたか?」


玄関で身だしなみを整えていると、庭の花の手入れをしていた使用人に不思議そうな顔で話しかけられた。

そうか、人間には聞こえていないのか。


「馬車の音が聞こえたのでリディア様を待っているのですよ。もう少ししたら到着されると思います」

「聞こえるのですか!?」

「はい。…あ、噂をすれば」


門の方を見れば、馬車がガラガラと音を立てて近づいてくるのが見えた。


馬車が完全に止まったのを確認してから、いつものように扉を開こうとドアノブに手をかける。

しかし、どれだけ力を入れてもビクともしない。


「これは一体どういうことでしょうか」


扉が開く様子はないが、鍵がかかっているような様子でもない。

ドアノブの感覚から考えるに、何かで内側から扉を固定されているような感じだ。

不思議に思いながらも扉をノックしてみるが、中から返事はない。


もしかしたら中で何かあったのかもしれない。


不安になりながら少し強めに扉を叩いてもやはり反応はなかった。


「リディア様!リディア様!!」


必死に声をかけても、一向に応答が無い。


いよいよ焦りを覚えてきたその時、扉の向こう側で微かに物音がした。

扉に耳をつけて中の音に耳を澄ます。


「すぅ…すぅ…」

「ん?」


一度耳を離してから、もう一度つけてみる。


「すぅ…」


「…やっぱり寝ていらっしゃいよね?」


先程よりも鮮明に聞こえた呼吸の音は明らかに眠っていらっしゃる時のものだった。

ならばどうして扉が開かないのだろうか。

色々な疑問が浮かぶが、いつまでもここで立ち往生しているわけにはいかない。


「ど、どうしましょう…」


困ったように右往左往している御者は私を見上げて指示を待っている。


「あなたは今日1日大変だったでしょう。馬車はこちらで戻しておきますので、先にお休みください」

「いいのですか?」

「勿論です。待機時間も長かったでしょう。お疲れ様です」


心配そうに何度も振り返りながら宿舎に戻る御者を見送ってから、改めて馬車に向き直る。


さて、中に大切なお嬢様がいらっしゃるということで無闇に壊すわけにはいかない。

さらに日も沈みかけているため、早急に解決する必要がある。

となると、残された手段は1つ。


「少しだけお待ち下さいね」


眠られているだろうが一応声をかけてから助走をつけるために数歩後ろに下がる。

そして、勢いよく地面を蹴ると一気に駆け出した。


「よっ!」


一定の距離まで近づいたところで思いきり跳躍する。

そのまま馬車の天井に飛び乗れば、思ったより音を立てずに着地することができた。


天井から中に向かってノックをするも何も返ってこない。


「リディア様、失礼致します」


声をかけてから扉を開けようとするが、やはりびくともしなかった。


「仕方ありませんね…」


このままでは夜になってしまうかもしれないので、申し訳ないが魔法を使って入らせて頂くことにした。


魔法を使おうと手の平に意識を集中させた時、中から微かにミシミシと音が聞こえてくる。

慌てて音の発生源に視線を向ければ、馬車の天井が私を乗せたまま吹き飛んだ。


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