第16話
準備を終えてから向かったのは屋敷の裏にある広い庭。
普段は私の自主訓練場や魔法の練習場として使っている場所だ。
「では早速始めましょうか」
「ちょっと待って頂戴」
「はい?」
思わず手のひらを突きつけてアランの進行を止めてしまう。
それには正当な理由があった。
いつもは緩く縛って肩に流している灰色の長髪を高く結び、いつもの執事服のジャケットを脱いでカッターシャツ姿で腕まくりをしている。
端的に言うと格好いい。
もともと端正な顔立ちをしているのだが、今日はそれがより際立って見える。
とりあえず変な声を出さなかった自分に拍手を送りたい。
「どうかされましたか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと過去の自分を褒めていただけだから」
不思議そうな顔をする彼に何でもないと言って誤魔化す。
「止めてしまってごめんなさいね。もう大丈夫だから始めましょう」
「? はい」
気を取り直して、私たちは魔法の勉強を始めた。
「では先にお聞きしますが、何か学びたい分野はありますか?」
「そうね」
いざ聞かれると迷ってしまうが、1つどうしても身に着けたい能力に心当たりがあった。
「魔力の流れを目視できるようになりたいわ」
「目視ですか……それはまたどうして?」
「目で見て分かるようになると便利そうだからよ。それに見えないよりは見えた方がいいでしょう?」
「なるほど。リディア様らしいですね」
アランは小さく笑うも、困ったように眉を下げてしまった。
「しかし、私も魔力を目視できたことはないので説明が難しいですね」
「そうなの?昨日私が魔力の鳥を体内に戻した時、魔力に気づいていたからてっきりアランは見えているのだと思っていたのだけれど」
そう言うとアランは苦笑した。
それから自分の耳を指さしてみせる。
「私の場合は聴覚で魔力を感知しています。視覚ではないのですよ」
「えっ、そうなの?」
「私は獣人なので生まれつき人間よりも聴覚が鋭いです。その影響か魔法を扱い始めた時期から魔力の音が聞こえるようになったのですよ」
それをアピールするかのようにピコピコと動く耳が可愛らしい。
触ってみたい衝動を抑えて話を続ける。
「魔力の音ってどんな音?」
「そうですね、一言で言うなら波の音に近いでしょうか」
「波の音?」
「はい。魔力自体は形が定まらないものなので私の感覚的には液体に最も近いのです。波の音とは言いましたが、水の中にいるような感覚になることもあるので何とも言えませんね」
上手く説明できず申し訳ありません、と謝るアランに慌てて首を振る。
「いえ、とても参考になったわ。ありがとう」
礼を言うと、アランはほっとしたように笑みを浮かべた。
そして改めてこちらを見る。
「今日の今日で魔力を目視できるようになるのは難しいと思うので、まずは基礎から学ぶことにしましょう。よろしいですか?」
「もちろんよ。よろしくお願いします、先生」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私の言葉に返してくれたアランは、どこか嬉しそうだ。
その姿がどこか幼く見えて私もこれから授業なのに全く憂鬱な気分にはならなかった。
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