第23話
変な空気が私たちの間に流れる。
「今まで散々口説いておいて、今更結婚してくれと言われても何の衝撃もないというか…」
直近のことで言えばアカデミーに突撃してきたが、昔に遡れば口説かれた思い出は山ほど出てくる。
きっと挨拶よりも口説かれた回数の方が多いに違いない。
「いや、あれはその……条件反射というか……」
歯切れの悪い彼に首を傾げるも、まともな答えは返ってこない。
あと、条件反射で口説くってなんだよ。
「とりあえずお断りさせていただきます」
私が断ることは想定外だったらしく、テオード殿下は目を見開いたまま固まってしまった。
私から理由を言う必要もないかと思い、しばらく紅茶とお菓子を楽しむ。
あ、これ美味しい。
帰りに皆へのお土産に買って帰ろうかな。
しばらく1人で楽しんでいれば、ようやく立ち直ったテオード殿下が紅茶を飲んでから口を開いた。
「理由を聞いてもいいか?」
「まず、私は正式な次期王妃ではありません。その身分でテオード殿下からの求婚を受けるのは些か問題があると思います」
それに、と続けようとしたが、その前にテオード殿下に遮られる。
「それならば問題はない。リディアは次期王妃だ」
「その情報については正当な手順を踏んでいませんよね」
「……だが、俺はリディアを愛している。それだけは変わらない」
力強い瞳に射抜かれるが、私だって折れるつもりはない。
今までは受け身で厳しい王妃候補のための教育を受けてきたが、今は違う。
私にはやるべきことができたのだ。
「愛しているのならば、私のことをお考え下さい」
「考えているから愛して、」
「押し付けに近い愛の言葉だけがテオード殿下の愛ですか。それならば私は必要としていません」
はっきりと告げれば、テオード殿下は眉を寄せて黙り込んでしまった。
説教をするつもりはないが、今日私の考えや思いを伝える必要があった。
「私にはやりたいことがあります」
「……それは、どうしても叶えたいものなのか?」
「はい」
「…そうか」
長い沈黙の後、彼は静かに息を吐いた。
それから意を決したように顔を上げると、真っ直ぐな眼差しで私を見た。
「分かった。だが、君も理解していると思うが俺は素直に引き下がる男ではない。これから君が振り向いてくれるまでアプローチを続けるから覚悟していてくれ」
不敵に笑った彼を見て、背中に嫌な汗が流れる。
しかし、こうやって宣言された方が私としても楽しめる。
「えぇ、楽しみにしておりますわ」
私も挑戦的に笑ってみせれば、彼は満足げに微笑んだ。
それから会話をしつつ、紅茶を飲みながらお菓子を食べる。
以前は一方的な言葉に圧倒されて彼に苦手意識を抱いていたが、思っていたことを伝えたからか前よりも素直に向き合えている。
彼もそれを感じているのか、いつもよりも表情が柔らかかった。
「リディアはそんな風に笑うのだな」
何気ない会話の中のテオード殿下の一言に、思わず手を止める。
「私、笑っていましたよね?」
その言葉にテオード殿下は不思議そうに目を瞬かせた。
「笑顔と言えば笑顔だが、目の奥が笑っていないというか…どこか客観的な目で俺のことを見ていただろう?」
まさか彼にそんなことを言われるとは思っていなかった。
確かに客観的に周囲を観察することは昔から厳しく言われていたことの1つだ。
しかしそれが筒抜けでは意味がないではないか。
まだまだ訓練が必要だな、と反省してしまう。
「でも今は心から楽しんでくれているような気がする」
「確かに今までのお茶会で一番楽しいかもしれません」
「それは良かった。それに、俺はその笑顔の方が好きだ」
「ありがとうございます。私も以前の愛の言葉よりも今の言葉の方が好きですわ」
そう言えば、テオード殿下は頬を赤く染めた。
「……君には敵わないな」
「そうでしょうか?」
「あぁ、だから俺の愛しのリディアの心を溶かした奴について知りたいのだが話してもらえないか?」
先程までの穏やかな雰囲気や珍しく彼が顔を赤らめたのを見て油断していた。
テオード殿下は相当頭が切れるお方だった。
今更思い出したところで、彼のこちらの心の中を覗こうとするような視線は変わらない。
ここからは慎重に言葉を選ばなければならない。
このお方にアランの存在を掴ませてはいけない。
「そんな方いらっしゃいませんわ。きっと私がテオード殿下に思っていたことを伝えることができたので、緊張が解れたのでしょう」
「それは本当か?」
「勿論です。私には嘘をつくメリットがありませんもの」
「…まぁいい。時間はたっぷりある。後日ゆっくり聞かせてもらうことにしようか」
どうやら諦めるつもりはないらしい。
とりあえず、今日は見逃してもらえるようだ。
「リディア、今日は楽しかったよ。また一緒に過ごしてくれないか」
「あなた様が一途に思ってくださるのならば勿論です」
テオード殿下は私の返事に嬉しそうに笑いながら立ち上がる。
そして、自然な流れで私に手を差し伸べてきた。
「そろそろ帰る時間だろう。馬車まで送ろう」
「ありがとうございます」
子どもの門限のような言い方をされるが、それに噛みつく体力はもう無かった。
挨拶をしてから馬車に乗り込む。
扉を閉める直前、「リディア!」と呼ばれたため顔を上げれば、優しい眼差しをした彼と目が合った。
「愛している」
その言葉をしっかりと受け止めてから私は静かに扉を閉じた。
流れる景色を眺めていれば、次第に瞼が落ちてくる。
少し前までは誘拐された時のトラウマで馬車で眠気を感じることはなかったのだが、どうにも今日は疲れたらしい。
馬車の振動も相まって、私はあっという間に眠りに落ちてしまった。
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