第6話



午前の授業が終わりエミリーとご飯を食べようと校舎間を移動した時、馬繋場に見覚えのある馬車が止まっていた。


「あれって王族の馬車だよね?」

「……そうみたいね」

「どうする?」

「…申し訳ないけれど逃げようかしら」

「誰から逃げるの?」


後ろから声がしたと思ったら同時に抱きしめられる。

後ろを振り返らずとも分かる。

現国王の息子である第一王子で、私の現状の婚約者であるテオード・シェルニアスだ。


「リディア~!」

「…ごきげんよう、テオード・シェルニアス殿下」


彼の容姿は金髪碧眼で見た目はまさに絵本に出てくるような美青年だが、頭が切れて掴みどころのない人だ。


「久しぶりだね。最近全然城に来てくれないから寂しかったんだよ」

「以前は城に仕えている講師の方に教えていただくことがあったので通っていただけです」

「気軽に遊びに来てくれていいのに」

「私は王妃候補と言うだけで正式な王妃ではありませんので気軽に城に出入りできる身分ではありません」

「そんなの気にしなくていいのに」


…あー、苦手だ。


このグイグイくる感じがどうにも好かなかった。

本来の王妃候補ならば殿下から寵愛をいただけるなんて泣いて喜ぶだろうが、私にとっては迷惑でしかない。

それに私にはもう心に決めた相手がいる。


「…あの、とりあえず離していただけますか?」


あくまでもここは廊下なのだ。

通行人の温かで見守るような視線が痛くて仕方ない。


「前みたいに甘えてくれたらいいよ。ほら、2人きりだと思ってさ」


その言葉に周囲から黄色い歓声があがる。


「寝言は寝てから言ってください!何なんですかその記憶は!?甘えたことありました?」


歓声にかき消されて周囲には聞こえないようだが、デオード殿下とは密着しているため聞こえたようだ。

私の抗議が届いてもなお、彼はにこやかに笑って続けた。


「どうせ周りには聞こえていないから今ぐらい甘えてほしいなって。甘えてくれたら離してあげる」

「…今度お茶会を開きますのでよろしかったらいらっしゃいませんか?」

「もっと可愛く言って」

「…………殿下とお茶会したいです」

「うん、しようか。折角なら城で開くからリディアがおいで」


満足したのかやっと解放してくれた。

しかし、今度は手を繋いできた。


「手を繋ぐ必要ありますか?」

「だって久しぶりに会ったんだからこれくらい良いじゃないか」

「よくありません」

「どうして?俺のこと嫌い?」

「嫌いとかではありませんよ。というか、なぜアカデミーにいらっしゃるのですか?」

「リディア宛てに連絡があって、それを伝えに来た」

「なら手紙で良かったでしょう?」

「それを口実にリディアに会いに来た」


ダメだ。

こちらの常識が通用しない。

実はこういうところもあまり得意ではなかった。


「ご連絡とは何でしょうか?」

「王妃候補のことで少し話があるから城に来てほしいんだ。そろそろ正式に次期王妃を決めないといけないからさ」

「それでは失礼します」

「まだ話は終わっていないんだけど?」


強引に繋いだ手を引っ張られて体勢が崩れたところを抱き止められる。


「もう終わったも同然でしょう。王妃候補者の辞退が相次いで私しか残っていないのは存じております」

「それは俺も思うけれど手順を踏まないといけないんだよ。日時は後日伝えるからさ」

「……分かりました。お父様にも私から伝えさせていただきます」

「そうしてくれると助かる。これがその内容が描かれた手紙だから」


渡された封筒は王室の紋章が入ったシーリングスタンプで留められていた。

どうやら国王陛下を通した正式な手紙らしい。

これは断れないな、と他人事のように思いながらその手紙を鞄に仕舞った。


「承知しました。ご足労いただきありがとうございました」

「またね」

「ごきげんよう」


馬車を見送ってため息をつく。

エミリーは殿下に気づいてからうまく逃げたようで、私のため息と同時に近づいてきた。


「お疲れ様」

「…えぇ」

「殿下の嫉妬が怖すぎて黙って隠れてごめんね」

「いえ、エミリーは逃げて正解よ」


殿下は昔から私に対する執着心が強く、同性の友人であるエミリーにさえ嫉妬するほどだった。

だから殿下と遭遇した時は私のことは気にせず逃げてもらうように頼んでいた。


「ところでランチどうする?」

「……申し訳ないけれど、国王陛下に正しい手順で招待されたなら断れないから今日はその支度のために早退させてもらうわ。迎えが来るまでランチにしましょう。伝書鳥だけ飛ばしておくわ」


指を鳴らして魔力を弾けさせる。

その弾けた魔力を両手で包み込んで息を吹き込み、手を開けばそこには若葉色の鳥がいた。


「リディア・ウィルソンの家にいるアラン・ヴォールペの所へ」


そう伝えると鳥は羽ばたいて飛んで行った。


「相変わらずリディアの魔力の色は綺麗だね」

「そう言っていただけて嬉しいわ。ありがとう」


これから圧し掛かるであろう面倒事に目頭を押さえて、早退の手続きの為に職員棟に向かった。


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