第28話
しばらく秒針の音のみが響き、アランは無言のままゆっくりと後退る。
「ちょっと何で逃げ腰なのよ」
「お嬢様と一緒に寝るのは流石に…」
「大丈夫、私寝相いいから」
「そういうことではありません!」
アランは両腕で自身を抱きしめて、さらに距離を取る。
余程警戒しているのか、彼は自分の大きくてもふもふの尻尾を体に巻き付けている。
「私はあなたを愛していると言っているでしょう。何が問題なのよ」
「その愛情が大問題なんですって!リディア様はお嬢様で、私は執事なんですよ!?」
「だって好きなんだもん」
拗ねるように伝えれば、アランは頭を抱えてしまう。
狐耳もぺしょりと下がってしまっている。
その様子を密かに可愛いと思っていれば、私を見て唸るように呟く。
「…何でそんな生娘みたいなこと言うんですか」
「あら、私は生娘よ。何なら確認する?」
「確認って何ですか!!初心っていう意味で使ったんですよ!」
ネグリジェの裾を持ち上げながら煽るように言えば、顔を真っ赤にして壁に張り付く勢いで逃げられる。
なんだ、照れているのか。
「ほら、ちょうど深夜だし確認にはいい時間かしらって」
「やめてください!そんな澄ました表情でとんでもないことを口走らないでください!」
あまりにも必死な様子が面白くて笑いながら彼を揶揄えば、「早く寝てください」とベッドに押し込まれた。
いつものように会話できる雰囲気に戻っており、どことなく安心している自分がいる。
それでもクスクスと笑っていれば、彼は真っ赤な顔を隠すように背中を向けてしまった。
後ろ姿を見る機会なんて滅多にないため、笑うことも忘れて見つめてしまう。
彼の緩く結ばれた灰色の髪が大きな背中に流れていて、思わず手を伸ばしそうになる。
「…あの、お気を悪くされました?」
振り返った彼と目が合う。
途端に恥ずかしくなり、誤魔化すように掛け布団を被る。
「え、リディア様!?」
シーツ越しにアランの慌てた声が聞こえるが、今は目を合わせる余裕がない。
心臓がドキドキとうるさく脈打つ。
今、私は何をしようとした?
これ以上は脳が限界を訴えるため、掛け布団を被ったまま目を瞑った。
「気を悪くしたわけではないの。ただ…そう、眠たくなっただけ」
苦し紛れの言い訳だろうに、アランはそれを追求することはなかった。
「…今日は色々ありましたからね。ゆっくりお休みください」
「ありがとう。…お休み」
「お休みなさいませ」
アランの革靴の音と共に部屋が暗くなった。
扉の閉まる音を聞いてから、やっと掛け布団から顔を出す。
枕に頭を預けて天蓋を見上げるも、なかなか睡魔はやって来ない。
「…まだ焦るときじゃない」
自分に言い聞かせるために呟いた言葉は暗闇に溶けていく。
眠れないことが分かりながら今は目を閉じるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます