王妃候補ですがもふもふ執事と婚約したい!

宮野 智羽

第1話

王妃候補の令嬢として求められるものは多かった。

礼儀作法に社交辞令。

他国の知識や真実を見抜く力に話術。

他にも数えきれないほどの教養も叩き込まれた。

血の滲むような努力の結果、私は次期王妃として最も有力視されるようになった。

ただ、ずっと何かが足りないような気がしていたのだ。


「リディア、入ってもいいか?」


そんなある日、自室で本を読んでいればノックと共にお父様の声がした。


「はい」


本を閉じて返事をすると、すぐにドアが開かれてお父様が入ってきた。


「どうかなさいましたか? お仕事の方は…」

「今一区切りついたんだ。実は新しい執事を雇ったからその知らせに来たのだよ」

「執事ですか」

「あぁ、執事の業務に加えてリディアの講師もやってもらおうと思っているからな」


そう言って微笑んだお父様に感謝を伝える。

本当はそんなこと微塵も思っていないし、読書の時間が減ってしまうことへの不満はあったが顔には出さないよう気を付けた。

これもまた努力の成果だ。


「分かりました。その執事は今どちらに?」

「扉の前で待機させているから呼ぼうか。入れ」


お父様に促されて部屋に入って来たのは、背が高く細身で執事服を着こなしている男だった。

着けている白い手袋と緑色のループタイがよく似合っている。


「お初にお目にかかります、アラン・ヴォールペと申します。本日からリディア様専属の執事兼講師となりますので、以後お見知りおきを」


恭しく頭を下げてきた彼にこちらも挨拶をしようとしたが、体が動かない。

それを不審に思ったのか、お父様が心配そうにこちらを見る。

アランにおいては何か無礼な態度を取ってしまったとでも思ったのか小さく震えている。


「リディア?」

「…も、」

「も?」



「もふもふ!!!」



アランの頭には大きな耳がついており、後ろには大きな尻尾も見える。

アランは動揺しているのか、尻尾を体に巻き付かせているがその姿さえも愛らしく思える。


「お父様、これこそ私に足りなかったものです!このもふもふこそが!!」

「リディア、落ち着きなさい」

「落ち着きますからアランの尻尾を触らせてください」

「物凄い矛盾をしていることには気づけているか?」

「ご、ご主人様…」


アランは目に涙を浮かべながら助けを求めるようにお父様を見た。


「…とりあえず座ろうか。誰か、お茶の準備をしてくれ」

「私が支度致します」

「大丈夫だ。アランはこの話の中心だから他の者に頼むさ」


お父様の声により着々とお茶の準備が進められる。

その間に少し冷静さを取り戻した私はよくアランのことを観察してみることにした。


灰色の長髪は軽く結ばれており切れ長の目元、紫色の瞳で鼻は高く唇は薄い。

獣要素の強い耳と尻尾は狐によく似ている気がする。

全体的にクールな雰囲気を感じるが、今は戸惑いと恐怖心が勝っているようだ。


「……私のせいで怖がらせてしまってごめんなさいね。私はリディア・ウィルソンよ。よろしくお願いするわ」


なるべく優しい声色を意識して話しかければ改めて頭を下げられる。


「アランは狐の獣人族でどちらかと言えば人間側の性質に近いらしい。耳と尾、身体能力は狐寄りだ。リディアの専属執事に任命し、講師に関してはほとんど教えることができるそうだが主に獣人国の歴史や獣人の言語について頼もうと思っている」

「分かりました」

「アラン、娘の急な行動に驚いたと思うが私も驚いたのだよ。普段はお淑やかで礼儀正しい娘なのだが…」

「噂は存じ上げていますので…ご安心ください」

「それなら良かった。あとは……まぁ仲良くやるんだよ」


お父様はそれだけ伝えると仕事が残っているようで部屋を出て行った。


「アラン」

「は、はい、お嬢様」


お茶の用意をしてくれていたメイドも退室させ、今は部屋に2人きりだった。

逃げられないように素早く隣に移動すれば驚いたようだが、根性で動かないように耐えたらしい。


「尻尾を触らせてほしいのだけれどいいかしら」

「構いませんが……その、あまり強く握らないようにしていただけると助かります」

「分かった。じゃあ失礼するわね」


そっと手を伸ばせば想像以上の手触りの良さに思わず声が出てしまう。

撫でたり、軽く掴んだりとしばらく堪能してから解放するとアランは疲れ切った顔をしていた。


「ごめんなさい、痛かった?」

「いえ、大丈夫です」

「ありがとう、とても満足したわ」

「それは何よりです」

「これからよろしくね、アラン」


そう言って微笑めば彼は一瞬目を丸くした後、すぐに笑顔になってくれた。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


その笑顔に撃ち抜かれた音が聞こえたのはきっと幻聴ではないはずだ。

それと同時に最高のアイデアを思いついてしまった。


「……アラン」

「はい」

「お父様の所に行きましょう」

「え?」


お茶に手を付ける間もなく立ち上がれば、アランも慌てて立ち上がる。

アランの静止の声に耳を貸さず、そのまま部屋を出るとお父様の部屋へと向かう。

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