第40話


部屋を出て、アランに先導されて着いた先はあの時メイドに案内された部屋だった。

やはりこの部屋で間違いなかったということだ。


アランが鍵を取り出して回している間、ふと例の窓から中庭を見下ろす。

終業時間が近いのか、使用人は1人も見当たらなかった。


「では少々お待ちください」

「え、あぁ…うん」


返事が遅れた私に不思議そうな顔をしたが、特に追及するわけもなく部屋に入っていった。


どうやらブラシは手に取りやすい場所に置いてあるのか、アランはすぐに部屋を出てきた。


「お待たせ致しました」

「驚くほど速かったから気にしないで」

「ありがとうございます。お体を冷やされては大変ですのでお部屋に戻りましょう」


鍵をかけてから歩き出したアランについていく。


「どうしてアランは私を部屋に入れたくないの?プライベートな空間だから?」

「プライベート空間という理由もありますが、1番は縄張り意識が強いからです」

「あぁ、そういう意味なのね」

「はい。申し訳ありません」

「いいのよ。少し気になっただけだから」



私の部屋の前に着くも、アランはドアノブに手をかけたまま急に動かなくなった。

どうしたのか心配になり声をかけようとした時、ループタイを握りしめながら小さな声で独り言のように呟いた。




「もし私に何かありましたら躊躇なくお入りください」




「え?」



その言葉の真意を問おうとするも、すぐにドアを開けて中に入るよう促されてしまった。


訳が分からないがとりあえず部屋に入ろう。

気になる点は多いがあまり詮索するのも良くない気がした。



ソファーに座ると、アランは先程と同じように断りを入れてから隣に座った。


「ブラッシングですが、基本的に尻尾中心となります」

「尻尾だけ?」

「耳は毛が短い分手入れが難しいのです。それに敏感なので繊細な作業が必要になってきます故、尻尾で妥協してください」


その言葉と共に差し出されたのは人間用にしては大きいブラシだ。


「こんな物があるのね」

「獣人用のブラシなので毛が硬めになっています。手を傷つけてしまわないようお気を付けください」

「分かったわ」


硬めと言われてしまえば強く通すこともできず、できるだけそっとブラシを通す。

アランのこの上質な尻尾を傷つけたくはなかった。


「…あ、の…おじょ…さま……」

「どうしたの!?もしかして痛い!?」


すぐに手を止めてアランを見れば、顔を俯かせてしまっている。


「大丈夫?ごめんね、加減が分からなくて…」

「いえ、そうではなく……っ、ん……もう少し、強く…お願いします……くすぐったくて…」


顔を覗き込めば、長い髪の間から真っ赤な顔が見えた。


え…?


「…えっちすぎない?」


「急に本能の塊になってしまうのどうにかなりませんか!?」

「いやだって…これは…」


真っ赤な顔に潤んだ瞳、荒くなった呼吸。

駄目押しするようにぺしょぺしょになった狐耳に尻尾。


「…アラン、本っ当に深い意味はないのだけれど今女性になれる?」

「何の前置きですか!?っていうか、女性化したら何をする気なんですか!?」

「まぁまぁまぁまぁ」

「……ブラッシング、もうしてくださらないのですか?」


小さな声で震えながら言うアランに理性が崩壊しそうになる。

しかしこんなにアランの尻尾を堪能することもできないため、唇を噛んで耐える。


「ッスー…やらせていただきます」


ブラッシングはしっかり続行することにした。

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