第44話
お昼時を過ぎた午後2時、ガラガラと馬車が石畳を進む音が屋敷の門前から聞こえる。
屋敷の前に止まった馬車からは、護衛騎士に付き添われたテオード殿下が現れた。
「お待ちしておりました、テオード殿下」
「出迎え感謝する」
「生憎お父様は出張のため、本日は屋敷に不在でございます。故に私1人のお出迎えとなってしまい申し訳ありません」
「全く気にしないでくれ。こちらこそ急な来訪で申し訳ない」
テオード殿下はいつにも増して身だしなみに気合が入っている。
あまりの気合の入りように、少しでも気を抜くと頬が引き攣りそうになるが気合で耐える。
「ここでの立ち話もなんですから、応接室にご案内させていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
殿下は私先導の元、大人しくついてきてくれる。
廊下を歩いている時も殿下の視線は常に私の方を向いている。
きっと私の体調を気にしてくださっているのだろう。
応接室に着くと事前に用意しておいた紅茶とお茶菓子のいい匂いが漂っていた。
「リディアと2人で話したいからお前たちも他の部屋で休ませてもらいなさい」
「はっ!」
護衛騎士はメイドによって他の部屋に案内された。
部屋の中にも給仕としてメイドはいるため、完全に2人きりというのは難しいがそこまで気にしないだろう。
きっと国に仕えている護衛騎士に話を聞かれるのが嫌なだけだ。
「お掛けください」
「失礼する」
テオード殿下が座られたのを確認してから、私も対面のソファに腰を下ろす。
「本日はお忙しい中わざわざお越しいただき誠にありがとうございます」
「いや、こちらもリディアに会いたいと思っていたからな」
「そう言っていただけると幸いです」
給仕が紅茶をカップに注いでくれる。
そっか、アランはいないのだった。
「それで、最近はどんな調子だ?無理はしていないか?」
「おかげさまで、順調に回復方面に向かっております」
「それは良かった」
そう言って紅茶に口をつけられる。
お口に合うか心配だったが、どうやら美味しかったようで一安心だ。
「ところで、この前は見送ることができず申し訳なかったな」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。治療費は足りましたか?」
「十分すぎるほどだったからリディアの父上に返そうと思ったのだが断られてしまってな」
お父様がテオード殿下と会った日のことを話してくれたが、あれはそういうことだったのか。
きっとお父様が私に気を使われてお金の話をあえてしなかったに違いない。
テオード殿下がお礼のためだけにお父様を待つなんておかしな話だと思ったものだ。
「問題ありませんのでそのままお受け取りください」
「しかし……」
「どうかお願い致します」
真剣に言えば、少し間を開けてから「分かった」と言ってくれた。
「それにしても、あの時は最悪の想定をしてしまうほど容態が悪かったからな。無事で本当によかった」
「お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
頭を下げると、「謝らないでくれ」と優しく言われた。
「……だが、どうしても聞いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「あの日、リディアのこと姫抱きで馬車まで連れていった執事服の美女とは誰のことだ?」
テオード殿下のその質問で部屋の温度が急激に下がったような感覚に陥る。
私はなんとか笑顔を張り付けたまま姿勢を保つも、冷や汗が滝のように流れる。
そういえば、あの時アランに会ったメイドに口止めしておくのを忘れた。
「ちなみに言っておくと、誰から聞いたわけでもないからな。俺が自分の目で見た」
心を読んでくるかのように言うテオード殿下に最早恐怖を感じる。
殿下の表情は笑顔なのだが、目の奥が一切笑っていない。
震えそうになる声を抑えながら答える。
「彼女は執事として屋敷で雇った女性でして、通常業務の1つとして私の講師を担ってもらっています」
「そうかそうか。それは知らなかった。だから城に来ることも減ってしまったのだな」
そう言った後、殿下は小さく舌打ちをした。
それを聞いた瞬間、身体中の血の気が引いていくのを感じた。
怒ってる…
物凄く怒ってるよぉ…
給仕として部屋で待機してくれていたメイドたちが殿下の圧に怯えて涙目で震えている。
犠牲になるのは私だけでいい。
そんな物語のヒーローのような気分で席を外してもらうよう指示を出す。
メイドたちは私の指示を聞くと、すぐに部屋から出て行ってくれたため、部屋の中には私と殿下の2人だけとなった。
「……リディア」
名前を呼ばれ、小さく飛び上がる。
「はい」
「俺は確かにリディアに結婚を申し込んだ」
「……えぇ、そうですね」
「それなのに他の人に姫抱きされるとは何事だ」
殿下の目が据わっている。
「今度そいつに会ったらどうしてやろうか」
「……」
殿下、怖いです。
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