第8話


お父様の執務室の扉を開けると、廊下でアランが待っていてくれた。


「ずっとここで待っていたの?」

「リディア様がお気になさることではありませんよ」


アランは何でもないように言うが、さすがに申し訳ない気持ちになってしまう。


「今度からは廊下で待っていなくていいわよ。風邪でも引いたら大変でしょう」

「獣人は人間と比べると丈夫ですし大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」


どうやらここは譲る気はないようだ。

彼がそうしたいのなら構わないだろう。


「……そういえば、明日アカデミーを欠席して城に行く用のドレスを買いに行くようお父様に言われたの。付き合ってくれるかしら」

「勿論です」


そんな話をしながら自室に戻れば、机の上に1枚の手紙が置いてあった。


「…アラン、暖炉に薪をくべてもらえるかしら」

「お言葉ですが、せめて中身を読まれてからの方が良いかと」


舌打ちしたい気持ちを抑えてソファに座る。

アランは気を使って私が気に入った紅茶を出してくれた。

紅茶を飲んでから手紙を持ち上げれば、なんだか無駄に重い。


「…送り主を封筒の重さから判別できる日が来てほしくなかった」

「心当たりがあるのですか?」

「この異常な封筒の膨らみはテオード殿下しかいらっしゃらないわ」


アランは何をそんなに嫌なのか分かっていないようで、首を傾げている。

手招きをしてアランの目の前で封を開ける。

そのままひっくり返すと、中から出てきたのは真っ赤な薔薇の花弁だった。


「……」

「……赤い薔薇の花言葉は『情熱』や『熱烈な恋』といったものですね」

「アラン、ちょっと黙りなさい」

「はい」


手紙の内容を読んでいくうちに段々と気分が悪くなってくる。

物凄い量の愛の言葉に最後まで読む頃には頭痛までしてきた。


「リディア様」

「何よ」

「今夜の湯舟に薔薇の花びらはいかがですか?」

「アラン、あなたもなかなか良い性格しているじゃない」

「光栄でございます」


飄々としているアランに若干イラつきながらも何とか手紙を読み終える。

よくよく考えれば、アランは私が正式な次期王妃になるから数日前のアランとの婚約の話がなかったことになっていると思っているのかもしれない。

だが、私はアランとの婚約は諦めていないし、むしろ前向きに考えている。


「アラン」

「どうされました?」


呼べば、丁寧に返事をしてくれる。

今日はテオード殿下に振り回されて疲れたのかもしれない。

だからちょっとぐらいの悪戯は許してほしい。


「立ち上がりたいから手を貸してもらえるかしら」

「はい」


手を伸ばせば、優しく手を取ってくれる。

立ち上がらせるために手に力が入ったところで、思いっきり引っ張って私が座っていたソファにアランを押し倒そうとしたが逆に私がアランに押し倒されてしまった。


「あら、熱烈なのね」

「っ、も、申し訳ございません」

「いいのよ、私から仕掛けた悪戯だもの」


アランは無意識に動いていたのか、慌てて私から離れようとしたので腕を掴んでそれを止めた。


「ねぇ、アラン」

「は、はい…」

「私はあなたのことを諦めていないわよ」

「え、ですが王妃様になられるのでは…」

「えぇ、多分逃げられないからなるわよ。でもそのあと離婚するか法律を変えるかしてアランと婚約するわ」


それを聞いてアランは顔を青くしていた。

個人的には照れて赤くしてほしいのだけれど。


「だから『リディア様が正式な王妃になるなら自分との婚約の話も無くなるのか~』とか思っていたかもしれないけれど、そんなことはないから安心して」

「…今夜はテオード殿下の薔薇の花弁入りの湯舟をご用意させていただきます」

「ちょっと、本当に嫌だからやめて頂戴」


的確に私の嫌なところを突いてくる。

いつまでもこの態勢でいるわけにもいかないので今度こそ起こしてもらう。


「そんなお顔をなさらないでください。明日はドレスを見に行くのでしょう?」

「私、実は買い物苦手なのよ」

「そうでしたか」

「だから明日はアランの行きたい所にも行きましょう」

「いいのですか?」

「勿論よ」


嬉しいのかアランは尻尾を振っている。

尻尾で喜怒哀楽が表現されるの可愛いらしい。


「じゃあ明日のデートよろしくね」

「え、デート?」


先程まで振られていた尻尾がぴたりを動きを止める。

顔には困惑の色がありありと浮かんでいて、思わず笑ってしまった。


「だって2人で行く予定だもの」

「護衛などは…」

「つけないわよ。お店に迷惑かかるの嫌だし」

「えぇ…」


アランは他にも何か言いたげだったが、ちょうどメイドが夕食の知らせに来てくれたためこれ幸いと逃げ出した。

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